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《アメリカ・ホワイトハウス/状況室(シチュエーションルーム)》
真夜中のホワイトハウスは、眠っていない。
大型モニターに、世界地図と数字が並び続ける。
《ガソリン平均価格:過去最高》
《NYダウ:大幅続落》
《全米で買い占め、銃撃事件増加》
ジョナサン・ルース大統領は、肘をついたまま画面を見つめていた。
目の下の影が濃い。
だが背筋は崩さない。軍人の癖だった。
PDCO担当官
「大統領。NASA側の整理です。
IAWNへの初動共有は継続中。
SMPAGでも“回避策の選択肢”を並べ始めています。
ただし現時点の扱いは非公開です」
国防総省の席から、低い声が飛ぶ。
「“非公開で”いつまで耐えられます? 世論はもう壊れかけている」
ルースは指で机を二度叩いた。合図のように。
「……“正直に言え”って声が増えるのは分かる。
だが、正直に言った瞬間に国が崩れるなら、それは正義じゃない」
側近
「声明の準備だけでも?」
ルースは短く答えた。
「準備する。だが発表はするな。まだだ」
PDCO担当官が、もう一枚スライドを映す。
赤い楕円と線。専門家以外には意味が分からない図。
PDCO担当官
「問題は、軌道の“確度”です。
角度の偏差が小さく見えても、先の未来で誤差が拡大します。
偏向(軌道をずらす)をやるなら、“当てる点”が命です」
ルース
「外したら?」
担当官
「……“何も起きない”では済みません。
最悪、分裂して、被害が世界規模になります」
ルースは一瞬だけ口を結び、目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、軍の作戦図ではなく――家族の顔だった。
すぐに消す。
「NASAに言え。
失敗は許されない。だが急げ。時間はない。
……そして、余計な英雄ごっこはするな。政治は俺が背負う」
誰も拍手しない。
ここは勝利宣言の場ではなく、未来の棺桶に釘を打つ場だった。
《日本・東京/早朝のガソリンスタンド》
夜明け前から車が並ぶ。
列は角を曲がり、信号を越えて伸びていく。
「また値上げするって聞いたからさ」
「明日、物流止まるかもしれないって…」
「いや、テレビが煽ってるだけだろ」
言葉は軽いのに、手は重い。
誰もが“備え”という名の恐怖を運んでいた。
スタンドの店員が、声を枯らして誘導する。
「前へ詰めてください! トラブルはやめてください!」
小さな口論が、すぐ怒鳴り合いに変わる。
ほんの少しの火種で燃える。
それが今の日本だった。
《総理官邸/朝の作戦会議》
サクラは資料の束をめくりながら、できるだけ“普通の声”で言った。
鷹岡サクラ
「……昨日より、強盗が増えてる。
それと、価格の高騰。ガソリンの列。 国民の生活が先に壊れそうね」
中園広報官
「SNSのデマも止まりません。
“落下地点は上級だけ知っている”
“海外に逃げた政治家がいる”
今朝も拡散しています」
藤原危機管理監
「治安優先で、警備を厚くします。
ただ、警察にも限界があります。
現場が…疲弊している」
サクラは一度、言葉を探し、軽く眉を上げた。
「ねえ、白鳥さん。分かりやすく言って。
今のオメガって、 “こっちに来る可能性が上がってる”ってこと?」
白鳥レイナ
「……はい。観測が増えるほど、
“当たる/当たらない”がはっきりしてきます。
今はまだ確定じゃない。
でも—— “確信に近づく段階”です」
サクラ
「つまり、国民の恐怖が“間違い”じゃなくなる可能性がある…」
白鳥の沈黙が答えだった。
サクラは小さく笑って、でも目は笑っていない。
「最悪を想定して動く。
だけど国民には、最悪だけを渡さない。
……難しいわね」
《同日深夜・IAWN臨時連絡/SMPAG非公式調整(非公開)》
PDCO × JPL・CNEOS × JAXA/ISAS × ESA
画面の中の軌道図は、一本の線ではない。
無数の線。未来の可能性の束。
アンナ(NASA/PDCO側)
「“bプレーン”の散らばりが、危険な位置に近づいてる。
キー・ホール(狭い危険領域)に触れたら、確率が跳ねる」
ESA技官
「観測が一晩遅れるだけで?」
アンナ
「衝突点が、国単位で動きうる。
そして偏向をやるなら——“衝突ベクトル”が命。
数十メートルのズレが、数か月後に何百キロになる」
白鳥(JAXA/ISAS)
「インパクターは“当てれば終わり”じゃない。
当て方が間違えば、回転や噴出で分裂も起こる」
一瞬、音が消えたように静まる。
誰も「じゃあやめよう」とは言えない。
でも誰も「絶対成功する」とも言えない。
アンナ
「……だから準備が必要。設計の最終案を急ぐ。
launch window(打上げの時間窓)は狭くなる一方よ」
白鳥
「分かった。こちらも総出で詰めます」
科学者の声は冷静だった。
だがそれは、怖くないからじゃない。
怖いからこそ、冷静なふりをしている。
《日本・官邸/深夜》
会議が終わり、サクラは廊下を歩きながら天野に小声で言った。
鷹岡サクラ
「……みんな疲れてるね。 “頑張れ”って言うだけじゃ足りない。
私は、何を守れてるんだろ」
天野秘書官補
「総理の会見、救われた人は確実にいます。
ただ……恐怖はまた増えます。たぶん、止まりません」
サクラは足を止め、天井を見上げた。
遠くで警備員の無線が鳴る。
「止まらないなら、
せめて—— 恐怖に飲まれない“道筋”を作る。
科学の希望へ繋ぐ道を」
誰に言うでもなく、サクラはそう呟いた。
外は静かなのに、世界はきしんでいる。
明日になれば、また何かが壊れる。
その予感だけが、確かな現実だった。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.