テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
メリルは優雅に椅子から立ち上がると、僕のシルクハットの縁を人差し指でツン、と叩いた。
「じゃあね、マジシャンさん。お肌のケア用に薬草を買いに行かなくちゃいけなくて。……あ、そこのスープ、冷めないうちに飲んだ方がいいわよ。このお店は何十年も前から変わらず美味しい味を出してくれるの」
彼女はひらひらと手を振りながら、雑踏の中へと消えていった。その姿が見えなくなった瞬間、ルーシーが「ぷはぁっ!」と、止めていた息を吐き出した。
「し、心臓が口から出るかと思った……。なんであんな伝説の魔女がこんなところに……」
「ルーシー、失礼だぞ。一応、肌の調子が悪いだけの繊細な女性らしいからね」
「どの口が言ってるのよ! あ、でも、スープ……本当に美味しいわ」
毒を食らわば皿まで、ではないが、僕たちは出されたスープを飲み干した。
ルーシーが震える手でスープ皿を置き、真剣な目で僕を覗き込んできた。
「繊細な女性、なわけないでしょ! あの人はメリル。王国中の子供がその名を聞いただけで泣き止む、『終焉の魔女』よ」
「終焉ねぇ。マジックの演目にするには、ちょっと物々しすぎる名前だな」
僕がのん気に答えると、ルーシーは「これだから異世界人は!」と机を叩いた。
「いい? 彼女が歴史の表舞台に現れたのは約二十五年前。隣国との戦争の真っ只中だったわ。当時、劣勢だった王国に突如として現れた一人の魔女が、たった一人で敵国の軍勢を……それこそ、文字通り『塵』に変えたのよ」
ルーシーが語る「伝説」は、僕の知る戦争映画よりもずっと凄惨なものだった。
矢を射かけられても、剣で貫かれても、彼女は血の一滴すら流さずに微笑み、指先一つで戦場を地獄に変えたという。
「問題は、敵国を倒してくれただけならそれでよかったけど、なぜか彼女はこちらの王国の軍隊にも攻撃を加えた。被害は甚大だったって、お父さんから聞いたし、調査団の記録にもある。それからよ。彼女が『不老不死の呪い』を得たという噂が広まったのは。王国の調査団が彼女を危険因子として追跡したけれど、結局誰も手出しできなかった。だって、何をしても死なないんですもの」
「不老不死……。いったいどんなタネが」
「タネじゃないわよ! 本物の呪いなの! そんな人が、どうしてこんな田舎にいるのか……。もしかして、次の『生贄』を探しているんじゃ……。ショウ、あなた食べられちゃうかもよ!?」
「マジシャンを食べるなんて、お腹を壊すだけだと思うけどね」
僕は笑って受け流した。
「ま、伝説の魔女様の話はこれくらいにしよう。今の僕に必要なのは、生贄の心配より、こっちの世界での暮らし方だ」
僕は燕尾服の袖を払い、立ち上がった。