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「レギュラーメンバーを伝えます。」
ついにこの時が来た。ここ二ヶ月は一度もサボらず堅実に的を捌いき続けた。千鶴たちはごくりと唾を喉の奥へ入り込んでいく。
「西島、三崎、小杉賢一、と補欠の深津で決まりだ。」
深津…それは架那の苗字だ。千鶴は唖然とした。数少ない部活で仲良くなった人が先輩と共に試合に出る。それも補欠として。つまり、顧問は「架那は使える」と少しでも思ったということだ。
「…以上で終わりだ。何か、質問はあるかぁ?」
すると多くの先輩方が質問した。
「三﨑さんはこの前の大会で補欠と交代して一本も当たらなかったじゃないですか。それで、引退最後の大会で副部長が出ないのはおかしいですよ…」
「西島さんは本当に使えるんですか?スランプ気味とか仰られていますけど…」
いきなり、顧問の選択ミスだと訴えかけるが顧問の意思は変わらない。千鶴の名前は出なかった。悔しくて堪らない。千鶴の中には信じられないほどの嫉妬心が生まれた。だが、先輩達は架那については一つも言及していない点と架那の普段の成績を考えてみれば間違いは一つも見当たらない。千鶴もそう思っていた。
顧問が道場から離れれば罵声が飛び交う中、一人静かに膝から崩れ落ち、啜り泣いている弓道生がいた。それは架那だ。
心配して話しかけると
「デビュー戦は千鶴と一緒に出たかったな…ごめん、ごめんっ。」
と、謝りつつ大号泣していた。今更、何を言い出したのだろうか。元々、架那は芽依の次に上手いから補欠枠を取れて当たり前だった。だが、千鶴も架那もやり切れない気持ちでいっぱいだった。その中で架那は千鶴の手を引っ張り、急に弓と矢を取り、射場に立った。そして、間発入れずに矢を手にかけ弓を引き架那は体の中心にビタッと止めた。そしてグッと肩甲骨に力を入れ、ふっと矢を放つ。そして、架那の矢が的を射る。ここまでが定石だ。だが、これまでよりも鋭く素早い矢を放った。
その瞬間、千鶴がいる方を向いて
「千鶴!次のデビュー戦、一緒に出よっ!」
と、大きな声で叫んだ。何を言っているのか分かっているのか。周りがざわつき始める。否定的な意見から肯定的な意見まで混ざり始めた。だが、架那は周りがどうとか関係がない。自分が正しいと思うその気持ちを突き通すのだ。そして、周りの空気を変えることが得意な人間だ。
「架那ちゃんっ!急になに言い出してるの?笑芽依ちゃんが枠にあるし、先輩だって10人以上いるのよ?次の大会まで千鶴さんが上手くなるわけないし…しかも冬だから笑」
一人の弓道生から真っ当な意見が飛んできた。だが、架那はそんなことはお構い無しに更に畳み掛ける。
「私は貴方よりも、千鶴に未来があると思うの。」
その言葉が深く突き刺さった弓道生は泣いてしまった。千鶴が架那の目を見た。希望に満ちた瞳に威圧感を感じた。千鶴が懸命に止めたところ正気を取り戻した架那は、道場の外へ出て行ってしまった。
千鶴は異様な雰囲気に誘われ架那の後を追いかけた。架那の目には涙が浮かんでいた。持っているハンカチでそっと拭き取る千鶴を架那はじーっと見つめた。
「……っ」
ボソッと何か呟いた架那に千鶴は何を言ったのかをきいた。すると、架那は千鶴の頬に手を当てて
「ほんと…綺麗だね」
と、言った。何が綺麗なのか理解出来ない千鶴はどうすることも出来ないぐちゃぐちゃした感情に溺れそうになった。だが、千鶴はそんな架那に甘えるほど子供では無い。すぐに道場へ戻ろうとする千鶴を見て架那は
「千鶴が傷つくことを平気で言う連中の元に行っちゃうの?」
と、擦り寄ってきた。このままこの子のペースに合わせていられない。そんなことは分かっている。筈なのに、千鶴は架那と関わってしまう。こんなんだから自分は一生成長出来ない自堕落人間なのだと痛感するばかりだ。
「うん。戻るよ…別に架那には関係ないでしょ」
冷たくあしらうと架那は弱々しく
「わかった」
と言うから、ますます心が痛むのだ。