雪と美奈は互いに拳銃を向けあったが、そのあと示し合わせたように背中を向けた。
「なあ、おい。早撃ち対決ってのは、紗季に拳銃を抜いたらその時点で負けが決まってんだよ」
雪は言った。
美奈は、拳銃を向けようと、逸らした身体を揺らした。
「ねえ、カルムの顔、覚えてる?」
「さあ、んなのもう忘れたよ」
「あっそ。さっき、カルムから連絡があったの」
「あの人から?」
雪が聞くと、美奈は、スマホを持って雪の方を見た。
雪はそれに気づき、身体を大きく振り返らす。
「探偵、その助手、元CIA、ホワイトハッカーが二人、そっちに向かってる、見つけて、始末しろってね」
「なっ、さあさあ。どうする?君の仲間はまだ一人捕らえられたまま。海は助かるけど、公安のあの女は、その様子だとまだ見つけられていないみたいだね」
「……お前……」
雪は冷たく凍り付くような目を美奈に向けた。
さっきの部屋から出て、もう三分ほど経った。
雪に言われたとおりに、廊下を走っても全くたどり着かない。
先の見えない長い廊下、壁には、オレンジ色の照明が天井と床を照らした。コンクリートと、木の匂いが混ざって異臭を放っている。
水の滴る音が廊下の先から聞こえてきた。
水だろうか。
いや、おそらく違うだろう。水のように透き通った雫の音じゃない。
「海くん!!」
いきなり聞こえた声に驚いて、後ろを振り返ると、ドアから顔を出した歩美が、心配そうに俺の方を見ていた。
「歩美」
俺が名前を呼ぶと、歩美は今でも泣き出しそうな顔になった。
部屋の中はさっきの部屋と同じような部屋だったが、シミは無く綺麗な壁だった。
「紗季ちゃん。海くんの手錠外してあげて」
「ええ」
紗季は俺の手を引いた後、持っていた針金で、容易く俺の手錠を外した。
「海、雪は?」
「俺を助けたんだよ。まだ向こうにいる」
「そう。ねえ、尚たち見なかった?」
「いや、見てないよ。部屋を出て左に曲がったらいるって雪に言われてきたけど、どこにもいなかったから」
「……なるほど」
紗季が手を口元に当てて考え込んだ。
歩美は廊下の様子をうかがっている。
「でもよかったよ。海くんが無事でさ」
俺が、ポケットから取り出したハンカチで鼻血を拭っていると、歩美が笑顔で言ってきた。
「尚くんたちならきっと無事だよ。あ、それと、マスターも心配してたから、電話してあげて」
歩美が俺にスマホを渡してきた。
俺は通話ボタンを押して、耳に近づけた。
「もしもし?」
『海!!無事なんだな!』
電話口から聞こえてきた流の声が俺の耳を劈いた。
俺は驚いて耳を塞いでしまう。
「びっくりした。無事だよ無事」
『んで?あの目つきの悪い女はお前の事助けに来たのか?』
目つきの悪い女とは、雪の事だろう。
「ああ。迎えに来たよ」
『ちえ、てっきり迎えに来てないと思ったのに』
流が残念そうに愚痴をこぼした。
『ま、俺は病院でゆっくりしてるよ。またなんかあったら連絡しろよ』
「待て、お前、これ誰の携帯だ?」
『今藤の電話。事情聴取の時に借りたんだよ』
「え、そこ今今藤いるのかよ」
『ああ、いるぜ。お見舞いに、プリン買ってきてくれたんだよ~。良いだろ?』
「……あの眼鏡かけた厄介な警察官はまだいるんだな」
『悪かったな。眼鏡かけた厄介な警察官で』
電話の向こうから、思いがけない人物の声が聞こえて、むせてしまった。
「え、今藤?」
『スピーカーでずっと会話聞いてたぞ』
「……」
『海、お前、危機感なさすぎだろ。しかも痩せてるような気がするし、しっかりご飯食えよ。それと、あんまり無理して部活くんなよ。それから……』
「はいはーい。分かりましたー」
今藤の長々とした説教に俺は呆れて、通話の終了ボタンを押した。
「ったく、親じゃねえんだし」
俺はぼそりと呟いて、歩美にスマホを返した。
「あとは冴ちゃんだね。どこいるのか。今、尚くんたちが探しに行ってるよ」
歩美は俺からスマホを受け取ってから、俺たちに聞こえる声で言った。
「海、アンタは私と一緒に残って、歩美、松村たちを探してきて」
「分かった」
歩美はスマホをグッと握りしめて、部屋を出て行った。
「私達の入った入り口からかなり離れた部屋なの。多分雪が入ってからすぐの部屋。それでさっき、この部屋に向かう途中で、歩美たちと会ったから、それで、この部屋にみんなで行ったの。それで、松村が、もしかしたらここにカルムがいるかもしれないって言って、そしたら尚が、『俺が探しに行く』って言って、松村は『じゃ、俺は冴香だな』って言って、部屋を出たの」
「そうなのか」
俺が、さも興味なさげに返事すると、紗季は、呆れたようにため息を吐いた。
クラブ棟の前で、スマホを握っているのは、皐月だった。
皐月は自分の綺麗に揃えられて切られた前髪を後悔するように触った。
もう片方の手で、スマホのメールアプリを開いて、誰かから送られてきたメールを見た。
『了解』
メールの受信トレイには、その二文字だけが、周りの白い空間を嗤っているようだった。
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