テラーノベル
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「は、、…?」
たった数秒の間だったというのに、もうそこに彼は居なかった。困惑する俺の前にあるのは静かに佇む大樹だけ。じっ、と俺の様子を観察しているように思えて、無意識に唾を飲み込む。
「なぁ…、涼ちゃんの場所知ってんのか…?」
木に話しかけるなんておかしいに決まっているが、何故か無性にその温かさに触れたくなった。そっと手のひらを伸ばし、樹皮に重ねる。その瞬間、崖の下から何か物音が聞こえた。慌てて海の傍に駆け寄り、下を見下ろす。
「……あれは……、人魚?」
緩やかに波打つ水面の近くに、浜辺で動く影があった。人魚のように尾が生えており、美しい長い髪を水で濡らし、必死にもがいている。上手く表情は読み取れないが、僅かに苦しそうな呻き声が聞こえた。
すぐに崖の下へ降りようと大樹に振り向いた時、複数の足音と話し声が近付いてきた。急いで木の影に隠れ、息を潜める。暗闇の中で動く光をじっ、と観察し、会話に耳を澄ませる。
「いやあ、最近は観光も発達してウハウハですねえ!!やっぱり町長さんの、”人魚を使うビジネス”ってのは、だいぶ良かったんじゃないですか?」
「ははは、まあ、あれは我ながら冴えてましたね。まさか本当に人魚が人間に力を貸しているとは…。 だが、パワースポットだと言うのに効果が不安定なのはあまり宜しくない。実は、最近海に罠を仕掛けたんですよ。あの人魚さえ捕まえられれば、この観光スポットは安定する!どうですか、この計画は!?」
「流石です!!あっぱれ!!やはり天才というのは町長さんのことを言うんですね〜!」
完全に金に目が眩んだ汚い会話に、さっきの人魚が思い出された。まさか、この男が海に仕掛けた罠に引っかかってしまっていたんじゃないだろうか。
「…くっそ、…どこまでも汚ねえな… 」
そうと知れば、こんな所で隠れている場合なんかじゃない。今すぐ助けに行ってあげないとこいつらに捕まってしまう。その”人魚”とやらが涼ちゃんと言う確証は無いが、今はただ前に進むしかない。大きく深呼吸し、1歩踏み出した時、大きな失態を犯してしまった。暗い地面に紛れていた小枝を踏んでしまったのだ。静かな空間に響いた、乾いた音。それがアイツらに聞こえないはずがなかった。
「やっべ、…」
何だかやけに既視感がある状況だったが、そんなことは考えてられない。もうこのまま見つかるのも構わず走り抜けよう!と覚悟を決めた瞬間、可愛らしい猫の声が響いた。
「にゃあ〜ん…、」
「…なんだ、猫か?あれ、これ町長さん家の隣が飼ってる子じゃないですか?」
「あぁ〜あの人か。あの人には世話になってる、 夜は危険だからな、家に送り届けてやろう。」
何処からともなく現れた猫が、タイミングよく注意を引いてくれた。その隙に駆け出し、急いで斜面を下り降りる。
「…っととと、…あっぶな!!!」
あまりにも急な斜面にスピードが安定せず、足が絡まりそうになったが、必死に踏ん張り何とか姿勢を持ち直す。
「えっと…、こっちだっけ」
久しぶりの故郷でも道は忘れてしまっているものだ。崖を降りた先の道を完全に直感で左に曲がり、砂浜が続く道へと歩みを進める。
「…うぅ、……はぁ……っ、は……」
暫く砂浜を歩いていると、荒い呼吸と横たわる影が見えた。考えるよりも早く走り出し、傍に駆け寄る。
「涼ちゃん!!!」
涼ちゃんだという確信なんてないのに、口が勝手に名を呼んでいた。その呼びかけに答えるように顔を上げた人物。それはまさに、探し求めていた人だった。
「…ぁ、?ぇ、…だれ、…?」
長く淡い色の髪の毛が顔に張り付き、目も赤く腫れている。瞳の焦点も上手く合っておらず、何かがおかしいのは明らかだ。
「っ、………会いたかったよ涼ちゃん!!!!!あの時、なんで行っちゃったんだよ…、!」
衣服が濡れるのも構わず、その身体に近づき強く抱き締める。ぐったりと身体を預けてきた涼ちゃんの顔を再度覗き込むと、眠るように瞼を伏せていた。
「涼ちゃん、?」
涼ちゃんの異変に気づき、1度身体を砂浜に横たわらせる。さっきは再会したことに必死で気にかけていなかったが、上は裸で、下は想像通りの人魚の体になっている。見慣れないそれをまじまじと見つめていると、涼ちゃんの、尾びれに当たるだろう部位に何かが引っかかっていた。
「これ………ワイヤー?」
尾びれに絡みつくように食い込むそれは、海の中から続いていた。よく観察してみれば、ワイヤーが巻き付く部位から僅かに出血もしており、海水が赤く染っている。
