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スタート
305号室:退院前リハビリ期/ナチ視点(外側は完全に“穏やかな患者”)
病棟の朝は静かだった。
静かすぎる、と言うべきか。
最近、妙に“音”が減った気がする。看護師の足音も、患者同士の喧騒も。
305号室の男――今は“ドイツ”ではなく、ナチが表を支配している身体は、
窓際の丸椅子に座り、新聞を丁寧に広げていた。
〈地方紙:精神病院職員の失踪・死亡事件〉
――リハビリ期に入った重症患者の病室付近で職員が倒れている。
――自殺とも他殺とも判定がつかない。
――複数の遺体は「発見された時、患者と同室にいた」と報告されている。
ナチは記事に目を滑らせる。その目つきは優しく、穏やかで、どこか眠たげですらあった。
…けれど、記事の“死体”の文字に触れた瞬間だけ、まぶたの奥がわずかに笑った。
小さな、誰にも気づかれない“痙攣のような微笑”。
すぐに消えた。
「305号室の方、診察室へどうぞ」
呼びかけ。職員の声。
ナチは新聞を丁寧に四つ折りにすると、自分が座っていた椅子の横にそっと置いた。
従順な患者のふるまい。
ここ数ヶ月で、これが彼の“普段の姿”と認識されている。
ゆっくり立ち、壁に手を添え、規定通りの歩幅で歩く。
入院してきた当初、ベッドを折り曲げて暴れた怪力の面影はもうない。
…ただしそれは、
薬と拘束と、そして“役割”を演じる意思がそうさせているだけだ。
■ 診察室(退院面談)
白い部屋。
長机。
担当医とケースワーカーが座っており、ナチが向かいに静かに腰を下ろす。
医者「……本当に落ち着かれましたね。
ここ半年、暴力行為も、人格の急変もほとんどありませんでした」
ナチ「……はい。おかげさまで。
薬が……よく効いているのだと思います」
声は低く、柔らかく、礼儀正しい。
まるで“聖職者”のように静かだった。
医者「薬量をさらに半分まで減らしてみましょう。
もう、以前のように荒れることは無いと判断しています」
ケースワーカー「退院後の生活施設も空きが出ましたし……
社会復帰も、そろそろ視野に入れて問題ないかと」
医師たちは満足そうに頷く。
ナチはゆっくりと、まぶたを閉じた。
従順な患者らしい安堵の仕草。
だがその裏側では――
“ドイツの意識”は、眠りつづけていた。
数ヶ月に一度、わずかに浮上しても、
すぐにナチに沈められる。
医者「では、薬をさらに減らして様子をみましょう。
順調なら、来月には退院の手続きに入れます」
ナチ「……ありがとうございます」
にこりと笑う。
礼儀正しく、優しく、完璧な“安定患者”の笑顔。
しかしその頬の裏側では――
筋肉がわずかに震えていた。
笑いを堪える時のように。
■ 病棟へ戻る廊下
ナチはゆっくり歩きながら、ふとガラスに映る自分を見た。
そこに映っているのは、痩せ、目の下に影を落とし、
けれど穏やかな笑みを浮かべた「優しい患者」。
だがガラスの奥に、ほんの一瞬だけ“別の目”が浮かぶ。
――やめろ……
戻るな……
俺の身体から、出ていけ……ッ
沈みゆく主人格・ドイツの声。
誰にも届かない。
ナチはその声を聞きながら、小さく呟いた。
「大丈夫。
お前は、もう出てこなくていいんだよ――俺が全部やるから」
そして、
305号室のドアが静かに閉まった。
しばらく放置してた…
あとなんかコメント付いてためっちゃ嬉し
コメント
3件
最高です✨️ あとサムネ完成しました!