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いね
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羽海汐遠
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東雲あすかの過去です 過去公開に伴いうちの子資料を更新します!!ちょっと待ってね
私は理不尽なことが嫌い。悪いことをしていないというのに、まるで悪者かのように仕立てられるような理不尽が嫌いだ。正しい少数派の人間が悪とされ多数派が善とされ否定される、そんな世界が嫌いだ。私はそんな理不尽に塗りつぶされようとも、自分が間違っているとは思わない。私は正しく、惨めではない。
教室内が妙な空気になったのは、突然の出来事だった。青天の霹靂のように、前触れもなく”それ”は当たり前に、教室内の生徒の常識となった。”それ”をクラスメイトは当然のように受け入れ、順応していった。
“有賀環はいじめられている”。
彼女──有賀環は、人のことを1番に考えられるいい子だ。提出物を忘れたことはないし、クラスメイトが嫌がるような指摘もしない。ノリが悪いわけでもないし、むしろ行事は心から楽しみつつたまにサボる人間だ。
そして、有賀環は私の友人だった。
私と環は小学校からの仲で、親同士も仲が良かった。しょっちゅうお互いの家に行っては、門限を過ぎることなんてよくあることだった。私は環といることが間違いなく楽しかった。心から、本当に、楽しかった。これは間違いではないし、私がそう思い込みたいわけでもない。
環から私に話しかけることが極端に少なくなり、私が話しかけても少し迷惑そうな顔をしだしてから、私はこの教室の空気を再確認した。環の周りには誰もいない。環に話しかける人も誰もいない。現実味がないが、たしかにこれはいじめだ、と思った。
私は環がいじめられるような人間には見えなかった。何か原因があるとするならば、それはいじめている側にあるだろうと断言できるくらい、彼女は人から好かれるような人種だ。
環の私物がゴミ箱の中に詰め込まれている、環の下駄箱が画鋲だらけになっている、環の机に汚い言葉ばかりが書かれている、環の机の上には花瓶に1本だけ野花が入れられている、環の机の中はゴミとしか思えないようなものが所狭しと詰められている、環のロッカーは荒らされている、環のいる場所で、環は、陰湿な嫌がらせを受けている。
次第に環と関わっている私もいじめの対象となった。私はそれを本気で受け取らないようにした。親がいなかろうと、私1人だって十分に強い。まともに向き合うだけ無駄なんだ。子供の遊びと同じで、無視すればいつかはなくなるはずだ。
私は同情でもなんでもなく、環に「私達は惨めなんかじゃない。私達は正しい。私達は間違ってなんかないし、アイツらがおかしいんだ」と言った。環は力なく「そうだね」と笑った。もうすぐ壊れてしまいそうな彼女は、もうそこに存在しないかのように見えた。私が認識していなければ、彼女はいなくなってしまうんじゃないかと怖かった。
有賀環は良い子だ。良い子だった。非の打ち所がなく、私とも仲良くしてくれる唯一の友達だった。
私の親は亡くなってしまった。それからは、おばあちゃんの元で暮らしていた。優しくて料理の美味しいおばあちゃんは、私の自慢だった。帰ったら毎回机の上に置いてある少し地味なお菓子を食べながらテレビを見る。それがあれば、私はまだ生きられそうだった。
いじめられる、というのは心に来るもので、あまり好ましいものではない。毎日風呂場に行くと水が傷に染みて痛い。気を抜いたら今すぐにでも泣いてしまいそうだ。何も悪くないのに、いじめられている子と関わっているというだけで私はいじめられる。そう、私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない!アイツらの方が精神的に幼稚で子供の頃から成長していないせいで、そのせいで、自分が上手くいかないとそれをすぐに嫌うのだ。そして、多数派に合わせようとする人間性によってアイツらは見ないフリをして周りに合わせる。私は、それが、嫌いだ!
ある日から、いじめの矛先は全て私に向けられた。環をいじめるのに飽きたのか、と私は呆れた。やっぱりそうなのだ。その幼稚な精神性が、理不尽な暴力を作り出している。
おばあちゃんに心配はかけられない。行かなくなったとて、アイツらはそんなの気にすることなんてない。そんなの、そんなの……私が悪いみたいじゃないか。
今日は虫を食べさせられるところだった。給食の牛乳を頭から被ったせいで服からあまりいい匂いがしない。画鋲を上手く避けられずに指に怪我をしてしまった。まだジクジクと痛む。また教科書をなくしたからと先生に怒られた。宿題も破り捨てられて持っていない。授業中に当てられて正しく答えようとも、それを気に入らない連中は私に暴力を振るうし、答えなかったら私が怒られ笑われる。四方八方からの悪意の視線が私に突き刺さる。責任を取りたくない教師はまともに取り合わず見ないフリをする。足を引っ掛けられて転んでばかりで、足が酷い有様になる。トイレの床や水は、トイレというだけで吐き気を誘う。上履きの裏についている汚れが私の服へ写される。服で隠れて見えない部分ばかりが傷ついて、体を動かす度に酷く痛む。学校にいる時間が永遠の時のように感じられる。悪意、悪意、悪意、悪意。悪意と享楽と理不尽に満ち溢れた言葉の暴力は、実際に傷は見えなくとも心に傷がついた。
それが何ヶ月も続いた後に、突如終わりが訪れた。おばあちゃんが死んだのだ。おばあちゃんはもう長くなかったんだって。今の私にとってたった1人の家族が、信用できる人が、あんな生きている価値のない奴らより先に死んでしまった。
そして私を更に限界に追いやったのは、友達だった。有賀環は───私の友人である彼女は、私を突き放した。彼女は多数派になってしまった。……いいや、ならざるを得なかった。
「私、あんたの友達なんかじゃないから」
そう彼女は慣れてない顔をする。その言葉は頭の中を何回も反響し、私の目の前を見せなくした。聴覚だけが何故か残って、耳障りな音ばかりを拾う。笑い声はどんどん大きくなっていく。私を嘲笑う声。
私……今の私は、酷く惨めだ。
私はもう限界だった。もう死んでやろうと思った。アイツらの思い通りになるようで癪だけれど、私にはもう耐えられない。死ぬというのに、やけに綺麗な夕焼けだった。そのことに腹が立った。どうせ死ぬんだから、綺麗じゃない景色を見せてくれ、と思った。死ぬには勇気が足りなさすぎる。生きるには希望が足りなさすぎる。死ぬ瞬間だって、怖いんだろう。でも、明日を生きていくよりよっぽどマシだ。アイツらが嫌いだ。私はアイツらを殺してやりたい。けどそれが何になるんだろう?アイツらが死んだって自分の誤ちに気がつくことはないし、死んだら泣いてくれる人だっている。アイツらは憎くも幸せだ。ああ、この世はどうしてこんなに理不尽なんだろうか、神様?
