テラーノベル
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負けたく無いと思い立ち向かったけれど、怖かったし殴られた跡は燃える様に熱くて痛い。
三神さんの前では気を張っていても、一人になると湧き上がって来る恐怖を抑えられなかった。
「……はい」
壁に寄りかかり身を縮めていると、三神さんの低い声が聞こえて来た。
けれど相手から返事はない。せわしなくブザーが鳴り続ける。
……ミドリじゃないのだろうか。
三神さんが言っていた様に、私もミドリが来てくれたんだと思っていた。
でもこの嫌がらせとも思える執拗な鳴らし方……こんな相手の迷惑も考えない行動をミドリはしないはず。
耳を澄まして様子を伺っていると、三神さんがドアを開ける音が聞こえた。
「おい、何のつもりだ?!」
三神さんの荒げた声よりも、迫力のある声が辺りに響く。
「聞きたいことが有る!」
……この声!
信じられなくて呆然としてしまう。
「隣の倉橋沙雪のことだ。言っておくが知らないなんて通用しないからな」
続けられた威圧的な声は、間違いなく蓮のものだった。
「……何なんだ! 突然やって来て、非常識だと思わないのか?!」
三神さんが怒鳴り声を上げる。けれど蓮は怯まず言葉尻に被せる様に言い返した。
「昨日来た奴に沙雪を知らないって言っただろ! 何でそんな嘘ついた?」
「……嘘なんて言ってない、隣とは交流なんて無かった」
「ふざけんな! お前が沙雪に馴れ馴れしく話しかけてんのこの目で見てんだよ!」
蓮の迫力に、三神さんは押されているようだった。
「変な言いがかりは止めてもう帰ってくれ。いい加減にしないと通報するぞ!」
三神さんが必死に声を上げる。とにかく蓮を帰したいようで脅しになっている。でも強引さでは蓮に適わない。
「は? 警察呼ばれて困るのはそっちじゃねえの? お前、前から怪しいと思ってたんだよ! 何か隠してんだろ!」
「ふざけるな、そこをどけ!」
三神さんの苛立った声と共に、ガタガタと大きな物音が聞こえて来る。
まさか、暴力沙汰になっている?
玄関の様子が見えないから、余計に不安になる。いったい何が起きているの?
「退け!」
一際大きな声と共に、乱暴な足音がした。
「待て!!」
身構える私の目の前で、居間の扉が勢いよく開く。
片手をドアノブにかけた蓮が、驚愕した様子で私を見下ろした。
「……沙雪」
呆然と呟く様子は、私がここに居ると確信していた訳では無いようにも見える。
本当に蓮の行動は、信じられない。
こんな無理やり突入して来て、もし私が居なかったらどうするつもりだったのだろう。
でも今はそんな滅茶苦茶な蓮が、何より心強く感じた。
恐怖から解放され、自然と涙が溢れるのを止められなかった。
「沙雪!」
蓮は叫ぶように言い、私に駆け寄って来た。
目の前迄来ると片膝をついて座り、私の口を覆っているタオルを外してくれた。
「……蓮」
「殴られたのか?!」
蓮は私の顔を見ると、荒々しい声を出した。
「おい! 余計なことをするな!」
私が答えるよりも先に、追いかけて来た三神さんが蓮に掴みかかった。
「ふざけんな! お前、こんな真似してただで済むと思うなよ!!」
蓮が勢いよく立ち上がり、三神さんの腕を払いのける。その迫力に、三神さんは顔色を変えよろめいた。
私と対峙していた時とは別人にしか見えない。
「跡が付くほど殴りやがって、倍にして返してやるよ!」
蓮は頭に血が上っている様で、今にも三神さんに襲いかかりそうだった。
助けに来てくれたことの感動に浸っている暇も無い。
「蓮! 落ち着いて!」
とにかく、止めなくてはと思い必死に声をかけたけれど、蓮の耳には届かない。
ついには三神さんに殴りかかってしまった。
激しい音を立てて、三神さんが壁に叩きつけられる。
それでも蓮は止まらずに、三神さんのシャツの襟を掴み立ち上がらせようとした。
このままじゃ、蓮の方が傷害で逮捕されてしまう!
なんとか止めたいのに、蓮は足の拘束を解いてはくれなかったから、身動き出来ない。
「蓮、止めて!」
私が叫んだのと同時に、再び玄関が大きな音を立てて開いた。
今度は誰?
