テラーノベル
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さっきまでのドキドキのせいで、まだほんのり顔が赤い鳴海。
気になる人の思っていた以上の反応を見れて、どこか嬉しそうな表情の皇后崎。
そしてまさかの宣戦布告に動揺し、モヤモヤしている一ノ瀬。
そんな3人が戻って来たのを機に、無陀野組は鬼ヶ島へと戻るべく動き出した。
生徒たちの着替えが終わり、一行はいよいよ練馬を出発する。
「お前らもう帰るんだろ?せーせーすんな。」
「…」
「人目がつかないルートの入口まで案内します。」
「ありがとう。」
「チャラ先、京都に戻るん?」
「んーん、戻らない。」
「え?じゃあどこ行くの?」
「俺、今日から羅刹学園の保険医になったから。よろしくー」
「え!?」「本当!?」
「うん!…喜んでくれる?」
「もちろん!心強いもん!」
少し不安そうな表情で鳴海の顔を覗き込んだ花魁坂だったが、その心配は無用であった。
返ってきた答えも表情も、彼が望んでいた以上のもので…!
目をキラキラさせながら見上げてくる鳴海を抱き寄せないよう、花魁坂はまた手に力を込めるのだった。
並木度の案内のもと、地下通路を通り、とある公園へと出てきた一行。
制服姿になった一ノ瀬は歩きながら、無陀野組に急遽加入した保険医へ声をかける。
「まさかチャラ先が学校の先生になるとはなー。生徒に手ぇだしそーだな。」
「もう~四季ちゃんはそういう変なこと言う~」
「イケないことこそ燃えるよねー。」
「京夜くんも乗っからない!」
「は~い(…本当に手出せたら、どんだけいいかな)」
前を行く鳴海を見つめながら、花魁坂は悲しそうに微笑む。
一緒にいる時間は、今までよりも確実に増える。それに伴って彼への想いも強くなるだろう。
でも距離感はきっとこのまま…
そんなことを考えていた花魁坂の足はいつの間にか止まり、他のメンバーと距離があいてしまっていた。
それに誰よりも早く気づいてくれるのは…
「京夜くん!早く早く!」
全開の笑顔でこちらへ手を振る、大切で大好きな友人だった。
明るい声で返事をしてから、鳴海の元へ駆け寄る花魁坂。
横に並んで歩き出せば、彼にはいつもの笑顔が戻っていた。
「着きました。ここから下へ行けば、人目にふれずに行けます。」
「これで練馬とおさらばだな。」
「人の足吹っ飛ばして、よく笑顔で帰れんな。二度と来んな。」
「この人ずっとネチネチ言うだろうけど、また来てね。それじゃあ、必ずまた生きて会いましょう。」
そう言って地下へ降りるための扉を引き上げた並木度だったが、そのタイミングで不意に無陀野と淀川の表情が変わった。
すぐさま鳴海を隠すように立ち位置を変え、警戒を強める同期組。
一同が目を向ける先には、桃機関の桃寺神門が立っていた。
何も言わず、何も仕掛けて来ず、ただそこに立っている神門。
並木度の能力で辺りを探っても、今この場にいる桃太郎は彼1人だけだった。
笑顔で声をかけようと口を開いた一ノ瀬に対し、神門は気まずそうに視線を逸らす。
それを受け、一ノ瀬はチラッと鳴海の方へ目線を送った。
笑顔で頷く彼に、同じように少し笑みを見せると、一ノ瀬は大きな声で啖呵を切る。
「おいゴルァ!神門ぉ!テメェの勘違いのせいで大変な目にあったじゃねーかオイ!俺も暴走して悪いと思うけど、そもそもお前が踊らされなきゃ暴走もしなかったろ!頭よさそうなくせに、肝心な所でバカになんなよ!バカ!」
「(その通りだ…自分がふがいないばっかりに…辛い目にあわせてしまった…謝ってすむことじゃない…)」
「けどな!意識はうすらうすらだったけど、これだけは言えることがある。お前の声はちゃんと聞こえてたぜ。スゲー嬉しかったし、お前が本音をぶつけてくれたから、多分俺は最後まで暴走に抗えたと思う。ごめんな、助かったよ。」
「(四季君…君はなんて…温かいんだ…)ごめん!」
「ハハハ!気にすんなって。また会おうぜ!」
今までと変わらない表情で手を振って、背を向け歩き出す一ノ瀬。
その背中を追うように続いた鳴海は、最後にチラッと後ろを振り返る。
神門と目が合えば、ビルの屋上で見たのと同じ優しい笑顔で控えめに手を振った。
歩いて行く彼を見つめる神門の頭には、初めて出会ったあの祭りの日に一ノ瀬へ伝えた言葉が浮かぶ。
“大丈夫。人の彼女に手を出す趣味はないよ”
「(そういう趣味はなかったハズなんだけどな…鳴海さんのことが気になってしょうがない…)」
また会いたい、話したい…そう強く願ってしまう。
今の桃太郎と鬼の関係性では、それはかなり難しいことだ。
だが無陀野の言葉を聞き、彼の心には1つの決意が生まれた。
それを実現できれば、鳴海との関係性も何か変化が起こるかもしれない。
若き桃太郎は、生き生きとした目で帰路につくのだった。
場所は変わり、練馬桃源病院。
ここのVIP専用部屋から、見慣れた顔が出てくる。
「派手に負けたね。…お互い様か。」
「うるせーよ。」
「そんなピリつくなよ。」
「ピリついてねーよ!」
顔や体の至るところに包帯やガーゼをあてがわれているのは、練馬コンビの月詠と桜介だ。
それぞれ無陀野と矢颪にコテンパンにやられ、心身ともにボロボロ状態。
