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ヴァルディウス王国は、静かに、しかし確実に傾き始めていた。
最初は、誰もそれを異変とは呼ばなかった。
白の魔女がいなくなっただけだ、と。
たった一人の魔女が消えたところで、王国は揺るがない。そう信じていた。
だが、ほころびは小さなところから生まれる。
病に倒れる者が出た。
怪我が治らず、床に伏す者が増えた。
そして、呪い。
ヴァルディウス王国にとって呪いとは、恐れるべき災厄ではなかった。白の魔女のもとへ運びさえすれば、消えてなくなるものだったからだ。病の方が辛い、と冗談めかして語る者さえいた。
その認識が、崩れる。
呪いは、消えない。
呪いは、移る。
宿主が死ねば、次の生命を探す。弱った者へ。子どもへ。老人へ。そして、働き手へ。
命が尽きるたび、呪いは新たな肉体にすがりついた。
畑を耕す男が倒れた。
織機を踏む女が崩れ落ちた。
鍛冶場の火が途絶えた。
魔物を狩る者が、一人、また一人と失われていく。
人が足りない。
誰かが倒れれば、誰かが穴を埋める。だが、代わりに立った者もまた、やがて倒れる。
収穫は減り、流通は滞り、備蓄は削られる。
飢えが広がる。
飢えは体力を奪い、体力を失った者は呪いに抗えない。薄暗い空気は病も呼び込んだ。
悪循環だった。
そこでようやく、王国は思い出す。
ヴァルディウスには、魔法医療という体系がほとんど存在しないという事実を。
研究もない。
育成もない。
呪いを解く理論も、継承もない。
なぜなら、必要がなかったからだ。
白の魔女がいた。
病も怪我も呪いも、彼女のもとへ運べばよかった。祈れば、救われた。
王国は何百年ものあいだ、その奇跡を当然のものとして享受してきた。
他国は違う。
呪いに備え、莫大な資金を魔法医療に投じ、術師を育て、研究機関を築き、対抗手段を積み重ねてきた。
ヴァルディウスは、それをしなかった。
する必要がなかった。
その分の資源は、街道に、城壁に、農地に、商業に回された。戦は少なく、治安は良く、飢饉も抑えられた。
平和だった。
だがその平和は、白の魔女という、たった一人の柱に支えられた均衡に過ぎなかった。
柱を一本、抜けばどうなるか。
答えは、今、王国の隅々で示されている。
傾きは止まらない。
ゆっくりと、しかし確実に。
白の魔女を追放したその日から。
ヴァルディウス王国は、自らの未来を、静かに削り始めていた。