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そんな風にして入手した、白川の裏アカウントのやり取りを覗いてみれば、女子高生や女子大生ばかりを物色し、襲いたい妄想を語り合う中年男たちの吐き気を催すやりとりが並んでいた。
――しかも今、その白川が明都大から一駅の距離に潜んでいることまで僕は知ってしまった。
これが、偶然であるはずがない。
何故なら白川は塾講師という立場から、沙良が明都大に合格したことを知っていたはずなのだから。
(気持ち悪い男だな)
そう思いはしたが、不幸中の幸い。白川は、沙良の住まいまではまだ特定していないようだった。だけど、それも時間の問題に思えた。
僕のあずかり知らないところで沙良に被害がなかったから良かったものの、沙良をつけ狙う男が彼女の近くにいたと思うと、実に嫌な気分だ。
僕の沙良が、他の男の手あかに汚れるとか、絶対にあってはいけない。
――もっとも、この〝駒〟をどう動かすか考えると、悪くない気分でもあった。
さて、この男をどう利用してやるのが最も効果的かな?
白川の〝嗜好〟は、僕にとって格好の材料だった。
正面から沙良に近付けば、まだ完全に警戒を解いていない彼女はきっと身を引く。
だが、外部からの脅威に晒されれば――話は別だ。
僕は白川に直接接触はしなかった。そんな真似をすれば、余計な足跡を残す。
代わりに、〝smile_myu〟が入り浸っている匿名掲示板に、海外経由のサーバーから作った捨てアカで忍び込み、ゆっくりと餌をまいた。
『M大文学部の二年に、すげぇ大人しくて可愛い子がいる。smile_myuさんのアイコンの後ろ姿にそっくり。地味メガネで芋っぽいけど、絶対に化けるタイプ』
『大体いつも水曜と金曜の十六時半過ぎ、正門からひとりで出てくる。人通りの少ない川沿いの道を歩くから、声かけるのも簡単だと思う。俺、この前ちょっと肩に触れてみたけど、ビビって固まってた。次はもう少し踏み込んでみようかな』
ほんの数行の書き込み。それだけで十分だ。
あとは、白川の中に沈殿している汚泥みたいな執着心が、自動的に動き出す。
数日後、調査員から上がってきた報告に、僕はゆっくりと口角を上げた。
白川が水曜と金曜の十六時過ぎになると、明都大正門が見えるカフェや駅近くのベンチで、何時間も暇を潰すようになったらしい。
視線は常に正門の方角。まるで獲物が現れる瞬間を待ち構える獣だ。
――沙良を見つけるために違いない。
もちろん、僕はそんなことが起きるずっと前から、沙良の通学ルートも生活パターンも全て把握していた。
何曜日の何時にどの道を歩き、どのカフェでコーヒーを買い、どの書店で立ち読みをするか。――全部だ。
その中から、白川が待ち伏せしやすい地点と時間を選び、まるで偶然を装うように、匿名で流してやる。
外部からの恐怖は、人を頼らせる。
例えそれが、僕が作り出した恐怖でも、――ね?
***
僕が匿名掲示板に餌を投げ込んだだけで、白川はあっさり動き出した。
それだけで、奴の思考がどれほど単純で、どれほど渇いていたかが分かる。
僕が言うのもなんだけど、沙良に対する執着も相当なものだ。
だってそうだろう?
普通あれだけの内容で、書き込まれた子が沙良かも? なんて思わないはずだもの。