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私達は屋敷の中に入り、客室でマリアンヌをいたわった。

首都トゥーンからクラッセル邸までは馬車で半日かかる。午後にここへ帰るように支度すると、早朝には馬車に乗っていないと間に合わない。

半日馬車に乗っていたせいか、マリアンヌの表情が疲れているように見えた。彼女が紅茶を口に含んだ後、深いため息をついているのを私は見逃さなかった。


「紅茶を飲み終えたら、お姉さまに私の演奏を聞いてほしいの」

「あら、私がいない間に新しい曲を覚えたの?」

「はい! お義父に教えてもらいました」

「そう……」


今日のマリアンヌは浮かない表情を浮かべている。

やはり、首都からここまでの移動で疲れが溜まっているのかもしれない。

それなら、私のヴァイオリンの音色を、成果を聴けば明るいいつものマリアンヌになってくれるかも。


「なら、演奏室へ行きましょう」

「お茶はもういいのですか?」

「ええ。食べ物を口にいれる気分じゃないの」


マリアンヌは飲みかけの紅茶を置き、ふらふらとした足取りで客間を出ていった。

メイドが用意してくれた軽食と焼き菓子を一口も食べずに。

目の前に用意された三段の食事はすべてマリアンヌの好物だ。

いつもであれば、紅茶と交互に食べる手を止めないはずなのに。

私はただごとではないと感じつつも、マリアンヌの後を追った。


「さあ、私にあなたの演奏を聞かせてちょうだい」

「は、はい」


不調の理由が分からぬまま、私はヴァイオリンを構える。

弓で弦を引き、最初の一音を奏でた。三本の弦を指でおさえ、旋律を造り出す。

クラッセル子爵に指摘されたことを思い出しながら、一番の難所である小鳥のさえずりを弾ききる。そのときは自分の演奏に集中しており、マリアンヌの不調は頭から離れていた。


「すごい! すごいわロザリー」


最後の一音を弾き、弓をヴァイオリンから離す。

緊張が緩み、難しい曲を間違えることなく弾ききったことに安堵する。

私の演奏を聞いてどうだったかは、パチパチパチと拍手をしてくれているマリアンヌを見れば一目瞭然だ。


「あなた、私がいない間に腕を上げたわね! 素敵な小鳥のラプソディだったわ!」

「ありがとうございます」

「目を閉じたらお父様が弾いているんじゃないかって思ったくらいよ」

「そんな大げさな……」


クラッセル子爵が弾いているようだというのは大げさだ。彼が弾くヴァイオリンは繊細で人の心に直接訴えかけるような美しい音色を奏でる。貴族から演奏会や講師の依頼が途絶えないのは彼の高い演奏技術があってのことだろう。

そんなクラッセル子爵と同じと評価されるなんて、おこがましい。


「大げさじゃないわ。きっとお父様もロザリーのヴァイオリンの腕を認めているはずよ」

「そうだと、いいですが……」


私の演奏技術をクラッセル子爵が認めているのは事実だ。

マリアンヌと一緒に通えただろうと口にするほどに。


「じゃあ、私もロザリーに一曲贈らないとね」


マリアンヌは白いピアノの椅子に座り、蓋を開ける。

白いピアノとマリアンヌ。五年前からこの組み合わせは一番美しいと思う。

絹のようにサラサラした金髪、ふわりとした空色のドレスとリボン。

あどけない少女から、清廉な淑女へ成長を共にしたピアノだから。

マリアンヌは鍵盤に両手を置いた。

演奏が始まる。


(……あれ?)


待てども素敵な、心が安らぐ旋律が聞こえない。

マリアンヌの手はピアノの鍵盤の上で止まっている。


「ごめんなさい。私の演奏はまた後でいいかしら」

「はい。お姉さまの好きなときに聞かせてください」

「ええ」


マリアンヌは私に微笑みかける。

私はいつかマリアンヌから話してくれると信じ、微笑み返した。

拾われ令嬢の恩返し

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