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本作品は、西尾維新著作『<物語>シリーズ』の二次創作作品です。
決して、原作小説の続編などではないので、お間違えのないようお願い致します。
本作品は、シリーズ二十四作目、宵物語までのネタバレを含みます。
時系列は忍物語以降、19歳暦の話です。
〈1〉
「アイスクリームがなくなってた?」
九月某日、午前十一時。僕は、神原家の清掃へと向かおうと自室の扉を開けた先で、待ち伏せしてた(としか思えないような登場の仕方だった)斧乃木ちゃんに引き留められ、そんな相談をされた。
“アイスクリームがなくなっていた”と言う言葉から連想し、考えられる仮説は、ざっと二つだ。①家族(特に月火ちゃん辺り)が誤って食べた。可能性としては一番考えられることだ。(そもそも、家族は僕が買い貯めをしている大量のアイスクリームを、まさか等身大ぬいぐるみに献上しているだなんて思わないだろうし)次に考えられるのは、②斧乃木ちゃん本人が食べたが、そのことを忘れている。有能で優秀な斧乃木ちゃんが、そんなへまを起こす訳がないとは思うが、前々から少し抜けているところのある子だと感じていたので、これも絶対に無いとは言いきれない。
「いや、そのどちらとも、多分違う」
そんな切り出しかたをし、斧乃木ちゃんは言う。
「僕が冷凍庫のドアポケットからカップのアイスクリームを取り出した時、ある違和感に気づいたんだ」
「違和感って?」
「ーー軽かったんだよ。とてつもなく。確認のためにバージンシールを剥がしてみると、案の定、中身のアイスが半分ほど、スプーンですくわれたように無くなっていた。封はしてあるのにだ。これが本当の、密室トリックってやつさ」
〈2〉
封はしてあったのに、アイスが半分、なくなっていた。その話が本当なら、それは密室トリックと言うより、密室マジックと言うべきだろうが………。
「冷凍庫の扉、開けっ放しにでもしてたんじゃないのか? そんなの、温められて溶けたとしか考えられないだろ。スプーンですくわれたように見えたのも、きっとアイスが溶けての偶然だ」
「鬼のお兄ちゃん、略して鬼いちゃん。あなたは僕が、そんなへまをすると思っているのかい? 冷凍庫の扉は、確かに閉まっていたよ。もちろん、冷凍庫本体が壊れていたなんてこともね」
………これではいよいよ分からなくなってくる。
冷凍庫の中に密閉されているアイスクリームが、半分、綺麗に無くなっているなんて。僕の知らない何かしらの自然現象かあったとしても、今の僕たちにはやはり、それを調べる術はない。
羽川に電話でもすれば、こんなトラブルすぐに解決してくれるだろうけど………なんでだか、斧乃木ちゃんを相手にしている手前、あいつと連絡を取ることにそれなりの抵抗がある。
僕にも一応、プライドと言うものがあるのだ。アイスクリームが何故か半分消えた~なんていう下らない理由で、現在世界一周中で忙しい羽川を頼りたくない。(斧乃木ちゃんに失望されたくない思いだってある。わざわざ僕を頼ってくれたんだ)
ーー他人を頼るのは高校生までだ。
「よし、斧乃木ちゃん。とりあえず、現物を見せてくれ。バージンシールを剥がしてしまっている以上、とても手がかりになるとは言えないが、現物を見るだけでも何か分かることはあるだろうし」
〈3〉
斧乃木ちゃんは、待ってましたと言わんばかりに、ふところからカップのアイスクリームを取り出した。
「鬼いちゃんならそう言うと思って、あらかじめ用意していたよ。はい、どうぞ」
用意の良い童女から渡されたカップのアイスクリームを、僕はそれらしく拝見する。
ハーゲンダッツの抹茶味。カップに変形した跡なし。斧乃木ちゃんの言っていた通り、アイスの体積はちょうど半分減っていた。もちろん、スプーンですくわれたようにな跡も、表面に残っている。まだ冷凍庫から出されて近いらしく、アイスがカチカチのうちに見れてよかったとは思うが………。どうしよう、正直この現物から得られる情報がこれくらいしか見つからない。
ーー本人への聞き込みへとシフトするとしよう。
「斧乃木ちゃん、今日食べたアイスクリームの数は?」
「早朝に一つ。ハーゲンダッツのラムレーズン味。もちろん、いつも通りのカチコチアイスだったよ。おかげで、付属の木製スプーンがパキッといっちゃったからね」
