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野営と呼ぶには、あまりに巨大な規模だ。

四百人が陣取っているのだから、小さな村が即席ながらもそこに作られる。

日中は平たいだけの草原地帯だった。

しかし、陽が沈む直前から、設営が開始された。

軍人が総出で骨組みを組み立てた結果、シイダン耕地の一画は多数のテントで埋め尽くされる。

夜の到来と共に曇り空が真っ黒に塗り潰されると、当然ながら大地も同色に染まる。

その一画だけは祭りのように明るいのだが、軍人達は各々の仕事に打ち込んでおり、賑わう者は見当たらない。

屈強な大人達が居座るその地には、ひときわ大きなテントが存在する。

作戦本部であり、その中では二人の隊長と部下が数名、そして異物のような傭兵が二人、顔を突き合わせて意見交換に打ち込んでいる。


「あいつらのおかげで、情報の精度が上がったな!」


この男は、テント内で最も巨漢だ。横幅の太さは筋肉に由来しており、深緑色の軍服はボタンが弾けそうなほどに膨れている。

大口を開けて喜ぶ理由は、久方ぶりの遠征が楽しいからではない。

もちろん、そういった邪な感情もあるのだろうが、原因は別だ。

ダブル・ジィトス。第二遠征部隊の隊長。角刈りの茶髪はしっかりと整っており、頭頂部は眼下のテーブルほどに平たい。


「さすがに褒められないよ。迂闊と言う他ない」


もう一人の隊長が、静かに愚痴ってしまう。

ジーター・バイオ。第一遠征部隊を率いる強者であり、背丈と年齢は眼前のダブルとほぼ同じながら、受ける印象は全く異なる。

どちらも四十代、身長は共に百九十センチを超えており、着ている軍服もお揃いだ。

それでも似て非なる理由は、ダブルが筋肉の塊なことに対して、ジーターは無駄な筋肉を搭載していない。

中性的な顔立ちはお手本のような二枚目だ。

黄色い髪は短く整えており、清潔感の演出に貢献している。


「まぁ、いいじゃねーか。傭兵らしくて、俺は嫌いになれねーな」

「勇敢と無謀は違う。間に合ったから良かったけど、エウィンがいなかったら……」


ジーターが口を閉じると、複数の視線が少年に向けられる。

予想外の展開に、緑髪の傭兵は目を泳がせてしまう。


「ま、まぁまぁ、傭兵に危険はつきものですから。自己責任ってことで、まぁ、その……」


二人の隊長に招待された結果、エウィンはこのテントの中で、作戦会議に出席している。

今日という一日も、傭兵らしく慌ただしかった。

朝、シイダン村を出発、昼過ぎにケイロー渓谷にたどり着くも、そのタイミングで瀕死の傭兵を目撃する。

彼女を助け、さらには二人の仲間も救出してみせたのが、日中の出来事だ。

その後、その三人はエウィンの提案によってその場に留まる。

理由は二つ。

