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鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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考えてみれば、千崎に会うのは佐山文至をワオンモールで撒いて以来。あの時は京介が怒っていて、千崎と話をするどころではなかったけれど、相当心象が悪かったはずだ。
千崎は京介が芽生のせいで仕事をおろそかにすることをとても嫌う。ワオンモールの時もそうだったけれど、今回もその典型パターンではないか。
「あ、あの、千崎さん……ごめんなさい。私のせいで……京ちゃんのお仕事……」
それで、布団で半ばまで顔を隠して眉根を寄せて謝ったら、千崎に怪訝そうな顔をされる。
「体調が悪いのに、何を遠慮してるんです? 私の知る神田芽生さんはそんな気弱な女性じゃなかったはずですが……。ましてや貴女、カシラに伴侶として選ばれたんでしょう? もっと堂々としていなさい」
それは、確かに芽生を気遣う言葉だったけれど、妙に恐縮してしまうのは、芽生にとって目の前の男が〝お小言専属員〟の位置づけだからだ。
そんな芽生の警戒心を察したのだろうか。
いつもの調子でつらつらと言ってから、千崎がほんの少し表情を和らげる。そうして眼鏡のつるをほんの少し持ち上げてから、
「カシラは徹夜明けです。私もですが……まぁこんな風に葛西組から呼び出しが掛らない限り半日はオフって話になっていたんで、気にすることはありません。昼は過ぎてしまいましたが、私も百合香のことではかなりご迷惑をお掛けしましたしね、実はカシラのことを言えた義理ではないんですよ」
ふっとどこか陰のある笑みを向けられて、「すみません。それを先に言うべきでしたね」と頭を下げられた芽生は、まさか千崎からそんなことをされるだなんて思っていなかったからソワソワしてしまう。
でもそんな千崎の言葉の中に〝ゆりか〟という文言が入っていたのに気が付いた芽生は、そういえば何だかんだで愛用させてもらっている下着の購入先ランジェリーショップ『YURIKA』が放火されて、千崎がその後処理に追われていたと京介から聞かされていたのを思い出した。
「あ、あの……百合香さんは……」
軽い火傷を負っただけだという話だったけれど、千崎にとってその人は大切な女性だったはずだ。京介たちはそんな彼女のことを千崎の〝イロ〟と呼ぶけれど、芽生は、イロというのは恋人や奥様と同義だと思っている。「ああ、それなんですがね」
千崎が言葉を継ぐより先、
「初めまして……でいいよね?」
開けっ放しになっていた扉の向こうから、ショートカットの綺麗な女性が京介とともに入ってきて、びっくりさせられてしまう。
千崎や京介は付けていないのに、その人だけマスクをしているのは、恐らく京介たちから芽生のインフルエンザがうつらないよう気遣われ、大事にされているからに違いない。
右手に包帯が巻かれているのが痛々しいところから察するに、「百合香さん?」だと思った。
***
芽生のすぐそば。先ほどまで京介がいた位置に椅子を置いて腰かけた女性――桐生百合香を見上げて、芽生は妙に落ち着かない。
芽生が熱を出してからずっと、芽生の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれていた京介は、千崎と連れ立って葛西組へ行ってしまった。
結果的に芽生の看病役として百合香が残されたのだけれど、元々面識があったわけではない。
下着や、相良組の面々からの話を通して存在くらいは知っていたけれど、実際に百合香と顔を合わせるのは初めて。
百合香の方も、京介や千崎伝手に芽生のことは知っていたようだけれど、芽生よりこちらのことに詳しいとすれば、芽生のスリーサイズを把握していることくらい。
(そう、スリーサイズ!)
同性とはいえ、彼女にそれを知られているんだと気がついた途端、恥ずかしさが込み上げてきた。
それに、〝あの千崎さんの彼女さん〟なんだと思ったら、妙にドキドキさせられる。
(京ちゃんは何を考えているのか割と分かりやすいタイプだけど……千崎さんは感情も何もかもセーブできる、精密機械みたいな印象だよ!?)
