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頭が朦朧とする――。
私の傷だらけの身体から、止め処なく流れる血。
両手で傷口を押さえ、私の名を呼びながら、必死に出血を止めようとしてくれている叔父ルイスの背後に何かが反射した。
薄れていく意識の中、一番見たくなかったものを見てしまう。
ルイスに向かって躊躇無く振り下ろされた剣を……。
「お……叔父様……危な、い……」
だんだんと意識が途絶えていく。
私にもっと力があったら……。
どうか、ルイス叔父様を助けて……。
――それが、リーゼロッテの最後の願いだった。
◆◆◆◆◆
「……お姉ちゃん! お姉ちゃんてば! 起きてよっ!」
半泣きで、必死で体を揺する男の子が居た。
「……痛っ!」
背中と後頭部に痛みが走る。
自分の涙で頬が濡れている事に気がついた。意識を失っている間……ずっと夢を見ていたのだろうか。
とても、嫌な夢だった。
(私は……)
辺境伯令嬢のリーゼロッテ・フォン・エアハルト。安堵したのか隣で泣きじゃくっている男の子は……弟のフランツ。
(……ん? フランツは13歳のはずだけど?)
そこに居るのは、どう見ても5歳くらいの小さな弟だった。
そして、自分の手をジッと見る。
「……小さい」
その小さな手で、自分の顔をペタペタ触ってみる。柔らかく、丸みがありふっくらと弾力のある頬。
(……なにが起きたの?)
木から落ちて打ちどころが悪く、自分の頭がおかしくなってしまったのか。
思い出そうと目を閉じた。すると、頭の中に色々な記憶が溢れてくる。
(――私は、リーゼロッテではない!)
独身アラサーで、CGクリエイターを生業としていた日本人。
(名前は……はて? 思い出せない)
ただ、不規則で寝不足、そんな毎日を送っていた。大手の会社から数人で独立し、新しく会社を立ち上げたばかりの大変な時期に――倒れたのだ。納期ギリギリのCMがあったのに。
(あ……うん、完全なる過労死だわ)
ふと思い至る。
最近、現実に疲れ切った社内の女子達に流行っていた、恋愛系ネット小説。転生、ループ、冒険もの。ふたり分の記憶を持つ今の状況は、いわゆるその転生なのかもしれない。
――だけど、何かがおかしい。
記憶に残っているリーゼロッテは15歳のはずなのに、どうして小さな子供なのか。
(よく分からないけど……今の私は日本人でもなければ、15歳のリーゼロッテでもないってこと?)
そんな事があるのだろうか――。
「……ちゃん。お姉ちゃん、てばっ!!」
「あ、えーと。フランツ……よね?」
「もー! 当たり前なこと言わないでよっ。お姉ちゃんが木から落ちて、すっごく心配したんだから!」
「ねぇ、フランツ。今……何歳?」
「は? 何言ってるの? 昨日、お誕生日祝ってくれたじゃないか! ぼくは、もう6歳だよ!」
二つ下のフランツが6歳ならば、リーゼロッテは8歳……。
フランツの誕生日の翌日、家を飛び出した。それから、捕まらないように木の上に逃げ――落ちた。
(そうだ……憶えている)
これは、リーゼロッテである人生の過去。
辺境伯だった父と母は、魔物によって殺された。
そして、王都の騎士団に所属していた叔父が呼び戻され、辺境伯を継いだのだ。跡取りであるフランツが、まだ小さいからと。
これが普通の伯爵だったなら、後見人をつけ、フランツが継げばよいのだが――フランツはまだ、そこまでの魔力を扱えなかった。
この国にとって、辺境伯領は特別な場所だ。
だからこそ、即、魔物達を抑え込める魔力を持つ、由緒ある血筋の者が必要なのだ。その為、大昔から続くこの継承には『特記事項』が付与されている。
父の次に能力がある叔父が、辺境伯になるのは当然の事だった。
叔父ルイスはリーゼロッテとフランツを育てると決め、独身でありながら養子縁組を行い養父となった。
(ただ――。その頃の私は……叔父を父と認めることが出来なかった)
まだ幼かったリーゼロッテは、両親の死を受け止められず、苛立ちを新しく父になったルイス・フォン・エアハルトにぶつけた。
そして、その後も――ルイスとの溝を埋めることは出来なかった。
(今の私なら分かる)
リーゼロッテは、本当はルイスを父と呼びたかったのだ。そう、最後の時までずっと。
(さっき見たのは夢じゃなく、現実に起こった事だわ)
7年後、リーゼロッテとフランツ――そして、ルイスは殺されるのだ。