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莉乃ちゃん
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それは、さすがに被害妄想が過ぎるかもしれないけど
それでも、仕事で遅くなるからって、わざわざ外で一人でご飯を食べてくるなんて
今まで一度も無かったことだった。
だからなのか、脳裏に最悪の可能性が嫌でも浮かんでしまう。
(…僕と一緒にいたくない、から……?)
もはや、僕の頭ではそうとしか考えられなかった。
敦は僕と同じ空間にいることも
一緒にテーブルを囲んでご飯を食べることも、今や苦痛でしかないのかもしれない。
敦を玄関で見送って、一人きりになった静まり返った部屋で
僕は押し潰されそうな不安で一杯だった。
今だって、必要な業務連絡みたいな最低限の会話しかしていないのに
もし、このまま敦との間に距離ができ続ける一方だったら
いつか彼から「別れよう」と決定的な別れ話をされるのも、時間の問題だ。
もし敦が僕に愛想を尽かして、僕以外の誰かと飲みに行ったのだとしたら…?
(…やだ、敦をまた疑ってる……僕、最低だ…っ)
何を考えても悪循環に陥ってしまう。
どこまでも最低だ。
◆◇◆◇
結局その夜、敦が帰宅したのは深夜1時を過ぎた頃だった。
静かなベッドの中で寝たふりをしていた僕は
隣のスペースにしゅんが入ってきた気配がしても、決して声をかけることはしなかった。
というより、声なんて掛けられなかったのだ。
(…っ)
理由は一つ。
敦が部屋に入ってきた瞬間
お酒の甘く芳醇な香りがふわりと部屋の空気を揺らし、鼻腔を擽ったのだ。
(…本当に、誰かと飲みに行ってたの…っ?)
言葉には出せなかった。
その代わり、溢れ出た涙が重力に従って耳の中や髪の後ろへと静かに流れていった。
さらに、その酒の匂いが、二人を隔てる壁のように酷い悪臭に感じられた。
それからしばらくして、敦の規則正しい寝息が静かに立て始められたのを確認すると
僕は息を殺してベッドから体を抜け出し
自分のスマホだけを持って静かにリビングへと向かった。
明かりもつけずに暗闇の中、ソファにぽつんと座ってスマホを操作する。
画面を点けると、ホーム画面には以前敦とデートで撮影した、幸せそうなツーショットの写真が表示された。
(……っ、しゅんが笑ってる。僕も…)
今や、敦とあんなにラブラブだった関係は完全にギクシャクと壊れてしまい
戻し方さえ分からなくなっている。
ほんのこの間まで、休日に敦が作ってくれた豪華なクレープを二人で一緒に食べて
不意打ちにキスをされて、からかわれて、恥ずかしいのに嬉しくて
二人で笑い合っていたはずだった。
その幸せな面影は、今はどこにもない。
敦は以前のように僕に笑いかけてくれなくなった気がする。
もう、敦がああやって僕だけに優しく笑いかけてくれないのかと思うと
心がズーンと鉛のように重くなった。
(僕…っ、のせい……で、全部終わっちゃうんだ…っ)
僕の余計で最低な一言のせいで、敦は僕から離れて行っちゃう──
そう考えた途端
視界が、ピントの合わない壊れたカメラのレンズみたいにぐにゃりと揺れて
手に持っていたスマホの液晶画面に1粒の大きな雫がポタっと落ちた。
止めようとすればするほどボロボロと溢れ、喉の奥がヒックヒックと引き攣り
一度瞬きをしただけで、ポタポタと絶え間なく画面を濡らしていく。
それが自分の涙だと分かると、あまりにも虚しかった。
こんな風に僕が泣いているとき
いつも隣で優しく涙を拭ってくれたのは、他でもない敦だったのだから。