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一瞬の静寂。
朱の一滴が藍色に呑みこまれる僅かな間、街の雑音が消える。
ああ、闇に取り込まれてしまいそう。
耳を澄ませば、小さなビルから吐き出された大人たちが疲れたような、けれども軽やかな調子で互いの労を労う言葉が聞こえる。
住宅地の狭間にある保育園からは子供の歓声と、大人たちの笑い声。
一本むこうの大通りは、店を開けた居酒屋の喧騒と元気な呼び込み。
車が何台も通り過ぎているのが分かる。
しかし、星歌が取り残された細い道には街灯も設置されておらず、何の音もなかった。
左側は月極ガレージ、右側は廃業した印刷工場の建物。
そこは小さな町の、人通りの少ない裏道である。
星歌と行人どちらのアパートへ向かうにも近道とはいえ、普段だったら彼女もひとりでここを通ったりはしない。
行人がいたから、暗い道も怖くなかったのだ。
でも今、彼女はたったひとり。
向こうの道路や、ガレージのあちら側に立ち並ぶ民家から漏れるあたたかな灯かりが照らす道路には、うっすらと白い星が散らばっていた。
それは、星歌のブレスレットの馴れの果ての姿である。
手作りのアクセサリーだ。
作られてから長い年月の間に中の糸が劣化していたのだろう。
僅かな衝撃で弾け、バラバラに壊れて飾りが落ちてしまったのだ。
「……行人は覚えてないよね」
震える指先が、小さな星をひとつひとつ拾い集める。
次第に星の輪郭がぼやけていくのが分かり、星歌は下唇を噛みしめた。
義弟の態度がいつになく冷たく感じられたこと、それ以上に押し寄せる自己嫌悪。
負の感情をいっぱい詰めていた水風船の残骸が、まだ腹の奥にこびりついているようだ。
押し潰されまいとするかのように、わざと明るい声をあげて現状を嘆いてみせる。
「あーあ、義弟も独り立ちだよ。や、とっくに独り立ちしてたよね、あの子は。もう私なんて完全に見捨てられちゃったよ……昔はお姉ちゃんって呼んでくれて……可愛くて……」
ダメだ。
拾い集めた星が、手の平でにじんで見える。
「リ、リア充はほっといて、もう私には本格的に異世界しかないようだね。いっそイケメン魔王にさらわれて城に閉じ込められたいもんだよ。城といってもアレだ。ベルサイユ的なアレなんだ。そして、寂しい過去を背負った魔王と恋に落ちるんだ……」
ハハッと力なく笑う。
いつもの妄想だが無理にでも笑ってみせたことで、幾分気持ちが明るくなった気がする。
カラ元気であっても構わない。
星歌はその場に立ち上がる。