あれから奏(そう)ちゃんから連絡がこない。
スマホを見ると夜の21時。
奏ちゃん、どうしてるんだろう。
奏ちゃんの母親のことがどうしても気になって、嫌な想像ばかりしてしまう。
電話してみるか…。
電話をかけると、ワンコールで奏ちゃんが出た。
「奏ちゃん!」
「響、ちょうど今電話しようと思ってた。遅くなってごめん」
「運命的だね、俺ら…」
「響、今から会える?」
「会う!会いたい!」
はしゃぐ俺に電話口で奏ちゃんが笑う。
「じゃあ、いつもの公園ね」
「うん」
奏ちゃんから「会える?」なんて。
会いたいのおねだりが来るなんて。
やっぱり両思いって最高だ。
さて、あとは親をうまく騙して外に出ねば。。
俺は急いで2階の自室から階段を駆け下りると、リビングを光の速さで通り過ぎる。
「おかーさーん、ちょっとコンビニ行ってくるー!しばらく帰らないかもー!」
よし、このまま玄関へダッシュだ。
「えっ?響、こんな時間にどこのコンビニ行くのよ!」
「アイス買いにー!」
「アイス買うだけなのに何でしばらく帰らないのよ!」
「ちょっと、友達と会うかもー」
友達じゃなくて彼氏だけど。
「まぁいいけど…携帯持った?」
「持ってる!行ってきま!」
玄関の扉を閉める。作戦成功。
うちの親はどちらかと言うと過保護だ。
一人っ子のせいか、だいぶ甘やかされて育った。
親子仲も悪くない。
奏ちゃんの家庭は…どうなんだろう。
今日話聞いてみようかな。
公園に着くともう奏ちゃんが来ていた。
「奏ちゃん!」
「響」
外は真っ暗だけど街灯の光で奏ちゃんの顔が照らされる。
「あれ?奏ちゃん、目の下どうしたの?赤くなってる」
奏ちゃんの白い肌にひっかき傷のような赤い跡。
昼間会った時はなかったのに。
「あー、なんか今日は母親がだいぶ暴れてて」
うわ。ほら、嫌な予感って当たる。
「暴れてたって…奏ちゃんに暴力振るうの?」
自分で言って胸がチクっと痛んだ。
俺と奏ちゃんは二人で公園のベンチに座って話を続けた。
「わざとじゃないよ。うちの母親、最近仕事行ったと思ったら昼間からお酒飲んでる日があって。酒癖悪いんだよ。今日もお皿とか割ってて止めようとしたらコレ」
と言って奏ちゃんが目の下の傷を指差す。
「爪で引っ掻かれただけだよ」
「だけだよって…。奏ちゃんの人間国宝級の綺麗な顔にさ…傷付けるなんて親とはいえ犯罪だからね」
奏ちゃんは「そんなたいした顔じゃないよ」と笑っていたが、そうじゃない。
冗談で和ませようとしたけど、好きな人に傷を付けるような奴はいくら奏ちゃんの母親でも許せない。
「奏ちゃんのお母さん何で荒れてるの?」
「うーん、去年あたりからちょっとね。親父が浮気して夫婦仲が悪くなってからアルコール依存みたいになって。俺に絡んできたりするし」
「お父さん、浮気してんの?」
「今はわからないけど当時、浮気が発覚した時はもっと夫婦喧嘩がたえなかったなぁ。今も母親が酔っ払うと親父に突っかかってるけどね」
大人って奴は。
「奏ちゃん、家にいて辛くない?」
「まあ…仕方ないし。慣れちゃったよ」
「仕方なくないし。そんなのに慣れちゃ駄目だよ、奏ちゃん」
奏ちゃんが悲しい想いしてたら俺だって辛いんだよ。
「響は大事に育てられたんだろうね」
「何それ、嫌味?俺が能天気だから?」
ぅわ。喧嘩しに来たわけじゃないのに…。
奏ちゃんの家庭の話聞いてたら悔しくて、ついきつい口調になってしまった。
ねえ、奏ちゃん。
俺に助けを求めてよ。
俺ってそんなに頼りない?
「能天気とかじゃなくて、響が優しいから。親の愛情たくさん受けて育ったんだろうなって」
「まぁ、甘やかされて育ったフシはあるけど…。奏ちゃんだって優しいじゃん」
「響にだけだよ」
あっ。またそんな歯の浮くような台詞を…。
どれだけ俺の心をかき乱したら気が済むの?
奏ちゃん。
「奏ちゃん、合唱部の皆にだって優しいじゃん…」
「建前だよ」
「奏ちゃんてたまに怖いこと言うよね…」
「建前っていうか、皆に嫌われたくないから?合唱部の友達もクラスの友達も嫌いじゃないけど、どこか距離置いて演じてる自分がいると思う」
「別にありのままの奏ちゃんで十分魅力的なのに」
「自分に自信がないのかな…」
「じゃあ、俺には本当の奏ちゃん見せてくれてる?」
「うん。本音言えるの響だけだもん」
俺だけ…。この言葉は箱に入れてリボンでくるんで大事に閉まっておきたい。
「俺、少しは奏ちゃんの役に立ててる?」
「響の明るさと可愛さに救われてるよ、毎日」
奏ちゃん、それは俺の台詞だよ。
「俺も奏ちゃんのおかげで毎日幸せ…」
奏ちゃんが笑う。
「ねー奏ちゃん、今夜は帰したくない」
「またそうゆうこと言って」
「違う、冗談じゃなくて心配。奏ちゃんを家に帰すの…」
「響、、」
奏ちゃんが俺の肩に手を回して、ギュッと自分の方に近付ける。
「ありがとう、響。その優しさだけで心が救われるよ」
ああ、俺がもっと大人だったらな。
しかも奏ちゃんの方が一個年上だから俺はいつまでも奏ちゃんより大人になれないじゃん。
無力だ。
そばにいることぐらいしか出来ない。
俺も奏ちゃんに抱きついて言う。
「奏ちゃん、大好きだよ」
真っ暗な公園で二人ぼっちみたいな僕らだったけど、心の中だけは温かかった。
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