何もかも無意味だった。
阿部がラウールに向かって何をどれだけ言おうとも、あんな事をした後で、裸でシーツにくるまっていたら説得力なんてないに等しかった。
それでも、阿部が躊躇なく紡ぐ攻撃をラウールは理不尽だとは思わなかった。
「ラウの…」
阿部の可愛らしい文句はいつも、お決まりの言葉から始まる。
ラウールは首を傾げて続きを待った。
壁に背を預けベッドに座ったラウールと、うつ伏せで寝転んでいる阿部。こちらを見る阿部の瞳が必然的に上目遣いになっているので、ラウールはにんまりと緩む口元を止められない。
「それ、その顔! 俺のことバカにしてるでしょ? それにいつも上から見てくるのとか、いじわるしてくるのもむかつく。それから…」
「それから?」
阿部は、こういう時のラウールの顔が、バカにしてると言っているのだった。
ラウールもそれについて自覚はあるものの、どうしたって笑うのだけは止められなかった。こうして毎度のように、情事後のベッドの上で文句を言う阿部が可愛くて仕方ないのだ。 上から見てしまうのは他でもなく、阿部の身長が自分よりも低いせいだし、たまにいじわるするのだって、阿部のことを愛しているからなのに。
「とにかく!」
と、阿部はラウールのにやけた顔を睨んだ。不貞腐れたようにため息をついてから顔を背ける。ちいさな唇をつんと尖らせて阿部は続けた。
「こんなことになるなんて、俺はどうかしちゃってたのかも…」
「あー、またそういうこと言うの、悲しいよ俺…」
「……っ、ラウ!」
さっきはあんなに気持ちよさそうに喜んでくれてたのに。そう小声でラウールが言い付け加えると、すかさず真っ赤になった阿部の裏返った声が飛んできた。
ラウールは頬を膨らませて、阿部の方を見ないで言った。
「じゃあ俺も言わせてもらうけど、阿部ちゃんだって詐欺じゃん。みんなの前じゃにこにこいい子にしててさ、何か守ってあげたい風にして。なのに付き合ってる俺には怒った顔しかしない」
もちろん、そんな顔も可愛いのだけれど。
「おまけに、まだ俺のこと子ども扱いするし、むかつくとか言うし、なかなか会ってくれないし!」
「子ども扱いとむかつくって言うのは別としても、ラウに会ってないのはお互い忙しいからで、故意じゃないじゃん。間違ったこと言うなよ」
「でもっ、会いに行って良い? って聞くといつも、えーって言うでしょ」
「だって、ラウの会いたいは結局これだろ。お前の体力と一緒にするなよ」
「うわ、なにそれ、そんなおじさんみたいなこと言わないでくれる」
「おじ…っ、いや、絶対お前のが俺より上に見えるから…!」
「そんなわけないじゃん」
「そんなわけあるよっ」
と、ひと通りやり合ったところで、突然天使が通り過ぎた。思わず二人して顔を見合わせる。
「ちょっと待って阿部ちゃん、さすがにこの会話はバカ過ぎない?」
「うん、今ちょっと我を忘れてた」
ね。と、お互いに頷いてから、どちらからともなく笑った。
やおら起き上がった阿部が、そのまま座っていたラウールの膝の上に乗っかる。ラウールは不思議そうに目を丸くしながらも、ほとんど条件反射のように阿部の腰を抱いて自分の方へ引き寄せた。
「ねぇ、ラウ」
「なあに」
額と額をくっつけて、阿部がラウールの頬に両手を添える。いつの間にか阿部の機嫌がなおったようで、可愛らしい仕草にラウールも幸せな気持ちになった。
「何か甘いこと言ってみせて」
「甘いこと?」
「うん、お前の甘い言葉が聞きたい」
きれいな年上の恋人からのおねだり。もちろん自分にできることなら、なんだって叶えてあげたい。そう思いながらも、頭の中で甘い言葉を想像するだけでラウールは頬が熱くなった。
「…考えるだけでドキドキしちゃうよ」
「可愛い」
阿部はそう言っていつになく男らしく微笑んだ。
やっぱり、ドキドキしてしまう。
「阿部ちゃんのが可愛いから」
そう言って唇を尖らせると、そんな自分はあまりに子供っぽく思えて悔しかった。
どうにかして優位に立ちたいと思い、阿部の内腿に指をすべらせる。
「ねぇ、もっかい、しよ?」
「それが甘い言葉なの? ただのお前の欲望じゃん」
「阿部ちゃんだって、好きでしょ? 気持ちいいこと」
「そりゃあ…気持ち悪いより気持ちいいことのが好きだよね」
「もー、そういうことじゃなくて」
弁の立つ唇を塞いでやる。しっとりと重ねて、唇の感触を味わうように、何度もキスをした。
「若さだと思って許して欲しいな」
こちらはまだ、愛と性欲を切り離して考えられない年頃なのだ。
「しょうがないなぁ。今日だけだよ?」
「子ども扱いしないでってば」
「……わっ」
体勢を反転させて、膝の上の阿部をベッドへと押し倒す。目を瞬かせてこちらを見上げる阿部をじっと見下ろすだけで、身体が熱くなった。
「子どもだなんて、思ってるわけないだろ?」
優しく、だけど妖艶に微笑んだ阿部の腕が伸びてきて、ぎゅっと抱き締められると、やっぱり子ども扱いされているような気にしかならなかった。
それから、上になったり下になったりしながら愛を確かめ合う。文句を言ったり愛をささやき合ったり、不規則な旋律のように。
スマートに上手に、なんて今はまだできないけれど、 お互いだけがわかっていれば、それでいい。
今日も二人、ローテクニックで攻め合うのだ。
コメント
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返信など遅くなってすみません🙏💦 金曜日からこーじくんの第二の故郷に来ております〜😂また帰りの飛行機待ち時間とかでお話アップできたら良いなぁ🥺 数日浮上少なめかもです🥺
尊いの一言に尽きる…幸せな金曜日です🤍💚
やっぱ明日読み直す。 とりあえず、すごいなあと足跡だけつけとくぅ。