王国軍が合流するまでの間、周囲を警戒しつつアゲハの護衛。エウィンはリードアクターを発動させてしまったため、昼寝が必要な程度には疲弊していた。

そして、軍への情報提供。ケイロー渓谷に足を踏み入れ、ゴブリンを倒しながらその先を目指した以上、得られた知見は少なくないはずだ。

それを隊長に伝えて欲しい。エウィンはそういった思惑で三人に頭を下げつつ、草原の上でぐっすりと眠った。


「おまえさん、本当によく間に合ったな。話を聞いた限りだと、絶望的としか言いようがねーけど……」


テーブルを挟んだ向こう側で、ダブルが胸筋を見せつけるように問いかける。

この男の言う通りだろう。

多数のゴブリンに包囲された二人の傭兵を、エウィンは瞬く間に救ってみせた。リードアクターあっての早業なのだが、そうであろうと隊長は唸るしかない。

ジーターも物静かに感想を述べる。


「あの三人も、最後まで礼を述べていたな。エウィン、胸を張っていいんだぞ。傷の手当に尽力したアゲハ殿も……」


プリム、ヨグルン、チコの三人は、つい先ほど、この地を去った。

彼女らがもたらした所感は、事前調査と合致する。

さらには、今日得たばかりの情報ゆえ、作戦の精度は確実に高まるはずだ。


「助けられたのは、本当にたまたまですから……。あ、いや、あの人達ががんばったから、かな?」


謙遜するわけではないのだが、エウィンは率直に答える。

一方で、アゲハはこの少年の背中へ隠れることしか出来ない。見知らぬ軍人達に包囲されているこの状況が、ただただストレスだからだ。

そんな二人を眺めながら、ダブルが嬉しそうに笑い出す。


「こいつが参加してくれるなら、明日の作戦も成功間違いなしだ!」

「エウィンの実力は噂通りということか。当てにさせてもらう」

「あ、はい。お役に立てれば……」


ジーターの独特な言い回しとは対照的に、エウィンは愛想笑いが限界だ。

正面には頭一つ分大きな隊長が二人、テントの外周付近には見知らぬ軍人達が立っており、部外者らしく縮こまってしまう。

そうであろうと、作戦会議は継続だ。

ダブルが声のトーンを下げながら、次の議題を提示する。


「問題は、白い鎧のゴブリン。そいつについて、改めて話してくれ」


歴戦の軍人ですら、首を傾げたくなる個体だ。

なぜなら、ゴブリンが愛用するフルプレートアーマーは、例外なく黒色に統一されている。

そういった文化なのか、黒という色を好むのか、そこまではわからないものの、鎧の色が異なるケースは非常に稀だ。


「プリムさんとヨグルンさんを助けて、その場から逃げようとした矢先に、そいつは現れました。渓谷の奥から、たくさんの部下を引き連れて……。僕が蹴散らしたゴブリンだけでなく、そいつの取り巻きも鎧は黒でしたけど、そいつだけは白かったから、そういう意味でも目を引く存在でした。ただ、仮にそいつも黒い鎧だったとしても、一目でわかるくらいにはプレッシャーがすごかったです。まるで……」