そんな千崎と恋仲になれるだなんて、それだけで凄い人だというフィルターが掛かりまくりなのだ。
「あ、あの……」
それで恐る恐る話しかけてしまった芽生だったのだけれど――。
「なぁに?」
百合香の物言いはとにかくとても穏やかで、ふわりと周りを包み込むような温かさが感じられて、芽生は(あーん、癒される!)と思った。そのついでのように(千崎さん、実は百合香さんの前でだけはデレたお顔とかなさるのかな?)と勝手な妄想をしてしまう。
だけどさすがにそれを初っ端にぶつけるのは良くないというのは、インフルエンザで判断能力の鈍った頭でも分かった。
「……どうして、私の看病を引き受けて下さったんですか?」
そもそも親しかったわけでも、面識があったわけでもない。
百合香にとって芽生は、馴染みの相手の先にいる、一介の客に過ぎなかっただろうに。
千崎が大切な彼女に、感染力の高い病気にかかっている芽生の付き添いを許可したことも驚きだけど、百合香自身が拒否すれば千崎はもちろん、京介も無理強いはしなかったはずなのだ。
芽生がそんな疑問とともに百合香をじっと見上げたら、
「えー? だって雄ちゃんがいっつも苦虫噛み潰したみたいな顔で貴女と相良さんのこと、話すんですもの! しかもあの相良さんが特別視してるってお相手よー? あのあと相良さんとお店に来てくれるかも? って期待してたのに来てくれないし……そうこうしてるうちにお店も燃えちゃったし……」
そこで一瞬だけ悲しそうな顔をした百合香だったけれど、次の瞬間にはニッコリ笑顔に塗り替えられていた。
「もう会えないのかな? って諦めてたところにチャンスが降ってきたのよ? そんなのイエスかハイか応の三択しかないでしょう!?」
クスクス笑われて、芽生も思わずつられて笑ってしまう。
「実は京ちゃんに、最初に百合香さんから見繕われた下着は私にはセクシー過ぎて似合わないから、新しいのを買いにもう一度百合香さんのところへ行くって言われたんです」
「えー? そうなのぉー? 私、絶対外してない自信満々で相良さん好みのエッチな下着を選んだはずだったのにー! 芽生ちゃんにはダメって言ったの? あの相良さんが? ヤダぁー。その話、もっと詳しく!」
百合香は芽生が想像していたよりはるかに底抜けに明るい女性で、芽生はいつしか彼女との会話を楽しんでいた。
***
「私、百合香さんのこと、勝手に髪の長い女性かな? って想像してました」
ひとしきり会話を楽しんで、芽生がショートカットに切りそろえられた百合香を見上げて微笑んだら、百合香が「ひょっとして似合わないかな?」と小首をかしげた。
芽生はそんな百合香にフルフルと首を横に振ると、
「まさか! こんな綺麗な人がいるんだ! ってうっとりしちゃうくらいです」
百合香の不安を全否定した。首を振ると頭がズキンと痛んだけれど、自分の不用意な発言で、目の前の美しい女性の表情を曇らせるのだけはイヤだった。
なのに――。
「実はね、前は芽生ちゃんみたいに腰まで髪の毛、あったのよ」
「えっ!?」
耳横にちょこっと残った髪の毛に触れながら百合香が淡く微笑むから、芽生はドキッとさせられる。
この感じ。
(きっと、百合香さんは髪の毛を切ることを余儀なくされる形でそうしたんだ)
女の直感でそう思った芽生である。
「ほら、これといっしょ」
手首に巻かれた包帯をそっと撫でる百合香を見て、芽生はハッとした。
「ほら、お店が焼けちゃったでしょう? あの時にね」
要するに、髪の毛も火に当てられて、短く切らざるを得ない状態になったということなんだろう。
「百合香さん、ごめんなさい。私……」
芽生は、百合香にそんなことを言わせたいわけじゃなかった。なのに、結果的に百合香にとって思い出したくないであろうことを話させてしまった。
「バカね、そんな悲しそうな顔しないの。ほら、笑って?」
芽生が申し訳なさに眉根を寄せたら、百合香がムニッと芽生の頬をつまんで、自身も何の憂いも感じていないかのようににっこり笑って見せる。
「実はね、シャンプーしてもすぐ髪の毛乾くし、案外いいかも? って思ってるのよ?」
クスクス笑いながら、
「ほら。あんなことでもない限り、なかなか伸ばした髪の毛をこんな風にバッサリ切るとか出来ないでしょう? 雄ちゃんも似合ってるって言ってくれるし、これはこれでいいかな? って今は結構気に入ってるの」
「百合香さん……」
「もぉ、芽生ちゃん。スマイルよ、スマイル! 芽生ちゃんも今の私を見て綺麗って言ってくれたじゃない? きっかけは腹立たしいけど、結果オーライよ?」
言って、芽生の頭をヨシヨシ、と撫でてくれてから、百合香が嬉しそうにポンッと手を打った。
「それにね。実はさっき、相良さんが新しいお店をすぐに用意してくれるって約束してくれたの♪ だから今はルンルンよ♪」
「京ちゃんが?」
「そうそう。あ、でも勘違いしないでね? 相良さんと私は上司と部下みたいな関係だから」
「え? 上司と、部下……?」
(それは、どういう意味だろう?)