「まさか町長が言ってたやつか…?やっぱりあの話は涼ちゃんのことで…」
あまりに残酷な事実に、拳を固く握りしめる。なんで涼ちゃんがこんな目に合わなきゃいけないんだ。金儲けの道具なんかじゃ決して無いのに。溢れ出る怒りを必死に抑え、冷静を保つ。まずはこのワイヤーをどうにかしないと。
「ごめん涼ちゃん、ちょっと触るよ。」
青、水色、緑、と様々な色を浮かべる鱗に覆われた尾びれに触れる。ザラザラとした初めての感触に少し躊躇ったが、なるべく刺激しないようワイヤーに触れる。指先が触れた時、涼ちゃんの身体が大きく跳ねた。
「…ぅ……や、だ!!いたい、!!!」
痛い!!としきりに叫びながら、砂浜の上をバタバタと転げまわり始めた。暴れる度にワイヤーは更にくい込み、砂の上にも赤が滲み始めた。
「涼ちゃん!!!大丈夫だから!!」
少々手荒だが、暴れ回る涼ちゃんの上に跨り、無理やり身体を押さえつける。暫くは抵抗するように尾をバタバタとさせていたが、俺の顔を見るやいなや、ピタリと動きを止め、大声で泣き始めた。
「ひろ…と…、ひろとぉ!!!!ぼく、ぼくずっと、……!!っ、ぅ…うわあぁぁぁん!!!!!」
まるで赤子に戻ったかのように泣きじゃくる涼ちゃんの頭を優しく撫で、ひたすらに声をかけ続ける。
「大丈夫、大丈夫だよ。俺が居るから。」
暫くすると安心したのか、自身の手の甲で涙を拭いながら深く深呼吸をし、ゆっくりと口を開いた。
「その、…あそこの崖に人影見えたから様子見に行こうとしたら、いつものとこにこの変なのがあって。ちょっと絡まっちゃっただけだと思ったのに、どうやっても解けないの。」
涼ちゃんの髪の毛を優しく撫で続けながら、そっと身体から降りる。恐らくこのワイヤーは、暴れれば暴れるほど食い込むように設計されているんだろう。本当にどこまでも悪質だ。
「ちょっとまってて、すぐ解くから。」
とは言ったものの、何も鋭利なものは持ち合わせていない。しかも、このワイヤーは見た感じでもかなり丈夫そうだ。何か道具を取りに行ってる間にも、あの町長達がここを見つけるかもしれない。
そんな葛藤を繰り返していると、何か下から明るい光が俺の顔を照らした。眩しさに目を細めながら光の正体に目を落とすと、それは首元からかけられたネックレスだった。
「滉斗、それで切れるかも。」
「これで?」
ただのネックレスがワイヤーを切れるはずない、そう思いながらも、光り続けるそれを首元から外し手のひらに乗せてみる。
「なにこれ、…」
ネックレスを瞳に映し、思わず驚きの声が出る。紋章が刻まれていたそれはいつの間にか鋭利な形に変形しており、ワイヤーを切るのに最適なものになっていた。にわかには信じ難い現象だが、そもそもの涼ちゃんが人魚だと言う事実もまるで夢を見ているようだ。
「…ちょっと我慢してね、涼ちゃん。」
「うん……………。」
小さなネックレスを掴み、尾びれに手を添えワイヤーに刃先を当てる。視界の端に映る涼ちゃんの手のひらが、強く砂を握りしめているのが分かった。なるべく鱗を傷付けないように、慎重にワイヤーを切り進める。不思議と力の抵抗はなく、まるでワイヤーが細い糸だったかのように思えるくらいだ。
「…よし、!取れたよ涼ちゃん!!」
「え、…もう?」
あんまり痛くなかった!と僅かに微笑んだ涼ちゃんを見つめる。手の中に握られていたネックレスをつけ直しながら、思い出の中を辿る。笑顔はあの頃から何も変わっていなくて、俺の中と記憶と完璧に重なった。
「涼ちゃん、なんで…」
なんで人魚だってこと黙ってたの?、そう言おうとしたのに、その言葉は誰かの怒鳴り声によって掻き消されてしまった。
「おい!!そこの若いの!!!夜の海に近付くんじゃねえ!危ねえだろ!!」
いつの間にか近くに来ていた小さな小舟から、見知らぬ顔のおじさんが怒鳴りつけてきた。おじさんは漁師のような見た目をしていて、きっと俺が海で夜遊びでもしてると思ったんだろう。
「え、ぁ…す、すみません!!!すぐ退きます!!」
「、ったく…これだから若いのは……… 」
ぶつくさ言いながらも去っていった小舟を見送り、ズボンの砂を払い落としながら立ち上がる。何故あのおじさんは涼ちゃんについて触れなかったんだろう。そんな疑問を抱きながら涼ちゃんに振り向く。
「…………、涼ちゃん?…」
コメント
3件
更新ありがとうございます✨ 遂に涼ちゃんが…😭😭😭 涼ちゃんの人魚なんて、美しいだろうなぁって想像しながら読んでいました💕 若井さんと再会できて良かった😭 この日までどこで何をしてたんだろうとか、色々考えながら読んでたら、涙が止まらなかったです😭 ほんとに切ない💦 でも助かって良かったです✨