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コメント
4件
すごい!流石です!
「はい、これお弁当」
登校準備をしていたボクの後ろから、南雲さんの声が降ってきた。
手には、ラップで包まれた手作り弁当。
「いらないって言った……」
ボクは溜め息まじりにぼやく。
朝は食欲がないし、昼もパン一個あれば十分だった。
なのに──
「コンビニ飯ばっかじゃ栄養偏るでしょ〜?」
キッチンからひょこっと顔を覗かせて、南雲さんはニコニコしている。
今日のシャツはゆるくボタンが開いてて、まだ髪も乾いてない。たぶんボクの弁当を優先して、自分の身支度は後回しにしたんだろう。
「……いらない」
「はいはい、そう言ってカバンに入れるんでしょ?」
……言い返せなかった。
実際、いつもそうしてるから。
捨てられないくせに、拒絶したふりをする。
それでも、南雲さんは怒らない。
呆れたように笑って、「素直じゃないな〜」と頭をくしゃっと撫でるだけだ。
―気づけば、それが“普通”になっていた。
ごはんがあること。
洗濯物が乾いてること。
朝起きると、誰かが「おはよう」と言ってくれること。
こんなにぬるくて、あたたかくて、優しいものがこの世に存在するなんて、
昔のボクは知らなかった。
*
「ただいま」
「おかえり〜、ほら弁当箱出して。今日も完食してくれたかな〜?」
「……べつに」
玄関先、上着を脱ぎながら答えると、南雲さんは満足そうに笑ってた。
ほんの少しだけ、悔しい。
いつも全部見透かされてる気がする。
でも―
「……ありがと」
背中を向けたまま、小さな声でつぶやいた。
南雲さんは、聞こえなかったふりをした。
いつもと変わらない声で、
「はいはい、お風呂先? ごはん先? それとも……僕?」
「うるさい」
ぺしっと背中を軽く叩いて、そのまま居間へ向かう。
これが、ボクの“普通の生活”。
守られてるのか、縛られてるのか。
まだ自分でも分からないけど……
それでも、今日も生きてる。
あの人のそばで。