「まるで?」


言い淀む傭兵に対して、ジーターが促すように問いかける。

それを合図にテントの中が静寂に包まれるも、エウィンは言いづらそうに語りだす。


「あの時の魔女を……、ジレット監視哨を襲撃した魔女を思い浮かべました」


つまりは、かなりの強敵ということか。

もちろん、単なる直感であり、実際のところはわからない。

他者の威圧が得意なだけのゴブリンかもしれない。

エウィンに引けを取らない程度には手ごわいのかもしれない。

真実を知るためには、遠目からの観察だけでは不足だ。誰かが立ち向かい、その実力を推し量る必要がある。


「ってことはだ。マークと同等、もしくはそれ以上ってことか?」

「そう……かもしれません。その可能性は考慮すべきかと……」


ダブルからの問いに、エウィンはおそるおそる答える。

マークはジレット監視哨に派遣されていた隊長だ。その実力は並の軍人を寄せ付けない。部隊員が束でかかろうと、やはりこの男が圧勝するだろう。

それでも、百人近くの部下を守ることは出来なかった。

奇襲ゆえに防ぎようがなかったのだろうが、生存者はマークしか該当しない。


「私は信じる。間違いであって欲しいがな」

「おう。そいつが強かろうが弱かろうが関係ない。俺がぶっ飛ばしてやるぜ」


冷静沈着なジーターとは対照的に、ダブルの鼻息は荒い。

負けるつもりなどない。

負けないだけの自信がある。

つまりはそういうことであり、白いゴブリンがどれほどの強者であろうと、自分達の力でねじ伏せるつもりだ。

頼もしい隊長達を眺めながら、エウィンは明日の方針を尋ねる。


「白いのが現れたら、僕も加勢するって感じですか?」


このやり方が安全なのだろう。

それをわかっているからこその問いかけなのだが、ダブルは巨漢を見せつけるように言い切る。


「俺に任せろ! というわけで、ジーター、作戦の立案は任せた」

「ふん、任された」


まるで阿吽の呼吸だ。

二人は子供の頃からの付き合いゆえ、隊長という地位に収まろうとその関係性は変わらない。

満足そうに椅子に腰かけたダブルだが、エウィンはこのタイミングで慌てふためく。


「え? そんな……、え? もっと慎重に決めた方が……」

「大丈夫、大丈夫。俺がやられたとしても、ジーターが仕留めるさ。だろ?」

「ああ、問題ない」


隊長達は至って冷静だ。

ダブルは相手が誰であれ、負けるつもりなどない。

仮に自身が敗れたとしても、相棒がカバーしてくれることを理解している。

だからこその自己主張だ。

ジーターもそういった背景を理解しているからこそ、眼下のテーブルに視線を落とし、ケイロー渓谷の地図を睨むように凝視する。

そんな二人を眺めながら、エウィンは新たな疑問を抱いてしまった。


「ジーターさんの方が、お強いってことですか?」

「一対一なら、こいつに勝てる奴はいねーよ。軍人傭兵問わず、な?」


含みのある言い回しだ。

ゆえに、本人は頭の中で戦略を練りながらも補足する。


「そこまでじゃない。限定的な状況下において、決して負けないだけ」

「だからまぁ、俺は好き勝手に暴れられるって寸法さ。それぞれの得意分野で、どーのこーのってやつだよ」


説明になっていないのだが、エウィンは受け入れるしかない。

同時に、顎に手を添え思案する。


(明日見せるから、今は納得してくれってことなのかな? 確かに、この人達は相当な実力なんだろうけど……)


不安はぬぐえない。

それでも今は信じるだけだ。

なぜなら、眼前の男達は歴戦の軍人であり、踏んだ場数はエウィンの比ではないのだろう。

かろうじて納得した傭兵を他所に、ジーターは黙々と考え続ける。

その間もダブルはエウィンや部下達に世間話を振るのだが、談笑は作戦の立案と同時に中断される。


「私とダブルが先行。河川の北側を第一遠征部隊、南側を第二遠征部隊がそれぞれ百五十名ずつで進軍。ここまでで何かあるか?」

「いや、問題ないぜ」


ジーターの提案に、ダブルは真面目な顔で頷く。

エウィンが黙る理由は、説明の租借で精一杯だからだ。全員で攻め込まない理由までは飲み込めないものの、今は大人しく沈黙を選ぶ。


「第一遠征部隊の残りはケイロー渓谷の麓で退路の確保に努める。第二遠征部隊の残りは野営地を防衛しつつ周囲を警戒」

「あいよ」


ダブルが口数少ない理由は、この男を信頼しているためだ。淡々と頷くだけで済んでしまう。

対照的に、普段は物静かなジーターだが、今だけは雄弁だ。


「百五十の部隊は、私達の後方五十メートルを維持。牽引は副隊長に任せる」


隊長の指示を受け、周りの軍人達が一斉に同意する。直立不動の彼らは副隊長であり、立ち振る舞いや威厳は強者そのものだ。

しかし、ダブルやジーターを前にすると霞んでしまう。副隊長ゆえに弱いはずがないのだが、この二人が異常ゆえ、比較すべきではないのだろう。


「基本的には、私とダブルがゴブリンを殲滅。進めば進むほど、潜んでいた奴らが離散的に攻めてくるはず。そういった集団は部隊の方で蹴散らせ。進行ルートは後で話し合うとして、初日にどこまで進めるかはダブルの魔源次第と言ったところか」

