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《東京都内・深夜の商店街》
シャッターの降りた店が、
規則正しく黒い歯の列みたいに並んでいる。
街灯は点いているのに、人影がない。
聞こえるのは、どこかの換気扇の唸りと——
遠くで鳴り続けるサイレンだけ。
コンビニの自動ドアが、
風に押されて一度だけ開きかけ、すぐ閉じた。
店員の笹本(ささもと)は、カウンターの内側で手袋をしたまま、
指をぎゅっと握り込む。
昼のニュースでは「冷静な行動を」と言っていた。
でも、夜の街はニュースの言葉をまるで信じていない。
レジ横の小さなテレビ。
砂嵐気味のワイドショーが、見えない速度で繰り返す。
『——“オメガ・カウントダウン”。残り日数が一桁を切る前に——』
『一部地域で物流の遅れ、買い占め、そして軽犯罪の増加が——』
笹本は、画面のテロップと、店内の現実が繋がるのを感じた。
棚の米は減り、乾電池は消え、ペットボトルの水は補充が追いつかない。
なのに、店は閉められない。
閉めたら——「明日」のルールが一つ消える気がした。
カメラのモニターに、影が映った。
商店街の端から、三人。
歩幅だけがやけに揃っている。
一人目は背が高い。
黒いフードに、白い覆面。
二人目は細身で、足元が妙に軽い。
覆面の下から、笑っている気配がする。
三人目は、手に何か——棒のようなものを持っている。
武器なのか、ただの工具なのか、暗くて分からない。
分からないことが、いちばん怖い。
自動ドアが開く。
冷たい外気が、店の明るさをわずかに濁らせた。
「……いらっしゃいませ」
声が、思ったより震えた。
覆面の高い男が、店内を一周見る。
動きが、慣れている。
“この国で、こんな目つきが普通になる日が来るのか?”
笹本は、喉の奥が乾く。
「レジ、開けて」
声は低い。
丁寧ですらある。
二人目がスマホを掲げた。
画面の向こうで誰かが話しているのが見える。
——“配信”。
笹本は背中が冷たくなった。
恐怖は、事件そのものよりも、「見世物」に変わる瞬間に増幅する。
「金持ちはもう場所を知ってるんだろ?」
細身の覆面が、吐き捨てるように言う。
「逃げてる奴らがいる。俺らだけ置いていかれるの、ふざけんな」
——まただ。
笹本は今日、何度もその噂を見た。
“落下地点は上級国民には共有済み”
“政治家の家族はもう海外”
根拠のない言葉が、怒りの形だけを増やしていく。
覆面の男が、少し首を傾けた。
「……早く。現金と、店舗のカード。あと薬」
“薬”。
笹本の頭に、常連の高齢者の顔が浮かぶ。
ここで薬が消えたら、誰かが死ぬ。
隕石じゃなく、今日の夜に。
笹本は、手を上げようとした。
だけど、その前に、外から叫び声がした。
「こっちも開けろ! やってんだろ!」
ガラスの向こうで、別の影が揺れている。
もう三人じゃない。 街全体が、同じ方向に傾いていく音がした。
笹本は、ゆっくりレジに手を伸ばした。
——安全だった日本が、今、呼吸の仕方を忘れている。
《速報/テレビニュース》
アナウンサー
「国内で“複数店舗を狙った強盗グループ”が増加しています。
犯行の背景には、物価の急騰とSNS上のデマによる動揺があるとみられ——」
画面下に表示される緊急テロップ:
「日経平均:−3470円(歴史的暴落)」
「NYダウ:−2920ドル」
「世界同時株安、金融市場混乱」
「原油価格:1バレル=185ドル」
中国SNSでは預金封鎖が“デマとして”拡散し、
インドではガソリンスタンドに行列ができ、
欧州では食料品の値段が一夜で数倍に跳ね上がっていた。
世界が少しずつ、
しかし確実に“壊れ”ながら動いている。
《総理官邸・執務室》
サクラはニュース画面を見つめたまま、
眉間を押さえていた。
藤原危機管理監
「会見の効果は確かにありました。
“安心した”という世論も増えています。」
サクラ
「でも、“安心したから買い占める”人も増えた……。
皮肉な話ね。」
天野秘書官補
「SNSではまだ“落下地点が特定された”というデマが飛び交っています。
黎明教団も会見後に“配信”を増やしていて……。」
サクラ
「……あの人たち、国民の不安を“利用してる”のよ。」
藤原
「総理、明日の“各国首脳との再協議”ですが、
ルース大統領が“方針転換の可能性あり”と連絡を……」
サクラ
「……厄介ね。」 少しだけ顔に疲労が滲む。
(どうして世界は、
“正しい方向に進むこと”さえ難しいんだろう……)
《深夜・IAWN臨時連絡/SMPAG非公式調整(非公開)》
NASA × JAXA × ESA
画面越しに表示される軌道図は、
赤・青・白の三本のラインで微妙にズレていた。
アンナ(NASA)
「新しい観測ログで、
Δ(デルタ)0.013度の“軌道傾斜偏差” が確認された。
この誤差が“インパクターの衝突ベクトル”に影響する。」
ESA技官
「0.013度……距離に換算すると……」
アンナ
「地球近傍で“78kmのズレ”。
外せば……
“インパクトが無効になる可能性”が高い。」
白鳥レイナ(JAXA)
「……つまり、
“軌道偏向に失敗する”ということね。」
アンナ
「そう。
失敗=地球への衝突率上昇 を意味する。」
会議室の温度が一気に下がったような沈黙。
白鳥
「
修正には……?」
アンナ
「推進モジュールの再設計、
衝突角度(impact geometry)の調整、
AIモデルの再学習——
どれも“数日単位の作業”になる。」
ESA
「でも、launch window(打上げ可能時間窓)は
ますます狭くなる。」
アンナ
「だから急ぐのよ!
“成功率を上げるには、
今が最後の調整のチャンスよ。”」
白鳥
「……分かった。JAXAも総出で対応する。」
全員が無言でうなずいた。
その沈黙こそが、
世界の“希望の細さ”を物語っていた。
《黎明教団・配信スタジオ(簡易施設)》
天城セラは、
サクラの会見後に増えた視聴者数を静かに見つめていた。
セラ
「皆さん……“恐怖”を、
誰に向ければいいかわからなくなっています。」
柔らかい声なのに、
その言葉は鋭く心に刺さる。
セラ
「国が壊れ、世界が揺れ、
人々は“自分の価値”を見失った。
だからこそ——
新しい価値の世界が始まるのです。」
コメント欄に流れる文字が熱を帯びていく。
#神の光
#黎明の朝
#救われたい
セラ
「今の世界は“終わり”ではありません。
“選ばれた人類”が次へ進むための扉なのです。」
静かな声だった。
だが、その静けさこそが、 恐怖に心を擦り減らした人々に染み込んでいく。
《東京都内・アパート》
SNSを眺める一人暮らしの男性は、
サクラの会見と、セラの配信を何度も見比べていた。
(どっちを信じればいい……?)
窓の外ではパトカーのサイレンが遠ざかっていく。
世界は静かではなかった。
“音を立てながら崩れていく”静けさだった。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.