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ざわつく大音量が耳に入った瞬間ハッと現実に戻る。
なんてことない日常、いつものクラスの風景。
「また、飛んでた…」
複雑さをほんの少し含んだような、困ったように呟く。
気づいたら昼休みになっていたらしい。
楽しそうにお弁当を広げながら話す女子や、欠伸しながら怠そうに学食へ向かう男子が目に入る。
「草間ー、学食行こ」
ぼんやり座ったままだった僕の肩へ、いきなり無遠慮な奴がのしかかってきた。
押された勢いのまま机に突っ伏し、眉を寄せて顔だけ横に向ければ能天気な顔がある。
「宇佐木、潰れる…」
「おー悪い悪い」
大きな体で太陽のように笑う相手。
運動部に所属しており、身長も高くガッシリとした見た目とは裏腹に。
ウサギという可愛いらしい響きの名前である。
学校における僕の唯一の友人だ。
「相変わらず面白い組み合わせだよな、あそこ」
「またやってるね」
「草間って静かで目立たないけど、なんで宇佐木と仲良いんだろな?」
「さあ…」
クラスでは普段ほぼ話さず、ぼんやりと不思議な雰囲気を醸し出す草間。
クラスの中心にいて、明るくてあっけらかんとした宇佐木。
接点が無さそうな2人が、どんなきっかけで仲良くなったのか。
周囲の生徒達は密かに気にしていた。
そんな事になってるとはつゆ知らず。
ようやく退いた頭を軽く叩き、わあわあ言い合いながら学食へ向かう。
中庭を通り抜けようとした時、ふと呼ばれたような気がした方向へ視線を向けた。
「あ…」
そうか、と言葉にはせず無意識に足を止める。
視線の先には椿の木があった。
記憶が蘇る。
あの日は前夜から雪が降り続いていた。
椿にはもう時間が無いようだった。
(いつも、みていたの)
人で言うなら可愛いらしい声、というのか。
素直な好意が流れてきた。
(すき)
(でも、もうさいご)
物心ついた時には特殊な感覚を持っていた。
そのせいか昔から人ならざるものに好かれやすい。
中庭を通る度に僕を見ていてくれたらしい。
その日は大雪で、寒さが苦手な僕はマフラーを巻いて食堂へ向かっていたのに。
自分の肩に積もる雪も埋まる足元も。
その寒さを感じなくなるくらい、椿から流れてくる切ない感情に捕まってしまったのだ。
優しい
嬉しい
切ない
悲しい…
無音の世界に閉じ込められて。
思わず涙が出そうな純粋さに動けなくなる。
「おい。大丈夫か」
いきなり現実に引き戻す強い力で肩を掴まれた。
現実と向こう側との間で揺れながら、徐々に目の前の人物が誰かを把握する。
確か同じクラスの…
「お前、それ、なにしてんだ?」
目が合った瞬間に眉を寄せて尋ねられる。
無意識なのか、意識的になのかは解らないけれど。
彼が自分のしていたことを理解しての質問なのだと感じて驚いた。
上手く表現出来ない感覚だからこそ、無理やり言葉にしようとすると突拍子もない印象になる。
なのに、思わず考える前に言ってしまっていた。
「話してたんだ」
言ってしまった直後に口を押さえる。
こんなこと誰が理解してくれるというのだ。
過去の思い出が蘇り後悔した。
「まぁよくわからんけど。お前、嘘ついてなさそうだし、なっ…?」
謎に信じてくれた相手が話してる途中で、僕と同じく椿へ視線を向けながら息を飲んでいる。
その時に確信した。
彼にも、花が見えていると。
先ほどまで美しい真っ赤な椿の大輪が木に咲いていた。
突然音もなく足元に落ちて転がる様を2人して視線で追うも、跡形もなく消えてしまったのだ。
現実には咲いていない花。
お互い驚いた顔で見合わせ:…
ふっと空気が緩んだ。
「こういう事ってあるんだな。びっくりした…」
頭を搔きながら笑う相手へ、思わずつられて笑ってしまった。
「君は解るんだね。きっと無意識に」
この相手には言ってもいいのかもしれない。
そう感じて小さく呟く。
「椿の木に話しかけられたんだ」
「そうか」
不思議そうに、けれど疑うでもなく。
先ほどの風景を目にしたばかりだからか、自然に受け入れたようだった。
あ!と突然思い出したような顔で、いきなり首根っこを掴まれて雪をはたき落とされる。
本人は力を抜いてる様子だが叩かれてるかのように痛い。馬鹿力か。
「いっ!いてててて」
「とりあえず飯食おう。同じクラスの草間だろ?このままじゃ風邪ひくから学食行くぞ」
「ちょっ、おい…」
その時はまだ、クラスでいつも皆に囲まれてる運動部の奴としか覚えていなくて。
あまりの馴れ馴れしさと強引さに唖然としつつ、半ば無理やり引っ張られながら歩き出す。
名前なんだっけと聞いたら、同じクラスの宇佐木だよ!と頭をはたかれた。
あれから 当時の椿は枯れてしまい撤去された。
そして今。
また新しい苗木が植えられている。
「あの椿、無くなっちゃったんだな。新しいのが植わってる」
「うん。もう花を咲かす力も無かったから」
「ふーん…最後の力で花を見せてくれたのか」
枝から落ちて、儚く消えた真っ赤な椿の花。
「ちょっと惹かれるよね」
そう思ってしまう自分はやはり変なのかもしれないけど、純粋さを思い出すと優しい気持ちになる。
「草間が言うとシャレにならないから。人間にしとけ」
本気で心配そうな顔をしてる宇佐木に、はいはいと返して笑う。
ありがとう
また宜しくね…
まだ小さな椿の苗木を見つめながら、心中で呟けば。
葉が静かに揺れたような気がした。