「まぁ、そんな感じだろうな。俺うんぬんと言うよりは、ゴブリンの出方に左右されるだろうけど。ところで、質問いいか?」

「構わない」


テント内でもっとも巨漢な軍人が、背もたれのない椅子で仰け反る。

その視線は異物のような傭兵に向けられており、二人の視線が交わるのは必然だった。

それを合図に、ダブルは途切れることなく話し続ける。


「エウィンと嬢ちゃんはどこに配置するんだ?」

「それなんだが……」


その問いかけには、ジーターとしても口ごもるしかない。

もちろん、考えてはいる。

優秀な駒として、同行してもらいたいと思っている。

しかし、頭ごなしに指示出来ない。

なぜなら、アゲハがエウィンの背後で怯えるように縮こまっている。その姿を見てしまったら、作戦を一方的に言い渡すことなど不可能だ。

ジーターとしては、この少年の索敵能力を活かすため、自分達に随伴させたい。戦力としても申し分ないため、協力を仰げるのならそれがベストだ。

問題はアゲハだろう。ここまでの話し合いで、彼女の実力に関しても共有は終えている。

ゴブリンとの戦闘に巻き込むにはやや心もとないため、野営地での待機を言い渡したいのだが、彼女の病的な態度を見せつけられてしまっては、ジーターとしても唸るしかない。

エウィンは視線を向けられたことから、静寂を破るように口を開く。


「僕はどこでも構いません。お二人と一緒の方が面白そうだなぁ、とは思いますけど……。アゲハさんは希望とかありますか?」

「あ、う、ううん。エウィンさんと、い、一緒なら、それで……」


わかりきった問答だ。

ゆえに、ジーターは冷静な態度で応答する。


「そうか。検討するから時間をくれ。今日中には決めよう」

「わかりました。あ、僕も質問、してもいいですか?」

「もちろん」


エウィンとしても、先ほどの説明だけでは足りていない。周囲の大人達はあっさりと飲み込めたようだが、この少年はいくつかの疑問を感じてしまったため、おそるおそる問いかける。


「隊長のお二人が先陣を切るって、それが普通なんですか? 僕のイメージですと、軍隊の後ろでどっしり構えてるって感じなんですけど……」


実はアゲハも同じ感想を抱いていた。

日本人でさえそう思うのだから、今回の軍事作戦は特殊なのかもしれない。

返答は、ダブルによってもたらされる。筋肉で軍服を膨張させながら、楽しそうに話し始める。


「確かに、本とかの創作物だと、戦争がそのように描かれているな。俺だって、軍属の前は同じようなことを考えていたっけか。だけど、なぁ?」

「エウィン、巨人戦争を知っているか?」


ダブルが笑みを浮かべると、ジーターは無表情を貫きながら問いかける。

巨人戦争。この大陸で最も大規模な戦争であり、イダンリネア王国の建国と深く関わっている。


「はい、絵本で読み聞かされましたから。最初の王様が、大部隊を率いて巨人族の親玉を打ち倒す、そういうお話ですよね? あ、お話じゃなくて実話か」


エウィンの言う通り、戦争を勝利に導いた立役者こそが、初代王だ。

オージス・イダンリネア。この男がいたからこそ、人々は結束し、その結果が王国の建国へ繋がった。


「もはや、おとぎ話。確かに、そういう側面は拭えない。千年という時間はそれほどに……」

「おいおい、話が逸れてんぞ。ここで言いたいのは、おまえさんは一つ思い違いをしているってことだ」

「え?」


感傷に浸るジーターを他所に、ダブルは腕組みのポーズで話を進める。


「絵本なんかでは、確かにそういった風に描かれる。だがな、実際のところは違っていてな、初代王は大軍なんか率いてはいない。正確な数字は今となっては確かめようがないが、せいぜいが三十人だって言われている」