朝から二つも食べようとしていたのか、この子は。いや、今はもう十一時を回っているから、早朝に食べたのなら、そこそこのプランクはある。ーーいや、ともかく、最後の言葉が気になる。一つ目のアイスは溶けていなかった。木製のスプーンがお釈迦になるほどに、カチコチだったーー。
「………斧乃木ちゃん。このアイス、冷凍庫から取り出してから、何分くらい経ってる?」
「えっと、ちょうど十分くらい」
「じゃあなんで、カップの周りに水滴が付いていないんだ?」
カチコチなら、カップの周りには当然、氷が張っているはずなのだ。
〈4〉
「よく頑張りました」
「………」
電話越しに聞こえる羽川の褒め言葉に、思わずときめいてしまう僕だったが、それはともかくとして。
よく頑張りました。
あの後、斧乃木ちゃんと二人で立ち往生をしている最中に、羽川本人から電話があったのだ。どうやら僕の現状を聞き付けての電話だったそう。僕が高校生の頃は、勉強状況(と近況状況)のレポートとして、羽川とひたぎが定時報告を交わしていたという、我ながら呆れるほどに信用のない高校生だったのだが、まさか大学生になってからも続けていたとは。
「ああ、違う違う。ひたぎちゃんとの定時報告は、去年の三月、直江津高校卒業を持って終了したんだけどーーほら、私とひたぎちゃんって、仲良しだからさ、定時報告は終了しても、個人での連絡は続けてて。さっき、メールで阿良々木の現状を知らされたんだよね。だから、お役に経てるかなって思って」
「今、半年振りに友人と声を交わした嬉しさと、影で仲間外れにされている悲しさと、彼女に僕の現状(詳しく言うと、童女との探偵ごっこ)を把握されていることによる恐怖心の、三つの感情でいっぱいになりそうなのだが………」
なんで(ていうかどうやって)ひたぎは僕の現状を把握しているんだよ。ひたぎと斧乃木ちゃん、接点ないんだから。原作とのパラドックスが生じてしまう。
「ーーん、んん」
咳払いをし、羽川は続ける。本題に移るそうだ。僕としては、羽川ともう少し雑談を楽しみたかったのだが………こいつも忙しいんだ。手短に済ませなければ。ていうか、プライドがどうとか、失望させまいやら、あーだらこーだら、さんざん格好をつけてきたくせに、僕、結局最後は羽川に頼るんだな。
「えっと、阿良々木くん。阿良々木が始めに言っていた、斧乃木ちゃんが誤って冷凍庫を開きっ放しにしていて、中に入っていたアイスクリームが溶け、体積が減ったって仮説なんだけど、あれ、ほとんど正解だよ」
まあ、それは………
「ーーそうだろうな」
「あれ、知ってたんだ?」
「お前がよく言ってた”何でもは知らないわよ、知ってることだけ”ってやつだ」
「へえ、じゃあ、及第点は知ってるけど、百点満点は知らないんだよね? いいよ、教えてあげる」
普段の僕なら、ここで何か面白いボケをして、それを羽川が突っ込むというテンプレート的流れが繰り広げられるのだろうが、なるほど。やはり、今日の羽川は全体的にスピーディーだ。
スピーディー羽川だ。
「阿良々木くんも確認しただろうけど、アイスクリームの表面に、スプーンですくったような跡が残っていた。バージンシールは張ってあったのにね。それって、物理的に体積が減った以外に考えられないよね
「で、斧乃木ちゃんは、冷凍庫のドアポケットに入っていたラムレーズン味のハーゲンダッツを、今日の早朝に食べたって言っていたけど、そこって、冷凍庫の中でも温度が安定しにくい場所なんだよ。ドアの開閉のたびに冷気が逃げちゃって、一時的に温度が上がることが多いの
「特に、ハーゲンダッツみたいな脂肪分の多いアイスクリームは温度に敏感。だから、数回のドア開閉で部分的に柔らかくなっても不思議じゃない」
斧乃木ちゃんは今朝、ラムレーズン味のハーゲンダッツを取り出した。その時、ドアポケット内の冷気が逃げたのだろう。
「だから、抹茶味は自然に再凍結された。斧乃木ちゃんが始めにドアポケットを開けた時、そこに残っていた抹茶味のハーゲンダッツだけが溶かされ、二回目に開けた時には、もう再冷凍は完了していた。残ったのは、中身が一度溶け、半分ほど体積が減った状態で再度固まったカップのアイスクリームが一つ。これなら、バージンシールを剥がさず、アイスクリームの体積を減らすことができる。なるほど。まさに、密室トリックだな」
あれ? 密室マジックだったっけ?
