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桃源暗鬼

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桃源暗鬼

49 - 第49話

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2025年09月01日

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桜介を相手にした矢颪は左腕の損傷と大量失血。

暴走した一ノ瀬の攻撃により右足を失った淀川。

そして今さっき運ばれてきた一ノ瀬は全身熱傷で重症。

アジトへ戻った鳴海は、すぐさま援護部隊のスタッフと3人の治療方針について話し合いを始める。

会話をする鳴海の表情は真剣そのものだったが、どこか不安げで…

先に戻っていた皇后崎は、そんな彼を静かに見つめるのだった。


第36話 責任


「呼吸も心音も弱まってる!」

「出血も傷も酷いぞコレ…!」

「こっちも左腕はかろうじて繋がってる状態だ!」

「血を使い過ぎて、輸血しても再生が追いつかない!」

「輸血もっと持って来い!このままじゃ死ぬぞ!」

「止血!早くしろ!」


周りが慌ただしく動いている間、鳴海は目を閉じ深呼吸を繰り返す。

治療できるのが自分しかいない状況で不安も多いのだろうと思い、皇后崎は言葉をかけようと近づいた。

が、彼が口を開いたタイミングで1つの足音が聞こえてくる。


「患者の傍で騒いじゃダメだよー。」

「お前…」

「え…?なんでここに!?」

「なんでって…戦場が俺を呼んだだけだよ。」

「京夜先生…!」


聞き慣れた声に振り返った鳴海の前には、京都にいるはずの同級生の姿があった。

“来ちゃった”と言いながら、屏風ヶ浦や淀川に明るく絡んでいく花魁坂。

ペラペラと一方的に話しまくる彼を止めたのは、いつでも冷静なもう1人の同期だった。


「で?実際の用は何だ?」

「まぁ四季君の鬼神の血について…かな。」

「血もっと持って来い!」

「と思ったら何か盛り上がってるみたいだね。じゃあなるちゃん、そろそろ行こうか!……ん?」


返事がないのを不思議に思い振り向けば、鳴海は顔を隠すように横を向いていた。

花魁坂がもう一度名前を呼ぶと、彼は焦ったように返事をする。


「なるちゃん~?」

「う、…!」

「あれ、なるちゃん何で涙目?どっか痛い?」

「違う…京夜くんが来てくれて安心したのと…血液多量摂取からくる吐き気…ウェップ」

「!」

「1人で…全員を治療できるか、少し不安だったから…ウエッ」

「(あー…ギュってしてあげたい。我慢して、俺…)任せて!一緒に頑張ろうね。それと飲み慣れてないのは飲まないで」

「あいあい…ウエッ」


瀕死の笑顔で自分を見上げてくる鳴海の頭を優しく撫でてから、花魁坂は処置室へ続く扉を開けた。

白衣のポケットに入れていた彼のもう片方の手が、感情を抑え込むように強く握り締められていたことは、誰も知らない。


最重症である一ノ瀬を花魁坂が、四肢を欠損している淀川と矢颪を鳴海が担当し、それぞれ治療を開始した。

“俺は後でいい”という淀川の言葉に甘え、鳴海はまず矢颪の左腕に集中する。

大量の輸血のお陰で、だいぶ顔色が戻って来た矢颪。

あとは左腕が繋がれば、鬼の回復力で小さな傷が治り、一気に目覚めるところまで来るだろう。

鳴海が能力を使って腕を生成すること30分…

矢颪がうっすらと目を開けた。


「よっ、碇ちゃん。俺が誰か分かる?」

「……天使?…俺、死んだのか…?」

「よしっ!冗談言えるなら大丈夫だね!腕どう?普通に動く?」

「腕……あぁ、動く。すげーな、マジで。」

「裏ワザ使ったからね!まだ少し貧血状態だと思うから、もう少し寝てな?」

「分かった…」

「ん、素直でよろしい。次に目が覚めた時はもう大丈夫だからね。」

「おぅ…ありがとな…」


言い終わると同時にスッと目を閉じた矢颪は、表情も呼吸もすっかり穏やかになっていた。

最終チェックとして改めて体全体を診た後、鳴海は優しい笑みを向けながら矢颪のベッドを後にした。



「真澄くん、ごめんね!待たせちゃった…!」

「んな慌てなくても平気だ。ガキの方は落ち着いたのか?」

「うん!1回意識戻ったし、もう大丈夫!」

「そうか、お疲れさん。続けてで悪ぃな。」

「なぁに言ってんの!真澄くんだって立派な怪我人なんだから、もっとふてぶてしくしてていいんだよ?」


“じゃあ始めるね”