「さ、三十? それこそありえない……」


大男の説明が、エウィンを困惑させる。

それでもなお、この軍人は口を止めない。


「だが、真実だ。そういった情報を正確に描く歴史書も少なくないんだぜ」

「え? 相手は巨人族で、しかもその親玉で、強さも数もゴブリンの比じゃない……」

「そうだな。一説には、王国は万を越える巨人族と戦争していたとも言われているな。一万なのか、二万なのか、どちらにせよ、絵本にすら書けない、ぶっ飛んだ話だ。でもな、初代王は四英雄を筆頭に精鋭だけを連れて、巨人族の軍勢をほぼほぼ一人で蹴散らしたって言われている」

「そんなことって……」


もはや、絵本の中の出来事だ。

巨人族が草原ウサギ程度の魔物ならば、それも可能なのだろう。体が大きい分、簡単に狩れるのかもしれない。

しかし、現実は異なる。

丸太のような腕は、人間を容易く砕く。

自重を支える足は、人間を簡単に踏み潰す。

強大な魔物だ。

そうでなければ、この大陸はイダンリネア王国が支配し終えている。


「ありえないが、それが出来る人間だった。それ以上でもそれ以下でもない。あぁ、俺の方も話が逸れちまったな。俺が言いたいことはシンプルで、強者こそが前へ出て、可能な限り魔物を討ち取るべきってことなんだ。な? 合理的だろう?」


この説明には、エウィンも面食らってしまう。

確かにこの戦法ならば、王国軍への被害を減らせるのだろう。

そう思える理由の一つが、先の襲撃事件だ。

六人の魔女がジレット監視哨を襲い、百人近い人間が一瞬にして殺された。その多くが軍人なのだが、彼らをもってしても絶対的な強者には成す術ない。

襲撃を事前に察知し、隊長が迎え撃てていたのなら、死傷者の数は減らせたのだろう。

そう思えてしまった以上、ダブルの言い分に対して反論など出来るはずもない。


「そう、なのかも……」

「おまえさんがゴブリンだとして」

「え?」

「俺の部下二百人と、筋肉ムキムキで最強な俺、戦うならどっちが嫌だ?」


わかり易いようで返答に困る例えだ。

ゆえに、ダブルだけが楽しそうに笑うも、エウィンは困るしかない。


「そんなこと訊かれても……。ただまぁ、ダブルさんと戦ったらどっちが勝つかわかりませんけど、ただの軍人さんだったら、相当数殺せるかもしれませんね。いや、完全に妄想ですけど……」

「その直感はおおよそ正しいだろうぜ。俺だって、ジーターとは戦いたくねーけど、第一遠征部隊の連中なら一人残さず殺せる自信が……ある!」

「声でか……。そして、こわ……」


テンションの高まりと共に、ダブルが椅子から立ち上がるも、周囲は完全に引いてしまっている。

もちろん、そのような行為を実行する狂人ではないとわかっているのだが、断言する必要もないため、誰一人として同意も共感も出来ない。

ゆえに、助け舟が必要だ。

眠るように目を閉じていたジーターが、久方ぶりに瞳を開く。


「より強い人間が前へ出る。この戦法は、千年続く王国の伝統。一人でカバー出来る範囲なんて限られるから、時と場合によるが」

「そうそう、そういうこと。今回の戦場はケイロー渓谷、あんな狭い場所で戦争する以上、俺が前に出ないなんてありえないってことだ」

「そこまで狭くもないがな」


こうなってしまっては、エウィンとしても納得せざるを得ない。

戦争は数。そういった思い込みは、子供の頃に読んだ絵本か何かで植え付けられた知識でしかなく、少なくともこの世界においては不合理な戦い方らしい。


「わかりました。あ、他にも質問いいですか?」

「おう、何だ?」


軍人と話せるせっかくの機会だ。知見を得るためにも、エウィンは疑問点を問いかける。


「ケイロー渓谷の大穴って何ですか?」

「おう、ジーター出番だぞ」

「ふむ。直系が十メートルを越える、不可思議な穴としか言えん。底がありえないほどに深く、いつ、誰が何のために掘ったのか、全くもって不明だ」


この説明に対し、エウィンとアゲハの抱いた感想は正反対だ。


(ゴブリンが一生懸命掘ったのかな?)