「それに、ハーゲンダッツが抹茶味なら、再凍結のときに色ムラが出にくいから気づきにくもなるしね。カップの周りに水滴が付いていなかったのは、単純にカップの周りが曇っていたから。アイスクリームの表面がスプーンでえぐったように見えてても、実は自分の重みで沈んだだけだったりしてね………にしてもさ、阿良々木くん。アイスクリームをドアポケットなんかに入れちゃダメだよ。ちゃんと冷凍庫の奥にしまわないと」
叱られた。最後に。
「仕方ないだろーー最近、火憐ちゃんが料理にハマっててさ、使いきれない食材を大量に買ってくるから、冷蔵庫そのものが圧迫されきってるんだよ」
「逢我三山で山籠りをしてからでしょう? 火憐さんが料理を始めたのって。本当、みるみるうちに女子力が上がっていくよね。あの子」
「あれ、言ったっけ? あいつが山籠りしてきたってこと」
「業物語を読んだ」
そこの言い訳はせめて、ひたぎからのメールってことにしておけよ………。
「お前は何でも知ってるな」
「なんでもは知らないわよ、知ってることだけ」
はあん。
「あ、そうそう阿良々木くん。最後に一つ確認してほしいことがあるんだけどさーー冷凍庫のパッキン、ちゃんとはまってる?」
〈5〉
後日談というか、今回のオチ。
午後、神原家の清掃を無事に済ませた僕は、斧乃木ちゃんと、近所の駄菓子屋で二本、アイスバーを購入した。(斧乃木ちゃんがチョコミント味。僕がソーダ味だ)
「いや、僕のアイスクリームを食べた犯人が、まさか冷凍庫だったとは。さすがは翼だ」
アイスバーをぺろぺろとなめながら、斧乃木ちゃんは自慢気に口を開いた。
いや、なんでそこが親しげだなんだよ。
「………斧乃木ちゃん。もう終わったことだから、とやかく言うつもりはないんだけどさ、なんで、二回目の開閉の時、パッキンがずれていることに気づかなかったの?」
「鬼いちゃん、言っただろう? 僕は式神である前に人形だ。だから、パソコンや冷蔵庫なんかの道具は、めっぽう使いなれないところがある。冷凍庫にパッキンなんて名前の器官があること自体、今回で初めて知ったことだ」
僕の無知と不注意に巻き込んでしまってすまないね。と言い、斧乃木ちゃんは再びアイスを舐め始めた。
「こうやってただ菓子も食べさせてもらってることだしね」
「良い話で終わらせとけよ………」
ていうか、斧乃木ちゃんが至福の一品として日々楽しんでいるアイスクリーム、ほとんどが僕の買い与えたものだろ。
「お兄ちゃんが好きでやっていることだ」
どうやらアイスバーは食べ終わったらしく、斧乃木ちゃんは立ち上がった。
「さて、じゃあ僕はこれから、撫公とツイスターゲームを楽しむ予定だから。鬼いちゃんはもう少しここで、ゆっくりしてってもいいよ」
巻き気味の台詞とともに、斧乃木ちゃんは『例外のほうが多いの規則(アンリミテッドルールブック)』で飛び去っていった。
羽川しかりひたぎしかり、みんな揃って僕を仲間外れにするのか。ツイスターゲームって、パーティーゲームだろ。二人でやって楽しいものなのか?(いや、僕も去年の夏休みに一度、千石と二人でツイスターゲームを楽しんだ身ではあるのだが………)
「ーーあ」
真夏の暑さで溶け始めていたアイスが僕の指先に付着したとき、僕は自分の間抜けさに落胆することなった。
「パッキン………はめ直してねえ」
さあ、残りのアイスクリームストックたちは無事だろうか。
(終)