そう言って笑みを見せた鳴海は、すぐに淀川の右足を作り始めた。

矢颪と違って完全に足が失われているため、こちらは少々時間がかかる。

真剣な顔で自分の足の治療をしてくれている鳴海を、淀川は何とも愛おしそうに見つめていた。

あのビルの屋上で鳴海の姿を見た時、心の底から安心したのを覚えている。

それは足が元通りになることに対してではなく、自分のケガを自分以上に心配してくれる存在がいることに対するものだった。

ケガの把握と必要な応急処置の選択、手技の正確さと早さは場数を踏んだからこそ身についたもの。

目の前の男はそうやって多くの経験を積み、同じだけの修羅場をくぐり抜けてきた。

そんな厳しい環境でも優しさを失わない強い心は、淀川をいつも温かく包んでくれる。

彼も子供ではない。自分の中で誤魔化せない程に大きくなっている感情を自覚していた。

もうどうしようもないぐらい…


「…好き、なんだな。」

「ん?何が好きって?」

「(! ふっ。ダセェな…声に出ちまうとこまで来てんのかよ。……腹くくるか)いや、何でもねぇ。…鳴海。」

「んー?」

「覚悟しとけ。本気で行く。」

「?」


向けられた言葉にポカンとする鳴海を、淀川は楽しそうに見やるのだった。

淀川の治療を終え、大手術真っ只中の師匠の元へ駆けつけた鳴海だったが、目の前の光景に疑問を覚える。

2人が処置室に入ってから、かれこれ1時間以上は経っているが、その割には手術の進捗が遅いように見えるのだ。

自分ならまだしも、プロである花魁坂に限って、このような事態はあり得ない。

その理由はすぐに判明した。

花魁坂の治療には彼に対する迅速な輸血対応が必要なのだが、この練馬部隊のスタッフはそれに慣れていない。

故にスムーズな治療ができずにいたのだった。


「輸血対応交代!」

「あ、なるちゃん!そっち終わったの?」

「うん!2人とも元通り!」

「さっすが~!……来てくれて助かった。俺への輸血が追いつかなくて、上手く治療できなくてさ。」


他のスタッフに聞こえないよう、小声で鳴海へ話しかける花魁坂。

信頼する同期の登場に、その表情はすっかり安心しきっていた。

さっきの同期の言葉を借り、”任せてよ!”と元気に言い放った鳴海と共に花魁坂はいよいよ本領を発揮する。

鳴海との阿吽の呼吸で治療を進め、それから30分も経たないうちに手術を終えた。

さすがの花魁坂も今回ばかりは疲労困憊で、終わった途端にイスへ座り込む。


「京夜くん、お疲れ様…!」

「ありがとー…疲れた…」

「残りの処置は俺がやるから、少し座って休んでて。」

「うん、助かる。ありがとね。」


そうして処置をしてから10分程経った頃…

最重症患者がついに目を覚ました。


「ん…?どこだ…?ここ…」

「あ…おはよう…」

「チャラ先!?なんでいんの?てかげっそりしてんな!」

「起きてすぐうるせぇ奴だな!」

「矢颪も?何してん?」

「あ、四季ちゃん!」

「鳴海!!なんかすげー久しぶりな感じする!」

「本当だね。時間的には数時間ぐらいだけど、その間に起きたイベントが濃すぎたよ。体は大丈夫?」

「バッチリ!ありがと!」


鳴海との会話を聞きつけたのか、外で待機していた同期組がワラワラと一斉に入って来た。

例の一件で記憶があやふやな一ノ瀬だったが、入って来た面々の中に淀川の姿を見つけ、1つの記憶が蘇る。

すぐさま土下座の体勢になると、自分がしでかしたことを謝罪した。

元通りになった右足で一ノ瀬の頭を踏みつけながら、淀川はゆっくりと話し始める。


「本当だよ糞ガキ。鳴海がいなかったら義足生活だったぞ、この野郎。」

「すみません…」

「けど大事なのはそこじゃねぇ。テメェが暴走化したことが問題だ。」

「ウ”…」

「一歩間違えたら、大勢の一般人が死んでた。テメェが身も心も弱いせいでな。今回は運よく死者は出なかった。けど次は間違いなく人を殺す。お前らも覚えとけ。お前らは簡単に人を殺せる力があるってことを。しかも暴走したらそれが無差別に牙をむくってことを。これがどんだけ恐ろしいか忘れるな。だからもっと強くなれ。本能が暴走に頼らなくてすむくらいにな。」

