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6 - ――青の誇り、沈んだ声

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2025年07月24日

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――青の誇り、沈んだ声



青視点






少女たちの心は、少しずつ、少しずつほどけていた。


互いの過去を知り、隠していた傷を見せ合いながら――

この館で過ごす時間は、確かに“癒し”のようなぬくもりを持ちはじめていた。


しかし、それでもまだ、誰もが口をつぐんでいることがあった。


それは、いふのことだった。


「いふちゃんって、なんか……ぜんぶお見通しって感じだよね」


ないこがふと呟く。


「せやけど、あの子のことは誰も知らん。なにが好きとか、なにが嫌いとか……」


初兎も眉をひそめた。


「ほんまに自分のこと、何にも言わへん。ずっと人の話聞いてばっかや」


「でも、あの子がいなかったら、きっと私、ここまで来れなかったと思う」


ほとけの声は静かだった。


「私も」


「私も」


みんなが頷いた。


「……だから、今日はあの子の心に触れよう」


りうらが優しく言った。


そこに、また、あの穏やかな青年の声が響いた。


「本日は、青の間にご案内いたします」



扉の先に広がっていたのは、工場地帯だった。

高架がうなりを上げ、貨物列車がゆっくりと通過する。

灰色のビル群。窓の割れた建物。油の匂いが鼻をつく。


「なんやここ……うち、こんな場所、行ったことないで」


初兎が眉をしかめる。


でも、ほとけがすぐに気づいた。


「いふちゃん、そこにいる」


鉄骨の階段の隅に、小さな影があった。

それは、中学生のいふだった。


制服の袖が破れ、顔には薄くあざがある。

ボロボロのバッグを抱えて、足元にはカップラーメン。


「……これが、いふちゃんの記憶?」


ないこが小さく呟いた。


「せやけど、こんな……」


そのとき、記憶の中のいふが、ゆっくりと動き出した。


「ウチは、生まれたときから、何も持ってへんかった」


現在のいふが、ぽつりと語り始めた。


「家には、父ちゃんも母ちゃんもおらん。ばあちゃんが一人で育ててくれたけど、病気でずっと寝たきりでな。

働かなあかんって思って、学校終わったら工場でバイトしてた」


少女たちは黙って耳を傾けた。


「制服、破れてても誰も気にせえへんし、授業中に寝てても、先生は“またか”って笑うだけや。

でも、誰も責めへんのが、逆にしんどかったんよ」


中学生のいふは、工場の隅で眠っていた。

埃まみれのマット、ノートの隅には“夢”の二文字が雑に書き込まれていた。


「一度だけ、“高校、行ってみたい”って思ったことがあった。

ばあちゃんに制服見せたかったんや。でもな――」


画面が切り替わる。


老人が咳き込みながらベッドに横たわっている。

その手を握る少女――それがいふだった。


『……いふ、お前はええ子や。ウチの誇りや』


『ばあちゃん……』


『夢は、見るだけで、苦しいこともある。でも、見てええんやよ』


その言葉を最後に、老人は眠るように息を引き取った。


「ばあちゃんが死んでな、ウチはもう誰にも夢、語られへんくなった」


いふは、ホールの中央で拳を握った。


「そんとき思った。“強くならな”って。誰にも迷惑かけへんように。

誰にも頼らんと、笑って、誰かの盾になれるようにって……」


記憶の中で、いふはひとりぼっちで卒業式に立っていた。

拍手も、花束も、誰もいない体育館。


でも彼女の顔は、少しだけ誇らしげだった。


「それでもウチ、自分のこと誇れるようになりたかってん。

貧乏でも、孤独でも、夢なんかなくても、ここまで来たって言いたかってん」


場面は、ぼろぼろのアパートの屋上に切り替わる。


『ウチ、もう泣かへん。誰にも負けへん。絶対、自分を恥じへん』


それは、叫びにも似た誓いだった。



記憶が終わると、静けさが戻ってきた。


でも、いふはいつもの調子で笑った。


「なんや、ウチの話、重たすぎたか?」


「……いふ」


りうらが、小さく呟いた。


「ほんとは、ずっと苦しかったんだね。

みんなのこと守ってるようで、自分が一番、守られてなかったんだ」


「そんなんちゃう。ウチは――」


「いふちゃん!」


ほとけが声を上げた。


「もう、自分を犠牲にするのは、やめよう?

あなたが誰かの盾になろうとした気持ちはわかる。

でも、私たちはあなたを盾にしたいわけじゃない。

ただ、一緒に笑いたいだけなんだよ」


「……!」


ないこが、いふの手を取った。


「私、いふちゃんみたいになりたかった。

いつも堂々としてて、カッコよくて、優しくて。

でも、そんな強さの裏に、あんな悲しみがあったなんて……知ってあげられなくて、ごめん」


「ううん、ないこ……」


そして、初兎がぽつりと呟いた。


「強がりすぎや。ウチらとおるときぐらい、もうちょい、甘えてええんやで」


「……なぁ、ウチ、ちょっと泣いてええ?」


その問いかけに、誰も答えなかった。


ただ、そっと、抱きしめ合った。


少女たちの温もりが、青のドレスに沁みていく。

その色は、涙のように美しく、けれど確かに強かった。



その夜、いふは寝室の窓から空を見上げていた。


「ばあちゃん、ウチ、ようやく仲間ができたわ」


風がふわりと頬を撫でる。


「なぁ、ウチ……もう少し、夢見てええかな」


遠くで、誰かの笑い声が聞こえた気がした。




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