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6. Under my umbrella
クロロに刺したジャッジメントチェーンが外れたのは、それから3ヶ月ほど後、春というにはまだ肌寒い頃だった。
その日以来、ヨークシンシティに在住し、読書とコーヒーブレイクだけが心の慰めだと言っていた男は、クラピカの前から姿を消した。
クロロが言っていた通り、幻影旅団の団員がクラピカを襲撃することもなく、クラピカから動くこともなく、そのまま2年近くが経った。
※
ヨークシンシティの昼下がりは、雨だった。
薄いシャワーのような細い雨粒が下りる中、黒い傘をさしたクラピカは、オフィス街の一角にいた。
雨のためか、いつもよりは人もまばらだった。
規則正しく、やや足早に歩いていたクラピカは、ふいに、足を止めた。
視線の先に、傘もささずに立ち尽くしている男がいる。数年ぶりに会ったその人物は、禍々しいオーラを纏っていた。虚ろにこちらを見つめてくる瞳に敵意は見えない。だが負の感情に染まった黒い瞳は、理性があるのか判然とせず、クラピカは身構えた。
灰色の差し色のある、ゆったりとした黒のジャケットの裾は長く、手元が見えない。袖口から水をしたたらせるほど濡れたクロロが、ゆっくりと歩いてきた。
近づいてくる一歩ごとに、彼の放つ凶悪なオーラの圧は増していく。やがてクラピカの目の前までやってきたクロロは、胡乱な目つきでクラピカを見つめ、ざらついた声で言った。
「貸して」
傘の中に入ってきたクロロは、有無を言わさず、ぐしゃりと濡れた頭をクラピカの肩に置いた。一歩たりとも逃れられないよう、掴まれた腕が痛い。
だがそれよりも、怨嗟に満ちた致死量のオーラを至近距離で直に浴びせられて、クラピカは思わず呻いた。
このオーラには、クラピカに対する敵意はない。
攻撃する意図もない。
だから本来は無害なはずなのに。
発でもなく、練ですらない、怨の渦巻く圧倒的な負の意志を纏っただけの、ただの纏に焼きつくされ、押し潰されそうだ。念能力者でなければ、ーークラピカでなければ、あっという間に絞め殺されるか、生きていても障害を負う。
ーーこれは、確かに。私でなければ受け止められない。
腹をくくったクラピカは、丹田に力をいれ直した。
力の差は歴然だ。純粋に念の力というだけの条件下では、クロロに全く及ばない。保って数分、よくても10分が限界。それが過ぎれば、クラピカはクロロを受け止めきれず、逃げ出すか、潰れるしかない。だがそのどちらも選ぶつもりは毛頭なかった。
絶対逃げない。絶対潰れない。
いつでも、いつまででも、どんなものでも受け止める。2年前にそう決めた。
クラピカのこめかみを伝った汗が、顎の先から落ちる。瞬いたまつ毛から弾かれたのも、額から降りてきた汗。
重圧に耐えて体を震わせ、短い息を吐いたクラピカに、クロロは呟いた。
「ごめん、濡らした」
ーー謝るべきところは、そこではないよな?!
ズレている謝罪に猛然と抗議したいところだったが、その言葉は喉の奥に押し止めておく。
クラピカは声だけは平然を装った。
「構わない。この程度のこと」
クロロのオーラが変化した。
怒りの面だった表のコインが、裏面へとゆっくり返される。
それとともに、身を捩じ切らんばかりだった強烈な加害のオーラは収まり、クラピカの呼吸は楽になっていった。
微かに血と硝煙の匂いが鼻をかすめる。濡らされて冷たいばかりだった左肩に、別の温かいものを感じたクラピカは、傘を低く持ち直して、ヨークシンシティの街並みからクロロを隠した。