(十メートルって、バスが横向きのまま、落っこちちゃう。ちょっと怖いな……)


なんにせよ、人間ならあっさりと飲み込めてしまう。穴底が視認出来ないのなら、落下死も免れない。


「比較的新しい穴だとは言われているが、詳細はやはり不明だ」

「あ、もしかして、その穴を通ってゴブリンがケイロー渓谷に集結してるとか?」

「ほう、面白い推察だな」

「た、ただの予想なので、真に受けられるとそれはそれで恥ずかしい……」


エウィンとしても困ってしまう。

しかし、わかったこともある。

その大穴については、軍の調査すら進んでいない。

優先順位が低く、予算が割けないのか?

過去に挑んだものの、ゴブリンか何かに邪魔されたのか?

どちらにせよ、わからないということが、わかった。

ゆえに、エウィンは新たな質問を投げかける。


「あ、ダブルさんの戦闘系統は魔攻系なんですよね?」

「筋肉モリモリの魔攻系だ。羨ましいか?」

「ソ、ソウデスネ。覚えている攻撃魔法と使える回数ってどんな感じなんですか? あ、秘密でしたら無理にとは……」


明日の作戦に参加する以上、事前に知っておきたい情報だ。

ダブルは主力の一人であり、言うなればこの男の性能把握は部外者にとっては欠かせない。


「魔攻系の魔法を全部使えるぞ」

「え?」


この瞬間、エウィンは凍り付く。

なぜなら、十八年の人生において初めて出会ったケースだからだ。

戦闘系統が魔攻系の場合、その人間は攻撃魔法を習得する。

火の玉を撃ち出すフレイムから始まり、次いで氷魔法のアイスクルと続くのだが、その総数は十三種に至る。

しかし、傭兵でさえ、生涯で習得する魔法の数は六個前後が限界だ。

どれほどに体を鍛えようと。

魔物を殺し続けようと。

その先へ至ることはそれほどに困難だ。よほどの才能に恵まれていない限り、ありえない。

その例外が、眼前の軍人ということになる。


「ちなみに魔源の方は、自分でもよくわかってないぞ。これ言うと、お偉いさんに叱られるからいつも誤魔化してるけどな!」


ダブルが恥ずかしそうに笑いだすも、傭兵二人は反応に困ってしまう。

魔源とは、魔法を使うためのエネルギーであり、これの把握は最優先事項だ。

自身が攻撃魔法を何回使えるのか、それを知らなければ、魔攻系の人間は魔物と戦えない。

例えるならば、弓を扱う場合、矢の残数を。

拳銃を携帯する際は、弾丸の総数を。

事前に把握すべきであり、そうでなければ魔物の討伐には出かけられない。

そのはずなのだが、この男は平然と言ってのけた。

わからない、と。

ゆえに、エウィンとしては問わずにはいられない。


「魔源の把握なんて、数えながら魔法を撃ち続けれるだけでいいのでは?」

「まぁ、そうなんだけどなー。俺、手加減が下手で、百を超えた辺りで数えるのすら億劫になっちゃって」


この瞬間、少年は息を飲む。

並の傭兵でさえ、攻撃魔法の使用回数はせいぜいが十から二十だ。それ以上となると、等級四という実質上限に位置する強者の中でしか出会えない。

しかし、ダブルは信じられない数を言ってのけた。

ゆえに、エウィンは聞き間違いを疑ってしまう。


「え? 百?」

「おう、百。もっともっといけるぞ。上位魔法ならもっと少なく済みそうだし、明日、数えてみるか!」

「それいいな。白いゴブリンが現れない内は、手伝うよ」


異次元のやり取りだ。

エウィンは理解することを諦め、明日の朝食について思考を巡らせる。


(晩御飯、美味しかったなー。明日の朝も作ってくれるみたいだし、楽しみだなー)