「うっす…」


一ノ瀬の暴走に関する話が落ち着くと、次は彼の驚異的な治癒力に話題が移った。

花魁坂によれば、これには鬼神の力が関係しているらしい。

この流れで、花魁坂は本来の目的である鬼神の血について一ノ瀬を含めた全員へ語り始める。

鬼の原点である”鬼神”。

鬼ならば誰でもこの鬼神の血が流れているが、その血を色濃く継ぐ子が一定の周期で現れる。

鬼神の血は8つの特性があり、一ノ瀬は炎の特性…炎鬼としての力を備えていた。

攻撃力も治癒力も高い鬼神の力だが、それ故の弊害も当然ある。


「異常な力故に、鬼神の子は歴史上全員若くして死んでるんだ。」


多用すれば10代で亡くなることも珍しくないという、諸刃の剣のような力なのだ。

“まぁ使い過ぎなければ大丈夫っしょ”という軽いノリで、花魁坂の話は終わった。

落ち込むかと思っていたが、一ノ瀬は真逆な反応を示す。

自分の裸を見られたことを急に思い出し、恥ずかしいと叫びながら、彼は部屋の外へと飛び出して行った。

だが横を通った時、鳴海は一ノ瀬の顔が強張っているのを見逃さなかった。

あれはショックを受けてる顔だ。

鳴海は一ノ瀬の顔を見てすぐにそう思った。

優しい性格故、周りに気を遣ったのだろう。

何か声をかけたいが、どう言えば良いものかと悩みながら、鳴海もまた処置室を出る。

と、不意に聞こえてくる2つの声。

声の発生元はどうやら男子トイレのようだった。

足音を消して近づけば、皇后崎が不器用な言い方ながら一ノ瀬を励ましている言葉が聞こえてくる。

お互いに素直じゃないが、それでも確実に一ノ瀬の心は軽くなっただろう。

思わず笑みが漏れる鳴海の前に、トイレから出てきた皇后崎が姿を見せた。


「よ!」

「! お前…聞いてたのか?」

「うん。俺も何か声かけようと思ったんだけどさ、やっぱりこういうのは同い年子達の方がいいよね!」

「何だよそれ。気持ち悪ぃ。」


照れ臭そうにそう言って、皇后崎は鳴海の前を通り過ぎる。

追いかけて横に並べば、まだほんのりと赤い顔が見えた。


「迅ちゃん、良い方に変わったよね。」

「…別に変わってねぇよ。」

「変わったよ、すごく。優しくなった。いい子になったね~迅ちゃん!」


少し前に出た鳴海は、足を止めた皇后崎の頭を優しく撫でる。

突然のことに呆然としている彼をよそに、足取りも軽くまた歩き始める鳴海。

最後に頭を撫でられたのはいつだったか…

母か、姉か…どちらにしても、優しくて温かくて幸せだった。

今…それと同じか、それ以上の感情が皇后崎の心に生まれていた。

そして気づいた時には、前を行く鳴海の腕を取り、すぐ横にあった廊下へ連れ込んでいた。

驚く鳴海を、いわゆる壁ドン状態に追い込めば、今度は彼の顔が赤くなっていく。


「え、ちょ、迅ちゃん!?何、どうした?」

「急に頭撫でたりすんなよ…抑えらんなくなるだろ。」

「え?」

「…お前のせいだからな。」


真っ直ぐに目を見つめそう言った皇后崎は、鳴海の胸に顔をうずめるようにして抱き締めた。

思いがけない後輩の行動にアワアワしている鳴海を無視し、彼は静かに語りかける。

入学して最初の課題である鬼ごっこをしたあの日、雨の中で彼が言ってくれたことは正しかったのだと…


「…入学初日、俺に言ったよな?いつか前線に出て、ボロボロになって帰ってきたら…自分のありがたみが分かるって。」

