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演奏を披露した後、マリアンヌは私の共学校での生活を聞きたがった。

五年間、姉妹として屋敷で暮らしていた私たちが、今年の春から別々の場所で生活を送る。手紙のやり取りだけでは伝えられないこともあった。

私は共学校で起こった面白い話をする。大体が、目の前で起こったことなのだけど、マリアンヌに話したらきっと笑ってくれるだろうと思ったことは、ノートの隅にメモを取って残していた。


「あはは! あなたの学校にそんな面白い生徒がいるの」

「はい。お義父様に話したら『そんな下世話な男とは距離を置きなさい』なんて真に受けていて、面白かったです」

「お父様なら言いそう。冗談を本気にとらえてしまう人だから」


案の定、マリアンヌは腹を抱えて笑っていた。

淑女らしからぬ笑い方だが、彼女はそれでも気品があるように感じる。


「ロザリーの学校は楽しそうね。難しい勉強をしてて、私には向いていないけど」


マリアンヌはピアノの演奏は天才的だが、勉強は絶望的である。

特に計算が苦手で、数学の家庭教師が来る日は真っ青な顔をしていたのを覚えている。

私が通っている共学校の卒業生は、将来、町の役員や教師になる者がほとんど。勉強が好きではないマリアンヌが入学したら、卒倒してしまうだろう。


「私の話は大体これで終わりですね……、お姉さまの学校はどうですか?」

「そ、そうね」

「トルメン大学校の音楽科ですから、王国中の貴族が集まっているんじゃないですか」

「もちろん! 伯爵、公爵、あと他国の王子さまも在学されているわ」

「王子様!?」

「マジル王国の第二王子チャールズ・ツール・マジル様」


他国の王子が留学しているのは珍しい。

マジル王国は機械産業が盛んな町で、食材が長く保存できる箱や人を載せて移動する箱があるのだとか。メヘロディ王国はそれらの箱を手に入れようと、外交を盛んにしようとしているのが現状だ。


「チャールズさまは一学年上だから、時々お会いするだけよ」


私が質問をすれば、マリアンヌは答えてくれるが自分から話そうとはしない。

それに、トルメン大学校の話になると、一瞬表情が暗くなり、淡々とした口調で話す。

半月に一度届く手紙も、始めは文字が躍っているような文面だったが、次第に堅苦しいもの、私の文章にただ返事をしているだけのように感じられた。


「そう、ですか」


大好きなピアノの演奏をやめたこと、学校の話をしたがらないこと。

トルメン大学校でマリアンヌの身に何かあったに違いない。

始めは予感だったけど、マリアンヌと話して確信に変わる。


「ロザリーと久しぶりにお話が出来て楽しい」

「私もです」

「……話疲れてしまったわ。夕食まで部屋で休むわね」

「はい」


話題が尽きると、マリアンヌは私室へ帰っていった。

演奏室に一人、私だけが残る。


「お姉さま、どうしてしまったのだろう」


クラッセル子爵に聞いてみようかしら。

クラッセル子爵はマリアンヌが屋敷から帰ってきたことを見届けると、町へ出掛けてしまった。夕方には帰ると言ってたけれど、用事を早く終えて屋敷に戻ってきてくれないだろうか。トーンの演奏会に参加していたから、その時に彼女と会っていたはず。私の知らない事情も知っているはずだ。


「お義父様、早く帰って来ないかな」


私の願いは叶わず、クラッセル子爵は夕食の時間ギリギリに帰ってきた。


「生徒の指導に熱が入ってしまって、時間を忘れてしまってたよ」

「まあ、お父様らしいこと」


食卓に私、マリアンヌ、クラッセル子爵が集まる。

クラッセル子爵は帰りが遅くなった理由を誤魔化し笑いをしながら告げる。よくある理由である。


「ロザリー、マリアンヌに小鳥のラプソディを披露したのかい?」

「はい。上手くいきました」

「とてもよかったわ! お父様が演奏したようだった」

「そうだろう。私の一番の生徒だよ」


マリアンヌとクラッセル子爵は私のヴァイオリンの演奏技術を褒めちぎる。

私は二人の会話を聞きながら、いつもより豪華な料理を黙々と食べていた。会話に入るのが恥ずかしくなってしまったからだ。


「あの……、お父様」


マリアンヌの声の調子が変わる。

横目で彼女を見ると、真剣なまなざしでクラッセル子爵を見つめていた。


「私、学校を辞めます」


マリアンヌの一言で、楽しい食卓が一変したのは言うまでもない。

拾われ令嬢の恩返し

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