百合香は別に相良組の組員ということもないだろう。だとしたら京介を百合香が上司と称するのには無理があるような?
何だか話が見えなくてキョトンとした芽生に、百合香が続ける。
「うちのお店ね、相良さんのところのしのぎ……、あ、えっと…活動費? にも貢献してるから、事業への投資みたいなものだって思ってくれたら。雄ちゃんからも、『折角だから前の店より大きいお店にしたらいい』って言われてるし、ある意味怪我の功名じゃない?」
要するに、京介の手掛けている〝事業?〟の一端を百合香のランジェリーショップも担っていたということかな? と認識した芽生である。
「火傷の分も上乗せして前のお店より内装も凝ったのにしてもらうつもり♪」
ふふふっと悪そうな笑みを浮かべて見せる百合香に、芽生はつられて笑ってしまう。
きっと百合香は、胸中では焼けてしまったお店のことを悲しんでいないはずがない。なのに気丈に振る舞って見せる百合香を見て、芽生は彼女みたいな女性になりたい、と強く希った。
それで、ポロリと口をついたのだ。
「……私も、千崎さんが百合香さんを大事にしてるみたいに、京ちゃんが大事にしたいって思ってくれるような……一人前の〝いろ〟になりたいです」
当たり前のように〝事業〟という言葉を使いこなす百合香を見習って、自分もちょっとだけ背伸びしてみただけ。
なのに――。
芽生がそう言った途端、百合香が驚いた顔をして芽生を見つめてくるから……芽生は何が何だか分からなくてドギマギしてしまう。
百合香はほんの少しだけ間を置いてから「芽生ちゃん。〝いろ〟って……どういう意味で言ってるの?」と穏やかに確認してきた。
「えっと……奥さんとか恋人。そういう大事な人、だと思っています」
芽生が思っているまま素直に答えると、百合香が困ったような微笑を浮かべた。
「芽生ちゃん、違うのよ。〝いろ〟っていうのはね、恋人じゃない。ほら、大人の男女の……割り切った関係……。愛人。……分かるでしょう?」
「え?」
「私は雄ちゃんの〝情婦〟って言われてるけど……彼女じゃないし……ましてや奥さんでもないってこと」
(イロは恋人の呼び名じゃ……ない?)
その悲しそうな表情を見て、芽生はインフルエンザによる頭痛よりも強く、胸の奥がズキッと痛んだ。
「だからね、芽生ちゃんは〝情婦〟なんか目指しちゃダメ。ちゃんと相良さんの〝奥さん〟になって?」
芽生は、千崎には〝奥さん〟がいると聞いたことがある。だったら、奥さんじゃないという百合香と千崎の関係は……。
そこでふと、前に佐山たちが京介にも〝いろ〟がいると言っていたのを思い出した芽生は、恐る恐る。
「私、相良組の皆さんから、京ちゃんにも〝いろ〟がいるって聞いたことがあるんです。あれって……そういう、意味……だったんです……か?」
〝いろ〟が〝恋人〟じゃなく、本命以外の愛人を指すというのなら、芽生がいても京介はそういう女性たちとの縁を切らない可能性もあるということだろうか?
あの真面目で堅物そうに見える千崎ですらそうなのだから……。
芽生の質問に、答えは返ってこなかった。
ちょうどそのタイミングで玄関からチャイムの音が聞えてきて、百合香は「佐山さんかしら?」とまるで逃げるみたいに席を立った。
コメント
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そっか、ゆりかさんなら! ってゆりかさんだ! 『それぞれの幸せ』のヒロインさんだよね!? 千崎さんとのあれこれ読んでうるうるしまくりですよぅ!😭
読ませていただきました。百合香さんが「いろ」の本当の意味を教えるシーン、胸がギュッと締め付けられました。芽生ちゃんが「京ちゃんの奥さんになりたい」って思ってた言葉が、実は全然違う意味だったって知る衝撃…。でも、百合香さんの「ちゃんと相良さんの奥さんになって?」という言葉には温かさがあって、彼女自身の切なさも滲んでいて、すごく心に残りました。二人の会話の空気感が丁寧で、引き込まれました🕊️