死に場所の当てもなく彷徨っていると、いつの間にか知らない場所に来ていた。空に橙色の絵の具で塗り潰したかのような夕焼けが目に飛び込む。まだ夜じゃない。これだけ時間が経ったのに、夜じゃなかった。でも、これは絶対におかしい。知らない町で迷子になってしまったような、そんな感覚がして背筋が冷えた。
「やぁ、こんばんは。……いや、夜にはまだ早いかな」
気配もなく後ろから話しかけてきた人物は、頭に特徴的な大きな耳がある女の子だった。只者ではない、と私はわけもなく思った。
「……誰、ですか」
自分の喉から酷い音が鳴る。そういえば、さっき涙が枯れるほど泣いた上吐いたんだった。
「誰だと思う?……と、問題を出したいところだけど、今日は正直に答えてあげよう。私は、最近話題の神隠しの主犯だよ」
え、と私はほとんど無意識に声が漏れる。夕方になると神隠しが起きるらしい、と環が話していた。私は本当に起きるとは思えないけれど、それのせいで夕方を怖がっていた。
「まぁ、それはいいよ。私が話したいのはそうじゃなくて、別のこと」
「別の?それより、神隠しなら……帰してもらえませんか?」
「帰したとて、君はどこに行くの?行く宛てなんてないでしょ。そう、仮に君がここから解放されたら、そのまま死ぬだけ。違う?」
私は反論できなかった。
「君いじめられてるでしょ。見てたよ」
「見てたのならなんで助けてくれなかったの!」
自分の声の限界も知らずに、ただ声を張り上げる。目の前の人は顔を顰める事さえしない。それもそうだ、ろくに声も出ていないんだから。
「距離的に私が干渉できない。最近、私の力が薄まってきてね。住んでいる神社かその周辺くらいしか動けない」
「でも………」
「だから、助けてやるって話をするんだよ。今から」
「………え?」
私が呆気に取られている間に、目の前の彼女は行き場がないのか左右に動き回る。そして、息を吸ってから長々と話し出した。
「私もあと1日くらいで力が使えなくなっちゃうから、早めに答えてくれよ。……君に残された道は3つ。1つ目は、このまま死ぬ。2つ目は、いじめてきた奴らを私が祟る。しかしこれは、その代わり私は力を使い果たして消えることになる。3つ目は、私とこれから一緒に生きる。さぁ、選べ」
決めかねた私は、そこで無理を承知で頭に過ぎったことを相手に投げかけた。
「……環は?…有賀環は?私の友人なの。できるなら、彼女を助けて欲しい。…何もかも、遅すぎるけれど」
彼女は少し言いにくそうな顔をしたあと、何の感情も籠っていない声色で言った。
「彼女はもう死んだ」
時が止まったように、彼女はただそう簡単に言った。私はそこまで驚かなかった。予想していたわけではなく、むしろ予想外の言葉が帰ってきたにも関わらず、私は素直にその事実を受け入れた。驚く体力が残っていなかったのか、それともその真実があまりにも現実味がなかったからか。
「………。なら、一緒に生きて。私はこのまま独りじゃ耐えられない。…私を、独りにしないで」
少し震えたその言葉に、彼女はゆっくりと頷いた。
「……わかった。後からなしは聞かないからね」
私は彼女のことをよく知らなかった。友人なんだけどね。私が人の苦しみをわかって寄り添えるような優しい人であったなら、最悪な思いはせずに済んだのかもしれないし、結果は変わらなかったのかもしれない。でも私は、彼女のことを知らなかった。結局私が彼女のことを知ったのは、全てが手遅れになった後だった。
私の同居人は「過去を悔やんでも、全部後の祭りだ。過去に戻って未来を変えられるとしても、どうやったって満足する結果にはならないだろう?」と言った。冷たいというか、人間のことをよくわかっていないんだろう。
「大多数が”正義”だと思う?」
「有り得ないな。少なくとも、君は悪くないし、君の友人も悪くないよ。…この言葉は素直に受け取ってね?」
世界は複雑で広すぎて、善悪というのはよくわからない。でも私は、私と環が間違っていたとは思わない。いじめっ子にも何か理由があったのかもしれないけれど、それは私がなんとか解決するような問題ではない。
全てが終わって過去のことになった今に、1つ悔やむことがあるとすれば、ここに有賀環がいないことだけだろう。私は迫害された環の気持ちを完全には理解できない。それでも私は、まだ友達でいられるだろうか?……こんなことは考えても無駄だ。死人が喋ることはないから、私も罪を被せることはできない。