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「許さない!」
怒号が響く。三神さんの狂気が怖い。
でもそのとき蓮が三神さんを上回る気迫で叫んだ。
「いい加減にしろよ! お前のことは調べたんだよ。 沙雪に妙な逆恨みしやがって!女を守れなかったのは自分に根性が無かっただけだろ? そんなに大事だったらさっさと乗り込んで助けりゃ良かったのにDV男にビビって何も出来なかったのを沙雪のせいにするな!!」
私は驚愕して蓮を見た。こんなに詳細に知ってるなんて……いつの間に、どうやって調べたと言うのだろう。
「……あんたには関係ない、そこ退けよ!」
三神さんは惨めな位、動揺している。言葉は強気だけど、そのおどおどとした態度で蓮を恐れている様子が見て取れた。
「沙雪大丈夫?」
立ち尽くしていると、ミドリが側に来て三神さんの視界から隠してくれた。
「……なんで邪魔するんだ?!」
三神さんは、イライラしたように喚いている。ミドリは呆れた様にため息をつき、三神さんに静かだけれどゾッとする程冷たい声で言った。
「そんな考え方だから雪香にいいように踊らされるんだ……もう終わったんだ、自分の過ちを認めろ」
ミドリの口から出た雪香の名前に、私は驚き戸惑った……一体どういう意味?
そういえば三神さんも、雪香と関わりが有るような話をしていたけど。
「あの女が話したのか?」
しばらくの沈黙の後、三神さんが震える声で言った。
「ああ、あんたとの関わりは全て聞き出したよ」
「あの嘘つき女が!」
三神さんは吐き捨て、癇癪を起こした様に頭を抱えた。彼は雪香に対しても強い憎悪を持っているようだった。
ミドリが携帯電話を取り出し通話を始めた。
聞こえて来る会話から、通報しているのだと分かる。
「すぐに来てくれるそうだ」
三神さんはビクッと大きく体を震わせた。
それから俯き、ブツブツと何かつぶやき始める。その様子はあまりにも気味が悪くて、警察の到着を待つ間、私はミドリと一緒に外廊下に出ていた。
蓮も一緒に来ようとしたけれど、『見張り役は必要だろ? それともひとりじゃ怖いのか?』とミドリに挑発され部屋に残ることになった。
「沙雪、随分弱ってるね……いつから閉じ込められていたんだ?」
「一週間位前から……」
ミドリは綺麗な顔を歪ませた。
「警察が来たら、なるべく早く病院に行けるよう頼むよ。検査も受けた方がいい」
「ありがとう、それより聞きたいことが有るの」
「……雪香のこと?」
「そう、さっき三神さんに言ってたのはどういう意味? 雪香に踊らされてたって、二人の間に何が有ったの?」
「話すと長くなるから結果だけ言うと、三神は雪香に騙されて痛い目に有ったんだ」
私は驚愕して目を見開いた。一体、どういうことなのだろう。三神さんは私を調べて雪香を知ったと言っていたけれど、嘘だったのだろうか。
話が見えずに混乱する私を労る様に見つめながら、ミドリは話を続けた。
「雪香は沙雪の名前を使って遊んでいただろ? 三神は偶然その噂を聞いて雪香に接触して来たそうだ。倉橋沙雪だと思いこんだままね」
「それは……何の為に?」
ある程度予想はつきながらも、ミドリの話を促す。
「三神早妃のことを責める為だったようだ。本当に沙雪かを確かめもせずに、感情的に喚いて来たそうだよ……さっき彼に考え無しと言ったのはそのせいだ」
ミドリはそう言ったけれど、私は三神さんが間違ったのは無理無いと思った。
その頃の三神さんは私と一度しか会ったことが無かったし、私に双子の妹が居るなんて知らなかったはずだから。
それでもいくつかの疑問は残った。
「間違ったのは仕方ないとしても、雪香は人違いって言ったんでしょ? それでも三神さんは信じなかったの? それに私に文句が有ったのなら、どうして部屋に来なかったの?」
わざわざ外で探さなくても、部屋に来た方が早いのに。
「三神が何故直接部屋に来なかったのかは分からない。何か理由は有るはずだけどね……それから雪香は人違いだと言わなかったそうだ」
「えっ、どうして?」
「雪香は三神の話を聞いて、だいたいの事情を察したそうだ。それで……雪香は沙雪のふりをしたまま、三神との揉め事を解決しようとしたそうだ。どうしてそんな考えになったのかは俺には理解出来ないけど」
「雪香が……どうして」
ミドリと同じで、私にも雪香の気持ちが分からない。
「どうやって三神さんを納得させたの?」
「雪香は三神が、それ以上絡んで来れないような手を打ったんだ」
「……どうやったの?」
あの執念深い三神さんを遠ざける方法なんて、有ったのだろうか。
「雪香はね、三神より危険な人物を使って彼を脅したそうだ……海藤って言う男だそうだ」
さっきから驚いてばかりだけれど、今度はもう言葉も出なかった。
雪香に貸したお金を返せと、私を脅して来た忘れもしない男、海藤。まさか三神さんの件に関係していたなんて、思いもしなかった。
もっと聞きたいことはあるけど、頭はパンクしそうだった。ボンヤリしてしまい考えがまとまらない。
そうしている間に警察がやって来たので、ミドリと話している場合ではなくなってしまった。
三神さんは拘束された。私達も事情を話さなくてはいけない。
体力的に限界を感じたけれど、私は当事者なんだからしっかり話そうと思っていた。
でも一歩足を踏み出そうとした瞬間、強い目眩に襲われて体が大きく揺らいでしまった。
「沙雪?!」
蓮の叫び声を聞いたのを最後に、意識は真っ暗になり後は何も分からなくなった。
目が覚めたのは、見知らぬ部屋のベッドの中だった。ぼんやりと見つめる先には、真っ白な天井と素っ気ない電灯。
まだはっきりしない頭で、どこかの病院なんだろうかと考えた。辺りは人の気配は無く、静まり返っている。今は夜のようだ。
みんなはどうしているのだろう。蓮が踏み込んで来たのは朝早くだったから、もうかなりの時間が経っている。
気になったけれど、体が重くて起き上がれそうにない。再び意識が遠くなる感覚に逆らえず、私はいつの間にか目を閉じていた。
私の体はかなり弱っていた様で、数日の入院が必要だそうだ。
入院して四日目、ベッドで上半身を起こした状態でぼんやりしていると、病室の扉がゆっくりと開く音が聞こえて来た。
じっと扉を見つめていると、蓮と気まずそうな表情をした雪香が入って来た。
「沙雪……迷惑と思ったけど、私心配で……」
二人が近付いて来るのを黙って見ていると、雪香がベッドから少し離れたところで立ち止まりながら言った。
「俺は外してる、三十分したら戻る」
蓮はそれだけ言うと、私の返事を待たずに部屋を出て行ってしまった。
二人きりになった病室に、沈黙が訪れる。