分かりやすく感情が表に出てる桜介とは対照的に、月詠は穏やかに話し始める。
「けど幸運なことに僕らは生きてる。知ってるかい?生きてさえいれば、何回だってリベンジできるんだ。当然リベンジは?」
「すんに決まってんだろ!……あ、そういえば。」
「ん?」
「今医者から、何で耳が無事だったんだ?って聞かれてよ…」
「耳?」
「あれだけの風圧を受ければ、普通は鼓膜が破けるハズだって。」
「ん~たまたま運が良かっただけじゃない?」
「運頼みはお前の仕事だろ。…俺は鳴海じゃねーかと思ってる。」
「へ?何で鳴海が桜介のこと治すの?敵なのに。」
「分かんねーよ!でもあの時…鳴海の声が聞こえた気がした。」
「ふ~ん…桜介がそんなに鳴海のこと好きだったとはね~」
「そんなんじゃねー!ただ…からかうと面白ぇし、一緒にいて飽きねぇし、能力は当然文句ねぇし…だから欲しいだけだ。」
「(それを世間一般じゃ”好き”って言うんだけどね…)」
相棒の鈍感さを微笑ましく思いながら、月詠は口元に笑みを浮かべた。
さて、羅刹組と偵察コンビはどうしたかと言えば…
神門とのやり取りを終え、再び地下通路へ降りる扉の前に集合していた。
別れの挨拶をしながら、1人ずつ順番に中へと入って行く。
最後の1人を見送り、淀川が扉を閉めようとした瞬間、不意にそこからヒョコっと顔を出す人物がいた。
「鳴海。どうした?忘れもんか?」
「んーん!違う!」
「ん?」
「えっとね、なんかたくさん迷惑かけちゃってごめん!真澄くん達がいなかったら、今こうして皆で無事に帰れてないから。」
「お前は何も謝るようなことしてねぇだろ。あいつらに早く一人前になれって伝えとけ。」
「ふふっ。うん!本当にありがとう!今度何かお礼させて!美味しいご飯とか!」
「んなのいいよ。気にすんな。」
「でも…」
「…今お前が笑ってるってだけで、俺には十分お礼になってる。」
「え?」
「俺はこの表情守るために動いただけだ。」
そう言いながら鳴海の頬に触れる淀川。
目には、他の誰にも見せないような優しい光が宿っていた。
「あ、ありがとう…!真澄くん、何か…」
「何だ?」
「い、色気がすごい、というか…ドキドキ、する…!あれだあれ、えっちだ!」
「! やめろ。俺があいつにしばかれる。」
「えっちなのが悪い!!」
「やめろつってんだろ。…うん、分かりやすくていい。お前が俺のこと少しでも意識してるって知れて良かったよ。」
「?」
「…本気で行く、って言っただろ?」
鳴海の耳元で囁いた淀川は、大人っぽい笑みを口元に浮かべていた。
あの時の言葉がそういう意味だったと知った途端、鳴海の表情は段々と赤みを帯びていく。
そんな彼の様子を面白がりながら、淀川はトーンを切り替えて声をかける。
「ほら、そろそろ行け。置いてかれんぞ。」
「う、うん…!じゃあまた!」
「あぁ。死ぬなよ。」
「もちろん!真澄くんも!」
その言葉を聞き届け、淀川は今度こそ扉をしっかりと閉めた。
この後すぐに並木度にからかわれたのは言うまでもない。
※鳴海くんは(一応)人妻です
淀川・並木度コンビと別れた無陀野組は、皆でゾロゾロと地下通路を行く。
死者を出さずに全ての戦いが終わったことで、帰り道の空気はとても穏やかだ。
「あーあ。しばらくゆっくり休みてぇなー」
「明日からすぐまた修行だ。」
「最悪じゃん!」
「なんでさっきの桃殺さねぇんだよオイ!」
「僕はまだ東京にいたい!帆稀さん!ディスティニーランド行きましょう!」
「え…?」
「疲れたろ?帰ったらマッサージしてやるよ。朝までな…」
「いや…大丈夫です…」
「…」
「はは!楽しいね、ダノッチ!」
「お前ら、黙れ。」
「ねねね!この後皆でご飯食べに行こ!」
“お疲れ様会と、京夜くんの歓迎会ってことで!”
鳴海の提案に一ノ瀬と花魁坂は真っ先に賛成の意を示す。
他のメンバーもお腹が減っているので、反対する者はいない。
あとは無陀野だけだが…
「…さっさと食べて、さっさと帰るぞ。」
「やった!ありがと、無人くん!」
他でもない妻の頼みとあれば無下にもできず、彼の笑顔に免じて許可を出した。
どこ行く?何食べる?とまた賑やかさが増す一行を、鳴海は場の後方でニコニコしながら見つめていた。
歩くスピードを遅くして隣に並んだ皇后崎は、そんな彼に話しかける。
「何、笑ってんだよ。」
「ん~?こうやって皆で無事に帰れて良かったな~と思って。」
「そうだな。」
「迅ちゃんもいろいろあって疲れたでしょ。お疲れ様!」
「あぁ。鳴海もお疲れ。」
「ありがと!…何かまだ迅ちゃんに名前で呼ばれるの慣れなくて恥ずかしいわ…!」
「! …すぐ慣れる。」
「そうかな~」
「これから死ぬほど呼んでやるから大丈夫だよ…鳴海。」
「ちょっ!耳元は、ダメって言ったでしょ…!」
「ふっ。そうだっけか?」
「あー!おい、皇后崎!鳴海に手出すなって!」
こうして、練馬を舞台にした大騒動は幕を閉じた。
新たな出会い、鬼神の力、芽生えた気持ち…
多感な若者たちにとっては、実に刺激的な出来事ばかりだった。
生まれた様々な感情を胸に、彼らは次なるステップへ!
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