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124
蒼月
768
グリルタ
72
「ったく……ついてくるなと言ったんだがな」
情報屋の集まる裏通りの暗がりから出たところで、俺は盛大に欠伸を噛み殺しながら呟いた。
「なんなのよ! 私がアンタを監視してあげているんじゃない! 不正な道具の密輸やら、情報屋との怪しい取引やら……魔王候補生として見過ごせないわ!」
背後でプンプンと怒気を撒き散らしながら歩いているのは、セリスだ。
手垢のついた路地裏の壁を気にしながら、氷の刃のような視線で俺の背中を睨みつけている。情報屋を三軒梯子して、次の対戦相手であるエレナの詠唱の癖や癖のある歩幅、さらには人間界側の境界線の動向を買い漁る間、彼女はずっと俺の後ろをぴったりとついてきていた。
(追いはらうのも体力の無駄だし、放置するのも目立つな……)
溜息をつきながら時計を見ると、すっかり昼を回っている。
徹夜で兵器の発注と情報収集を回していたおかげで胃が空っぽだし、隣でツンツンと棘を立てている異母姉の腹からも、微かに「くぅ」と可愛らしい音が聞こえた気がした。
「……はぁ。仕方ないな」
俺は立ち止まり、路地裏の角にある大衆食堂風の小さな店へと踵を返した。
「ちょっと、クロード!? こんな薄汚い店に入る気……え、何よその顔は」
「腹が減った。お前の分も奢ってやるから、少し静かにしろ」
「奢……っ!? な、何言ってるのよ、誰がハーフのアンタなんかに——」
「いらないなら俺が二人分食うだけだ」
無理やりセリスを店の中に押し込み、案内された端のテーブル席に腰を下ろす。注文したのは、肉を雑に煮込んだだけの名物料理と冷たいスープ。
「……何なのよ、これ。気取りのない、大雑把な料理ね……」
文句を言いながらも、セリスは上品にスプーンを運び、一口口に含んだ。その瞬間、ぱっと表情が華やぎ、恥ずかしそうに咳払いをして澄まし顔に戻る。
「……まあ、悪くはないわね。感謝しなさい、私が付き合ってあげたんだから」
「はいはい、そりゃどうも」
俺はスープを流し込みながら、頭の中で次の対戦相手であるエレナの対策と、ハンスに支払う追加の兵器代金の計算を弾いていた。
(……エレナの雷撃を殺すための広域接地(アース)ワイヤーのカスタムパーツ、それと人間界から取り寄せる特殊セラミック装甲……。さっきのオッズの払戻金があるとはいえ、手持ちの現金をもう少し増やしておかないと足りないな)
「……ねえ、クロード」
「ん?」
考え事に没頭していると、向かいのセリスが急に小さな声で話しかけてきた。スプーンを弄びながら、なぜか頬をほんのり朱に染めて、上目遣いで俺を見つめている。
「アンタ……私に付き合えって言って、こうしてご飯まで奢って……それって、その……」
「あ?」
「これって……いわゆる、『で、デート』っていうやつじゃないの……ッ!?」
「……は?」
開いた口が塞がらなかった。
こっちはただ、情報収集の最中に腹が減って、付いてくるのが鬱陶しいから口封じに飯を食わせただけだ。一体どういう脳内変換をしたらそうなるのか。
「な、勘違いしないでよっ! 私は別にアンタとどうこうなりたいわけじゃなくて、アンタがどうしても私と二人きりで美味しいものを食べたいって顔をしていたから、折れてあげただけで――!」
勝手に一人で赤面し、氷の結晶をパチパチと飛び散らせながら早口で言い訳をまくし立てるセリス。
俺は言葉を返す気力すら失い、最後のスープを飲み干すと、テーブルに代金の金を叩きつけるように置いた。
「ごちそうさま。セリス、俺は行くぞ」
「へ? あ、ちょっと、クロード! どこ行くのよ待ちなさいってば! まだ話は――」
「言っただろ。……資金調達だ」
赤くなったり青くなったりして追いかけてこようとするセリスをひらひらと手で制し、俺は再び盛大な欠伸をかました。
「エレナ戦の準備に、金が幾らあっても足りないんだ。お前の妄想に付き合ってる暇はない……じゃあな」
怠そうに肩をすくめ、俺は夜のモンスター狩りと闇取引が待つ『黒骨の渓谷』の方向へ、気怠げな足取りで立ち去っていった。
背後から「もう! 妄想じゃないわよバカクロードッ!!」という絶叫と、爆ぜる氷の音が響き渡っていたが、俺は振り返ることなく外套のフードを深く被り直した。
夜の静寂が降り積もる『黒骨の渓谷』。
月明かりすら届かない鬱蒼とした暗がりの中で、俺は倒れた巨大モンスターの胸元から高純度の魔石を手際よく切り出していた。
「よし……これでハンスへの特殊セラミック装甲の追加支払いは完了だな」
血を拭ったナイフを腰に戻し、重い魔石の袋を担ぎ上げたその時。
パチパチッ!
