テラーノベル
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──ボクは、学校が苦手だ。
別に、いじめられてるわけじゃない。
誰かに嫌われてるわけでも、浮いてるわけでもない。
ただ、馴染めないだけ。
「朔くんって静かだよね」
「なんか、すごい大人っぽい」
「朔くんって何考えてるかわかんない」
……よく言われる。
それを言ってきた相手は、だいたい翌週には話しかけてこなくなる。
*
「朔ー、ノート貸して〜」
「……どうぞ」
教室に響く声と、静かなやりとり。
別に嫌いじゃない。断る理由もないから貸す。
でも、貸したあとのノートに感想を書かれるのは正直やめてほしい。
“字がきれい”とか、“冷たいけど優しい気がする”とか──知らないでほしい。
*
「今日も弁当持参? 手作り? 誰の〜?」
「……親戚の人」
質問はいつも適当にかわす。
本当は南雲さんが作ってくれたけど、そんなこと言ったらどう思われるかわからないし。
誰にも話す気はない。
“あの人”のことも、ボクの過去も──全部。
それに。
あの人の優しさは、
誰にも分けたくない。
*
教室の窓際でひとり、黙々と弁当をつつく。
ごはんの下には、またボクの好きな梅干し。
中身は、昨夜の夕飯の残りと、朝に焼いてくれた卵焼き。
箸が進まなくても、全部食べる。
だって──
食べなかったら、南雲さん、分かるから。
「最近、弁当残してるでしょ?」
「……え、なんで分かるの」
「だって僕、ちゃんと見てるもん。全部」
少し前に、そう言われた。
それ以来、ボクはどんなに食欲がなくても完食するようにしている。
ボクの全部を、南雲さんは見てる。
……逆に、ボクは南雲さんの何を見れてるんだろう。
*
放課後。
廊下を歩いていると、誰かがボクを呼ぶ声がした。
顔を上げると、知らないクラスの子だった。
「ねぇ、朔くんって──」
そのあとの言葉を、ボクは聞かずに踵を返す。
気になることも、気にしないふり。
誰かに触れられるたびに、何かが壊れそうな気がして、怖い。
普通のふり。
高校生のふり。
どこにでもいる、ただの男の子のふり。
──だけど。
胸の奥で、いつも思う。
「ボクには、“普通”が何かわからない」
それでも。
南雲さんの作ってくれる弁当の味は、ちゃんと“温かい”って分かる。
それだけで、今日も少しだけ頑張れる。
─そうして、家に帰るのだ。
あの人のいる“安全な場所”へ。