蓮も三神さんも、全く気付かないで争っている。私だけが振り向き、開けられたままの居間のドアの向こうに目を向けた。
「え?……ミドリ?」
「沙雪?!」
ミドリは私に気付くと、顔色を変え叫んだ。
「ミドリ、蓮が!」
一瞬で状況を察したミドリはすぐに部屋に踏み込んで来た。
「おい、落ち着け!」
そして怒鳴りながら、苦労して蓮を押さえ込み、なんとか三神さんから引き剥がした。
「邪魔すんな!」
ミドリに押さえつけられた蓮が、苛立ったように叫んだ。
「いい加減にしろ! 今はこんなことをしてる場合じゃない!」
ミドリも負けない位の大声で叫び、蓮を壁に叩きつける。
細身のミドリのどこにこんな力が有るのかと、唖然としてしまう。
三神さんはその隙に、よろよろと窓際に逃げて行った。
蓮は相変わらず三神さんを睨んでいたけれど、多少は落ち着いた様に見えた。
ミドリは、二人が離れたのを見て直ぐに私のところにやって来た。
「沙雪、大丈夫か?」
心配そうに言いながら、足の拘束を解いてくれる。
「ミドリ……ありがとう」
数日ぶりに解放されて感無量になりながら言うと、ミドリはその綺麗な顔を歪めた。
「ごめん……昨日無理にでも踏み込んでたら……」
「ううん。探してくれてありがとう……本当に嬉しかった」
そう言いながら立ち上がろうとしたけれど、弱っている為か足に力が入らなかった。
「沙雪?……これは…酷いな」
ミドリは私の様子を見て顔をしかめながら、助け起こしてくれた。
「おい、どうしたんだよ?!」
蓮はぐったりとミドリに寄りかかる私を見て、顔色を変える。
「……ちょっとフラフラするだけ、大丈夫」
本当はちょっとどころじゃ無いけれど、これ以上騒ぎを大きくしたく無い。
そんな私の気持ちは通じない様で、蓮は激高してしまった。
「顔以外もどっか殴られたのか?! あいつ!!」
再び三神さんに向かって行こうとする蓮を、ミドリが鋭い声で止めてくれたので状況の悪化を防げた。
「沙雪、直ぐに病院に行こう」
ミドリが私を心配そうに見つめながら言う。
「でも先に三神さんを、何とかしないと」
蓮とふたりきりで残して行くのは不安過ぎる。
ミドリは窓際の三神さんに目を向けた。
「警察に引き渡すしかないな、このままじゃ鷺森が何をするか分からないし」
蓮は不快そうに顔をしかめた。
「俺が何するって言うんだよ」
ミドリは三神さんのボロボロになった姿に目を遣り、呆れたように言った。
「既にやり過ぎてるじゃないか……本当にカッとしやすいな。よく調べてからって何度も言っておいたのに勝手に突入するし」
「お前こそ慎重過ぎて失敗しただろ? 昨日乗り込んでたら沙雪は無傷だったかもしれないのに。 お前がウジウジノロノロしてるから沙雪が殴られたんだよ」
「それは……」
蓮に言い返されて、ミドリは言葉に詰まり私を見た。
「俺が躊躇いながらも思い切って突入しなかったら、沙雪は危なかったんだよ!」
蓮はかなりの迫力で、ミドリに追い討ちをかける様に言う。
確かにその通りだった。あの時助けがなかったら今ごろもっと酷い怪我をしていたかもしれない。
でも……躊躇いながらってのは絶対に嘘だと思った。
蓮とミドリはそのまま言い争いになってしまい、私はそんな二人を半ば呆れて眺めていた。
元々仲の悪かった二人だけど、ミドリの発言では一緒に行動していたようだったのに……。
「だいたいなんでお前が仕切ってるんだよ!!」
「鷺森に計画性の欠片も無いからだろ?!」
ずっとこんな調子だったのだろうか。
止める気力も無く、壁にもたれて座っていると、視界の端で何かが動いた。
目を向けると、窓際に逃げていた三神さんが、側に有る窓枠を支えにして立ち上がるところだった。
蓮に殴られたところが痛むのか、とても苦しそうだ。
彼は完全に立ち上がると、私に視線を向けて来た。強い憎悪の籠もった目と視線が重なり、背筋がゾクッと冷たくなった。
危機感を覚え私も立ち上がり身構える。
「沙雪?」
ミドリが異変に気付き、蓮と言い合うのを止めて声をかけて来た。
「どうしたんだ?」
蓮も怪訝な顔で、私の視線を追って振り返る。
「お前……」
ただならぬ雰囲気の三神さんに気付くと、険しい表情になり一歩前に踏み出した。
けれど、三神さんは蓮の存在は目に入って無いかのように、私の事だけを見据えている。
「体中痛い……こうなったのも何もかも全てお前のせいだ」
彼は血の滲んだ口を歪め、私に近寄って来た
三神さんは何もかも……蓮に殴られた痛みすら、私のせいだと信じているのだ。全ての憎しみを私にぶつけようとしている。
どうしてここまで……精神がおかしいとしか思えない。
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