頭上の樹上から、微かな紫電の弾ける音が鼓膜を叩いた。
「——だーれだっ?」
弾むような声とともに、頭上からくるりと回転しながら舞い降りてきたのは、次の対戦相手である【雷鳴魔法】のエレナ・ボルトだった。
短い髪を揺らし、好奇心で満ちあふれた瞳で俺を覗き込んでくる。
「やっぱりここにいた! クロードってさ、昼間も情報屋街をうろついてたでしょ? アタシ、次の対戦相手の動きを探ろうと思って追っかけてたんだよね〜」
「……ストーカーかよ。不法侵入で撃ち抜くぞ」
「ひどいなー! 偵察だよ、偵察! ……あ、でもね!」
俺が欠伸を噛み殺しながら歩き出そうとすると、エレナはニシシと意地悪い笑みを浮かべながら、俺の顔前へ回り込んでバッと人差し指を突きつけてきた。
「偵察中に、すっごいもの見ちゃったんだよね〜。昼間、裏通りの食堂でセリス様と二人でご飯食べてたでしょ?」
「……あいつが勝手についてきただけだ。口封じにスープを奢った」
「ふーん? 奢ったんだ〜? セリス様、顔すっごく真っ赤にしてパチパチ氷散らしてたけど?」
エレナは楽しそうに俺の周りを軽快なステップでくるくると回りながら、覗き込むように顔を近づけてきた。その瞳は完全に「極上のゴシップを見つけた女の顔」だ。
「ねえねえクロード! 正直に教えてよ!」
「……なんだよ」
「クロードとセリス様って、実は付き合ってるの!?」
「――ぶっ」
昼間食ったスープの味が蘇りそうになった。
思わず足を止め、心底嫌そうな顔でエレナを見下ろす。
「……お前、頭の回路に電撃でも走りすぎて狂ったのか? あいつはただの腹違いの姉で、俺を『不法者』だの『出来損ない』だの蔑んできてる敵だぞ」
「え〜? でもセリス様、クロードが店を出て行ったあと『もう! 妄想じゃないわよバカクロード!』って真っ赤になって叫んでたよ? あれ絶対に勘違いして意識しまくってる顔だったもん!」
「あいつの頭の中がめでたいだけだ。俺はただの資金調達と情報収集のついでだ」
「へぇ〜? 『ついで』で女の子にご飯奢っちゃうんだ? クロードって意外と罪な男だね〜!」
ゲラゲラと笑うエレナの言葉に、俺は心底からの深い溜息を吐いた。
セリスの勘違いだけでも頭が痛いのに、それがサブヒロインのエレナにまで伝播して妙な噂になりかけている。完徹続きの頭に一番効く悪夢だ。
「……エレナ」
「なーにー?」
俺は気怠げに外套の裾を押しやり、手にした消音拳銃(サイレンサー)の安全装置(セーフティ)をカチリと外した。
「次の試合前だってのに、そんなくだらない勘違いの噂を撒き散らす気なら……今ここで、足元に地雷埋めて動けなくするぞ」
「わっ! 目がマジだ! こわ〜い!」
エレナはひらりと後ろへ跳躍し、指先からパチパチと紫電を散らしながらニヤリと笑った。
「いいよ、セリス様とのノロケ話はおあずけ! その代わり、本戦(コロシアム)のリングではアタシの『雷鳴』のスピードで、その冷たい顔を驚かせてあげるからね!」
「……手加減はしない。お前のその足、アースワイヤーで真っ先に接地(ショート)させてやる」
「あははっ、楽しみにしてる! じゃあね、クロード!」
紫電の軌跡を残し、エレナは弾むように夜の樹海へと消えていった。
静けさを取り戻した渓谷の中で、俺は重い魔石の袋を担ぎ直し、本日何度目かわからない盛大な欠伸をかました。
「……付き合ってる、ねぇ。……どいつもこいつも、脳みそまで魔法で沸いてるんじゃないか?」
呆れ果てた独り言を暗闇に吐き捨て、俺はハンスの待つ密輸ルートへ向けて、だるそうに足を進めた。
コメント
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あらためまして、第17話の感想を書かせていただきますね。 食堂でのセリスとのやりとり、めちゃくちゃ良かったです!「デートじゃないの?」って上目遣いで聞いてくるセリスに、クロードが「は?」って絶句するところ、思わず笑っちゃいました。あのツンデレ姉がまさかこんな純情な顔をするなんて…ギャップ萌えです。 エレナの登場も絶妙ですね。「付き合ってるの?」ってニヤニヤしながら聞いてくる感じ、完全にゴシップ好きな女の子の顔してて最高でした。クロードの「脳みそまで魔法で沸いてる」って呆れ具合にも共感しつつ、ついセリスとクロードの今後が気になってしまいます。 次戦に向けての準備もテンポよくて、続きが楽しみになるエピソードでした!