それから七年の歳月が経った
名前を変え、髪を染め、眼鏡を外し、整形だってした
俺は今別人として生きている
海辺の小さな私立校で、教師を続けている
ここには翡翠くんはいない
誰もあの過去を知らない
朝は波の音で目覚め、夜は星を眺めて眠る
心が平らになる生活だった
ーーだったのに
その日は、三年生の卒業式だった
スーツ姿の保護者や、記念撮影をする生徒達の喧騒が、春の風に揺れていた
俺は写真部の子に呼ばれて、校舎裏で集合写真を撮る
そして、何の気なしに振り返った
ーーそこに立っていた
「先生。変わってないね」
あの声
あの笑み
変わらないどころか
より深く研ぎ澄まされた存在感
彼は大人になっていた
背が伸び、制服の変わりに黒のコートを着ていた
翡翠緑
「もう来ないとでも思ってた?」
俺は答えられなかった
「あのとき、起きたら先生がいなかった……」
彼の目は笑っている
でもその奥は凍りついていた
七年前俺が置いてきたものはまだそこにあった
「逃げるの上手だったね。名前も住所も…顔も少し変えたんだ
……でも甘いよ俺には先生の匂いが分かるから、どこにいてもいつか…会えると思ってた」
彼が一歩ずつ近づいてくる
俺の心臓は、あの頃と同じ速さで悲鳴を上げていた
「…もう逃げないで。今度はちゃんと俺のものになってよ。先生が裏切った分、ちゃんと俺に罰を受けて」
そういって手を握る
とても強く
「先生。最後にちゃんと愛して。じゃないと俺、また壊れちゃうから」
ーー選択肢はもうなかった
春の風が吹く
カメラのシャッター音が遠くで響いていた
俺はそっと目を閉じた
そして彼の名前を口にする
「………翡翠くん」
その一言が全てを終わらせる合図だった
ーーあるいは再び始める合図だったかもしれない
ーー終
コメント
2件
な、、なんでこんなに神作品を生み出せるんですかっ、、、、!!! このお話もめっちゃ良かったです! ありがとうございます(?)!!