テラーノベル
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山林で戦闘服を着ている私。
現実に戻れると思っていたのに、気付くとまた妙な世界に居た。
隣に座っている知らない男性が「出撃命令が出た」と話していた。
「あの…すみません、出撃命令ってどういうことですか?」
「なんだ、高橋。本当に気が狂ったのか?」
本当のことを話した方が良いのだろうか。
このまま、高橋という人でいてもらちが明かない。
「気が触れたと思って頂いて、私の質問に答えて下さい。あなたの名前を教えてもらえますか?」
「俺の名前は中島勇(いさむ)。なんだ、俺の名前も忘れたのか」
「中島さんと私の関係は?」
「友達だろうが?高橋、お前本当にどうした?急に他人行儀な話し方になるし、本当に変だぞ」
「あの、こんな事言っても信じてもらえないと思いますが…」
「なんだ?」
「私は未来から来て、今この高橋さんという方の体を借りて話しています…」
我ながら、アメリカ映画のアニメのような訳の分からない発言をした様に思う。
「あっはははは!」
中島さんが豪快に笑う。
よく見たらまだ子供だ。17、18歳ぐらいではないか?あどけなさの残るかわいらしい顔をしている。
「やはりふざけてるのか、中島!そういう冗談好きよなぁ」
やはり、信じてもらえないか。それはそうだろう。
「しかし、中島のその明るさに俺はずっと救われてきたよ」
本当に仲が良かったのだろう、この二人は。
「だから…せめて明日お前と一緒に突撃機に乗れることが出来て良かったよ」
突撃機。やはり特攻隊か。
「明日、死ぬってこと?」
「特攻隊ってそういうもんだろう」
あの医師。現実に戻してくれると言ったのに!
いや、よく考えたらチャンスをくれると言っていた?
また悪い夢の中に迷い込んだようだ。
しかし、今までの夢より生々しいのだ。
この世界は。
「今って何年ですか?昭和?」
「なんだ、まだその未来人ごっこ続けるのか?
今は昭和20年7月」
昭和20年7月…終戦の少し前だ。
過去に飛ばされたということか。
「そして明日が俺達の命日か…」
命日。私もこの世界でまた死ぬのか。
まあまた夢だから戻されるのだろうか、あの世界に。
「高橋さんは死ぬのが怖くない?」
「怖いに決まってるさ。こんな事上官に聞かれたらぶん殴られるがなぁ」
死ぬことを強要され、死にたくないと言えば殴られる。
昔の日本も狂っている。
ただそれが当たり前の時代だったんだろう。
それにしても、こんな若い子が明日死ななければならないとは。
たぶん娘と年も変わらない。
この子の親はどんなにか悲しむだろう。
「高橋さん、あと少しで戦争は終わりますよ」
「おっ。さすが未来人。日本が勝って終戦か」
「日本は負けます」
「おいっ、高橋!お前そんなこと誰かに聞かれたら!」
中島さんが私の口を手で塞いだ。
そして、小声で言った。
「わかってるんだよな、俺らだって。日本が窮地に立たされていること…上の人間は嘘ばっかりつくけど多分日本は負ける」
当時でもそう思う人達はいたのか。
「しばらくは大変だけど、敗戦後の日本は復興して豊かな国になります。戦争も二度としない平和な国になる。」
「本当かぁ、そんな夢みたいなこと…」
「中島さん、逃げてください」
「逃げる?どこへ?」
「あと一ヶ月もすれば、戦争は終わります。あなたは明日死ぬ必要なんてありません。逃げ延びてください」
数分前に出会ったばかりの人とは言え、娘と同じくらいの未来ある子供が死ぬのを黙って見ていたくはない。
中島さんは笑った。
「面白いこと言うなぁ、未来人。だが、逃げるところなんてどこにもないよ」
「どこでも良いんです、一ヶ月逃げ切れば…」
「高橋、お前とも散々話しただろう。今の俺達にある選択肢は、死ぬか、死ぬか。それ以外に何も無い」
空気が張り詰めて、中島さんの表情が淀んだ。
死ぬか、死ぬか。
「死ぬ」以外を選択出来ない時代。
生きていたいのに、死ぬしかない昔の日本。
豊かなのに自殺大国の現在の日本。
いつの時代も奇妙に歪んでいる。
「私は戦後80年経った世界から来ましたが」
「うん…」
中島さんは、もう私の話を未来人などと揶揄することなく黙って話を聞いていた。
「学校も仕事も食べ物も洋服も生き方も、選択肢が潤沢過ぎて生きにくい世の中でもあります」
「本当にそんな世の中が来るのか?」
「国への文句もいつでも言えます。それで殺されるなんてことはありません。言論も表現も自由です」
「すごいな…。考えられん」
「その日まで生きていたくはありませんか?」
「あんた、名前は?」
「えっ?」
「高橋の体を借りている未来人の名前」
「櫻田涼子です」
「おお!俺の母ちゃんと同じ名前だ!良い子と書いてりょうこ!」
「私は涼しい子と書きます」
私と中島さんは夜が更けた山林で、たくさんの話をすることとなった。
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