その日、元貴のスマホに届いたのは、シンプルなメッセージだった。
 
 
 「今度、ゆっくり話そうか。
カメラのない場所で。」
 
 
 
 送り主は、二宮和也。
 読み返すたび、文字の裏に含まれた意味を考えてしまう。
ただの挨拶? 気遣い?――それとも。
 
 
 
 (“ふたりきり”ってことだよな……)
 
 
 
 迷いながらも、元貴の指は「了解です」と返事を打っていた。
 
 
 
 
 ⸻
 約束の日、都内某所の隠れ家的なバー。
芸能人もよく使うというその店は、照明が控えめで落ち着いた空気が漂っていた。
 
 
 
 「こっち、空いてたよ」
 
 
 
 すでに到着していた二宮が、静かにグラスを傾けながら手を振る。
 
 
 
 「……こんばんは」
 「来てくれてありがとう。
いや、嬉しかったよ。君から“了解”って返ってきたとき」
 
 
 
 にこやかに言いながら、テーブルにメニューを置く。
その動作すらも、なぜか“計算されてる”ような気がしてしまうのは、気のせいじゃない。
 
 
 
 「じゃあ、乾杯しよっか。遅ればせながら、映画の完成に――」
 「……はい、乾杯」
 
 
 
 グラスの音が、静かな空間に響く。
氷のぶつかる音、グラス越しの視線。
その全部が、大森の体温をじわじわと引き上げていった。
 
 
 
 (なんか、落ち着かない……)
 
 
 
 目の前の男は、芸能界の先輩で、憧れだった人で――
そして、前回“壁ドン”をしてきた張本人だ。
 どこか不意打ちのように仕掛けられたあの夜が、
今でも鮮明に脳裏をよぎる。
 
 
 
 「元貴くんって、普段あんまり“個人”で誰かと飲みに行ったりしないでしょ?」
 「……あんまり、ですね。だいたいチームで動いてるし……気を遣っちゃうタイプなんで」
 「でも今日、来てくれたのはなんで?」
 「……それ、聞きます?」
 「うん。聞きたい」
 
 
 
 テーブルに肘をつき、指先でグラスを回しながら、二宮は静かに笑う。
その笑みに“明らかな余裕”が滲んでいた。
 
 
 
 (……誘われて断れるわけないじゃん)
 
 
 
 そんな言葉を胸に押し込めながら、元貴は少し口を歪めた。
 
 
 
 「……たぶん、気になってたんだと思います」
 「“たぶん”?」
 「二宮先輩って、どんな人なんだろうって」
 「ふふ、なるほどね」
 「……あと、前に触れられそうなのがちょっと引っかかってたんで」
 
 
 
 その言葉に、二宮の手がピタリと止まる。
 
 
 
 「引っかかった?」
 「はい。…試されてるみたいで。
……なんか、ずるいです。ああいうの」
 「へぇ……じゃあ、“ちゃんと触れたらどうなるか”知りたい?」
 
 
 
 グラスの氷が、かすかに鳴る。
空気の温度が変わったのは、その直後だった。
 
 
 
 「……またそうやって、ずるい言い方する」
 「ずるいよ。俺、君の反応見てるの、面白いんだもん」
 
 
 
 そう言って、二宮はテーブル越しに少し身を乗り出す。
そのまま、指先で元貴のグラスをそっと持ち上げる。
 
 
 
 「ちょっと貸して。……ほら」
 
 
 
 口をつける。
そして――ゆっくり、同じ場所にグラスを戻す。
 
 
 
 「俺の唇、今そこにあったけど。 飲む?」
 
 
 「……」
 
 
 
 元貴の喉が、ごくりと鳴る。
軽い挑発。でもそれが、重たい熱を生む。
 
 
 
 「……飲みます」
 
 
 
 震える指で、グラスを持ち上げる。
唇に触れた瞬間、微かにアルコールの残り香と、体温の幻が舌をかすめた。
 
 
 
 「… 君はもう俺を“意識してる”。」
 「……」
 
 
 目を逸らせなかった。
この人は、本気で仕掛けてきてる。
ふざけてるようでいて、全部計算されてる。
 
 
 
 (……だったら、俺も)
 
 
 
 次は自分が、何を仕掛ける番なのか。
その駆け引きの幕は、今夜もまた上がったばかりだった。
 
 
 
 
コメント
4件
んへへ(←え?) 駆け引きっていいですね☺️ めっちゃ尊いじゃあん…🫠✨