「あ、う、うん…言った、ね。」

「お前の言う通りだった。お前が後ろにいるって思うだけで、めちゃくちゃ安心した。どんだけ攻撃されても、ボロボロになっても…お前が絶対治してくれるって思えば、怯まずに向かって行けた。」

「そっか…!良かった。」


一瞬ドキドキを忘れ、素直に喜びを伝える鳴海。

そんな彼をさらに強く抱き締め、皇后崎は今までずっと言えなかった言葉を口にした。


「……ありがとな、鳴海。」

「!」

「今までちゃんと言えなくて悪かった。」

「え、あ、い、いや…!そんな、全然…あ…!」

「? 急にどうした。」

「いや、何でもない…!」

「…そんな明らかに動揺しててか?」

「ど、動揺なんてしてないから!」


体を離し、顔を見上げてくる皇后崎に対し、鳴海は視線を合わせないよう顔を背ける。

だが訝しむような視線を送られ続けて耐えられなくなり、何とも小さな声で言葉を紡ぐのだった。


「……初めて、名前…呼んだじゃん。」

「は?」

「いつもお前とか、おい、とか…だったでしょ!」

「! ふっ。で、1回名前呼ばれただけで、今そんな状態になってんのか?」

「だって嬉しかったもん…!」


言いながら、鳴海の顔はどんどん赤くなっていく。

いつの間にか目で追うようになっていた相手が、自分の発言にこんなにも照れていることに、皇后崎自身が一番驚いていた。

緩みそうになる表情を必死に抑え、彼は今一度鳴海を抱き寄せる。


「…鳴海。」

「ちょ、イケボやめて…!」

「何でだよ。ただ呼んでるだけだろ。」

「そう、だけど…!俺イケメン耐性無い!!」

「…病院で助けに来てくれた時、お前が天使に見えた。」

「へ?」

「鳴海が狙われる理由知ってんのは、この中じゃ俺と四季に無陀野だけだろ?だから俺も守る…お前のこと。天使の護衛は、あいつだけじゃ荷が重い。」


病院から脱出した後の公園で、初めて鳴海が狙われる理由を知った。

当然のように”守る”と言い切った一ノ瀬とは対照的に、皇后崎は何故かその言葉が出て来なかった。

照れ臭かったのか、変なプライドが邪魔をしたのか…


「(今ならこんなに素直に言えんのにな…)」

「ありがと…!」

「おぅ。」

「でも…」

「ん?」

「…もうドキドキし過ぎるから、この体勢はダメ!」

「いでっ…!おい!」


超近距離での会話が続き、鳴海の心臓は完全にオーバーヒートした。

せめてもの抵抗で皇后崎の鼻をつまむと、鳴海は一目散に処置室へと走って行く。

廊下から出てきたところを一ノ瀬に目撃されているとも知らずに…


「ふっ…もっとドキドキしてりゃいいのに。」

「(鳴海だ!こんな廊下で何してたんだ?)って、皇后崎!?おい、今ここに鳴海いただろ!」

「(うっせぇのが来た…)いたよ。」

「俺の天使に何してた!!」

「別に。」

「嘘つくなよな!こんな暗いとこ連れ込みやがって…何してたんだよ!」

「……手、出してた。」

「!」

「あいつ…鳴海はお前だけの天使じゃねぇから。」


宣戦布告のように一ノ瀬へそう告げた皇后崎は、鳴海の後を追い処置室の方へと歩き出した。

この2人がいろいろな意味でライバル関係になるのは、そう遠い未来ではないだろう。


※鳴海くんは(一応)人妻です

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