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日本の殺人事件の検挙者は、50%以上が被害者の〈親族〉だ。
近年の統計でも〈親族〉は54.3%で、〈友人・知人〉21.6%の倍以上ある。
近親殺人の検挙者は、被害者の〈親〉27.6%、〈子〉22.5%に対して、
〈配偶者〉は33.3%と、もっとも多い。
近親殺人の3件に1件が『配偶者間』で起こっている。
理由は様々だ。
愛して結婚した人を殺すには、それぞれの事情がある。
香帆は「地獄から抜け出したい。自由になりたい」と、夫を殺す決意をした。
「人が多い場所がいい。密室は疑われます」
桜志郎の忠告で、決行場所は駅前のカフェに決めた。
香帆と桜志郎が再会したセルフサービス式の店だ。
颯真を買物に付き合わせて「喉が渇いた」とカフェに入る。
颯真のカップに毒を入れて飲むのを待つ。
それだけで、三千万円と自由が手に入る。
レジで〈コーヒー〉と〈カプチーノ〉をオーダーした。
「カウンターが空いてるよ」
香帆は颯真をカウンターに誘った。
香帆の右は颯真で、左は空席。〈その空席の左〉に桜志郎が座っている。
右から、颯真→香帆→空席→桜志郎、の順でカウンターに並んだ。
香帆と桜志郎は視線を合わせない。知らない人の設定だ。
桜志郎に「来てほしい」と頼んだのは香帆だ。
「わかりました。近くにいます」と応えてくれた。
颯真がスマホを見ている間に、サッと薬を入れるのは簡単だった。
(私とカフェにいるのに、スマホが気になるの)
(これを飲んで、いなくなれ)
颯真が、スマホをカウンターに置いた。
すこし伸びをして、カップを手に取る。
毒入りコーヒーが、颯真の口に近づいた。
颯真がカップを傾けた。
毒入りコーヒーが、颯真の口に向かって流れる。
その光景が、香帆にはスローモーションに見えた。
今なら、まだ……、
「わ、私、そっちがいい!」
香帆は、颯真からコーヒーを奪い取った。
「颯真は、こっちを飲んで」
「わがままやなぁ」
颯真は笑いながら、渡されたカプチーノを飲んだ。
「まあ、コッチもうまいけど」
にっこり笑う颯真を見て、香帆は(これでよかった)と思った。
そう、これでいい。
やっぱり人を殺すなんて、ありえない。
いくら苦しくても、辛くても、私を裏切った夫でも、人を殺すなんて。
心と身体が壊れて、変になってたんだ。
颯真と話し合いもせず、勝手に殺そうとするなんて。
(逃げていないで、きちんと向き合ってみよう)
「あのね、聞きたいことがあるんだ」
「なんや?」
「いまスマホで何を見てたの?」
「来月な、リフレッシュ休暇あるやん。エエとこないかな? って」
「え? 旅行?」
「そうや。そろそろ妊活なんやろ。子作り旅行しよ」
「……」
「嫌なんか?」
まさか、嫌なんて、そんなこと……、
香帆は「行きたい! 連れてって!」と叫びそうになった。
その瞬間、
颯真が胸を押さえて、椅子から崩れ落ちた。