「確かに心代わりは他人に止めることは出来ないし、仕方ないのかもしれない。でも振られた当人はそんな簡単に割り切れないんじゃないですか? 湊とちゃんと話し合ってないでしょう? 」
「……美月さんは彼の同僚だし出来れば仲良くしたかったけど、私達本当に話がかみ合いませんね」
「仲良くしようとして呼び止めたんですか?」
「……それも有るけど」
水原さんの思考回路に戸惑ってしまう。
でも今日はどうしても聞きたいことが有る。圧倒されてる場合じゃない。
「あなたに一つだけ聞きたい事が有ります」
「何ですか?」
水原さんは警戒した様子で私を見つめる。
彼女の中での苛立ちの中と不安伝わって来る。
「以前、藤原さんと会っていましたよね? お昼にイタリアンの店で」
「あ、あれは……」
反応して水原さんの肩がビクリと震えた。
「あの頃はもう湊と別れて、有賀さんと付き合いはじめていたんじゃないですか? それなのにどうして藤原さんと?」
「あれは……美月さんと会う機会を作って欲しかったんです。藤原さんが美月さんと親しいのは分かっていたから」
「それは彼からも聞きました。でもはっきり言って信じていません」
「……」
「他に何か理由が有ったんじゃないですか?」
私のことは口実で、水原さんは雪斗自身に用が有ったのだと思う。
「誤解されてるみたいですけど、私は藤原さんとは何の関係も有りません」
それは私も分かっているけれど、水原さんが雪斗に近付いた事実が気になって仕方なかった。
「今後は私を口実に藤原さんに会うのは止めて下さい。水原さんには有賀さんが居るんだし、軽々しく他の男の人と会うのってどうかと思います」
湧き上がる嫌悪感と共に言うと、水原さんははっきりと分かる程怒りの表情になった。
「私のこと、軽蔑してるんですね」
答えられない私に、水原さんは溜息混じりに言った。
「美月さんの言い分は正論かもしれないけど、私はそんなに強い訳じゃ無いんです……美月さんは誰かに頼りたくなることが無いんですか?」
「……それと今の話に関係がありますか?」
「藤原さんに会いに行ったのは、彼と仲良くなりたかったからです」
水原さんは開き直った様に言う。
「藤原さんのことは前から知ってました。仕事が出来て、皆に求められていて……頼りになる人だって思ってました」
「でも水原さんは彼と接点は無かったんでしょ? それなのに頼りたいって……」
私からすれば違和感しかない。
ろくに口を利いた事が無い相手に弱音を吐きたいなんて、理解出来ない。
「私以前結婚に失敗してるんです」
水原さんが苦し気に眉をひそめた。
「夫の母親と上手く行かなかったのが原因だけど、元夫は何も助けてくれなかった。それどころか離婚も思い通りに進めて……結局力を持ってる方が勝つんです、理不尽でも」
「あの、それが今の話となんの関係が……」
「私は何もかも失って一人だけ追い出されて……一人で生きて行くって本当に辛い、誰かに頼りたいって思うは当然でしょ?」
気付いて無いかもしれないけど、水原さんはさっきから何度も、「頼りたい」って言葉を口にする。
強い拘りを持ってる様に感じる。
「湊も頼りがいが有る様に見えたんですか?」
「湊は優しくて何かと助けてくれました。一流大学卒業の正社員で仕事も出来る様に見えたし、でも……」
水原さんは言葉を濁して俯いた。
「実際は違っていたって気付いたんですか?」
湊は仕事が上手くいかなくて悩んでたって言っていた。
とても頼りがいが有ったとは思えない。
思った通り、水原さんは肯定する様に頷いた。
「親しくなって気付いたんです。湊は弱い人だって……優しい彼は好きだったけど、でも付き合って行く相手じゃないと思った。湊のことは好きだったけど」
「それで、有賀さんに?」
「きっかけはそうです。でも今は本当に彼だけを大切に思ってます。彼もそれは分かっていてくれてるから」
水原さんの言い分はあまりに勝手に感じた。
でもこれが彼女の本音なのだろう。
湊が可愛そうだと思った。
辛い中で水原さんが唯一の支えだったのに、打算で振られてしまったなんて。
そして水原さんをずるい人だと思った。
他人を傷つけたのに今、彼女は幸せを手にしているんだから。
会話が途切れてしまい更に気まずい空気が漂う。
「あの……藤原さんのことは心配しないで下さい。もう会ったりしないから大丈夫ですよ?」
水原さんは気を遣っているんだろうけど、私は凄く嫌な気持ちになった。
「この前みたいに湊のことで迷惑もかけません」
「……私は湊が怒る気持ちが分かります。そんなに簡単に解決しないと思います……あなたが思ってるより皆傷付いてるんです」
黙っていられなくてついきつい口調で言ってしまった。
「……美月さんも傷付いたって言いたいんですか?」
そんなの分かりきってることだと思ってた。
私は彼女の前で湊に蔑ろにされて惨めな思いをしたし、最終的には振られたんだから。
それなのにまるで初めて知りましたって顔で聞いて来る彼女の神経が信じられない。
「私が平気でいると思ってたんですか?」
「いえ、でももう過ぎたことだしいつまでも気にしてるとは思いませんでした」
「……考え方が違いすぎますね。話しても仕方無い」
いくら訴えても私の気持ちは伝わらない。
初めから彼女と話す意味なんて無かったんだ。
帰ろうとする私を水原さんは止めようとしなかった。
でもじっと私を見つめながら言った。
「私だって裏切られた事や、酷い扱いを受けた事は有るんですよ。結婚までして捨てられて、子供まで取り上げられて、美月さんよりずっと辛い想いをしてる」
「だからって加害者になっていいんですか?」
「そうじゃないけど。でも私も毎日を必死で過ごしてたんです、美月さんみたいに奇麗事ばかり言ってられなかった。誰だって自分の幸せを一番に望むでしょ?」
水原さんが私をじっと見つめながら言う。
「私は湊も美月さんも傷付ける気なんて無かった。湊とのことで罪悪感は有るけど、後悔はしてないです」
「あなたは自分の気持ちのままに行動したんだから後悔する訳無いですよね」
「じゃあ美月さんもそうしたらいいんじゃないですか? いつまでも私に怒ってるのは我慢ばかりしてるからでしょ? 自分が悪者になりたくないだけでしょ?」
「我慢なんてして無いし、そんなつもり有りません。もう本当に帰りますから」
水原さんが何か言っていたけれど無視して立ち去る。
これ以上話してると自分の考えが狂いそうだった。
彼女は貪欲で自分の欲しいものがはっきり分かっている。手に入れる為には自己中心的になれる。
私はいくら叶えたい願いがあっても、彼女のようにはなれない。
絶対に分かり合えない相手。それなのに水原さんの言葉に動揺しているのは、自分の考えに自信がないからだろうか。
……雪斗に会いたい。
いつもみたいに笑ってくれたら、抱き締めてくれたらきっと私は間違って無いって安心出来るのに。
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