もはや現実逃避だ。

それほどまでに、ダブルの戦闘力は狂っている。魔源だけが突出して多い可能性もあるのだが、それはそれで才能であり、称賛に値する。

例外はあれど基本的には、魔源と魔力は比例関係にある。

魔法を多く使える者ほど、使う魔法の威力が高い。

スタミナと足の速さは全くの別種だが、魔法に関してはある程度の関係性があるということだ。


「ゴブリンが束になってかかってこようと、俺がぶっ飛ばしてやるぜ!」

「予想では千体を越えるようだが、まぁ、頼りにしてる」


燃えるダブルと冷静なジーター。この二人は軍人であり、隊長であり、親友同士だ。それゆえに、彼らの会話には子供らしさがにじみ出る。

もっとも、仲が良いという意味では彼らも負けてはいない。


「ちょっと疲れちゃいましたね。アゲハさんは、この後どうされますか?」

「えっと、まだ、寝ないけど、少し、ゆっくりしたいな……」


質疑応答はこれにて終了だ。

明日の軍事作戦について詰める必要はあるのだが、それすらも軍人達に任せてしまって構わない。

アゲハの言う通り、眠るにはまだ早い時間帯だ。夕食を食べてあまり時間もたっていないことから、就寝までの暇潰しを考えなければならない。

二人っきりの空気を作り出す若者を眺めながら、ダブルが思い出したように説明を開始する。


「そうだ、おまえらのテントなら用意させてるぞ。川沿いの端にあるとは言え、大きな声は極力控えてくれよ。夜中だと、普通に響くからな」

「アゲハさんは当然ながら、僕だってダブルさんみたいに叫んだりしませんけど……。あ、僕は川でも眺めながら野宿しますので、テントはアゲハさんが一人で使ってくだ……、え? どうしてそんなに顔が赤いんですか?」


軍人達には、この若者達が恋人のように見えるのだろう。

実際には似て非なる間柄なのだが、アゲハは発言の真意をくみ取り、顔を赤らめる。

しかし、エウィンはこれっぽっちも理解出来なかったため、不思議そうに彼女の顔を覗き込んでしまう。

その結果が、これだ。


「すごい、トマトみたいに赤い。もしかして、おしっこをがま……」

「むぅ!」

「ぎゃー! 目がー!」


アゲハが目潰しを繰り出せば、いかにエウィンと言えども抗えない。

デリカシーの無さが引き起こした悲劇でしかないのだが、テントの中を転がりまわる敗者を眺めながら、ダブルはぼやかずにはいられない。


「いや、俺よりもうるせーじゃねーか」


叫び声がテントを突き破り、夜の野営地に木霊する。

自業自得ゆえ、被害者が両目を押さえたままゴロゴロと転がる姿は、どちらかと言えば喜劇でしかない。

ここには回復魔法の使い手が複数いるのだが、手を差し伸べない理由は原因が痴話喧嘩だからか。

大人達に見守られながら、エウィンは悶え苦しむように泣き叫ぶ。


「目がー!」


こうして、今日という一日が終わりを告げる。

現在地はシイダン耕地の北西部。農地エリアからは随分と離れており、周囲には何も見当たらない。

悲鳴だけが響くものの、軍人達は寡黙に明日へ備える。

己の武器を磨く者。

腕立て伏せに励む者。

王国に残した家族を想う者。

立ち振る舞いは多種多様なれど、曇った夜空は平等に彼らを見守り続ける。

明日の到来はもう間もなくだ。

目的地も、目と鼻の先だ。

ケイロー渓谷。ゴブリンに支配された、東西に伸びる巨大な谷。

普段は人気のないその地が、雌雄をかけた戦場と化す。

人間と魔物。共存が許されない以上、残念ながら殺し合うしかない。

この世界はそのように作られている。

戦場のウルフィエナ~その人は異世界から来たお姉さん~

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