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「そ、そうなのか?」
「そうですよ! あたしはずっと、リカルド様にしか頼んでないです」
「しかし、教えるのはジェードの方がうまいし、なにより君はその……ジェードのことが、その、す、す、好き、なのかと」
「めっちゃいい人だと思ってますけど、そういう意味の好きじゃないですから!」
「そうなのか……」
そうだよ! なんでそんな意外そうな顔するの。あたしが好きなのはリカルド様なのに。リカルド様にそういう誤解をされるのが、一番辛いのに。考えるほどに悲しくなってくる。
「だいいち、どうしてリカルド様がそういうことをジェードさんに頼むんです? どうして……」
あたしに教えるのが嫌ならいっそのこと放って置いて欲しかった。まさか自分の想い人から、他の人との仲を取り持とうとされるだなんて。うっかり涙が盛り上がってくるのを止められない。
「どうしてと言われても、俺は少しでもユーリンのためになればと思って……」
「あたしのため? どうして……」
涙目のままリカルド様を見つめたら、なぜかリカルド様はしばし固まったあと、急激に真っ赤になった。パクパクと酸素が足りない魚みたいに口を開け閉めして、あたしからサッと視線を外したリカルド様はいきなりバッと立ち上がった。
「す、すまん!」
「あっ!」
リカルド様が小さな何かを唱えようとしたのを察知したあたしは、無意識にリカルド様に飛びかかっていた。
だって、いやな予感がしたんだもん。
そしてリカルド様の腕にしがみついた瞬間に、そのカンが正しかったことを確信する。絶対いま、リカルド様、転移で逃げようとしたよね?
遠征中に何度もおせわになった魔法だもん。
「はははははは、離して、くれ……!」
「離しません! 転移しないって約束してください」
「や、約束する、約束するから、離してくれ……!」
でっかくって分厚い体から蚊の鳴くような震え声が出たところで、あたしはようやくリカルド様を解放してやることにした。
リカルド様のことだから約束したことは守ってくれるだろうし、なによりすっかり腰が抜けたようになってるからもはや逃げられることもないだろう。
「なんでこの話の流れで逃げようとするんですか!あんまりじゃないですか!」
「す、すまん」
「すまんすまんって、意味が分からないです。ちゃんと理由を話してください」
詰め寄るあたしに、リカルド様はぐっ……と喉をつまらせる。眉間に深ぁい皺をよせ、苦悶の表情を浮かべたリカルド様、しばらく悩んだあと、がっくりと肩を落とした。
「もう少しだけ時間をくれ。今はまだうまく言葉に出来ない。絶対にちゃんと言葉にすると誓うから」
リカルド様はずるい。
そんなふうに素直に謝られてしまったら、これ以上追求できないじゃないか。物理的に逃げられちゃうのは防げても、この攻撃は防げないなぁ。リカルド様、手強い。
「ユーリン……?」
所在なげな感じで伏し目がちにチラチラ見るのやめて。強く言えなくなっちゃうじゃない。
「分かりました、しばらく追求しないことにします」
「! ありがとう!」
しょうがないなぁ。そんなに安堵した顔されたら、もう何も言えないよ。
そうだよね、理由なんか無理に聞き出すこともない。前みたいに普通に話せるようになるなら、細かいことなんて本当はどうでもいいんだ、きっと。
ただ、これからも普通に会えるように、ひとつだけ約束をとりつけておかないと。そう思ってあたしは念押しの一言を口にする。
「それで、誤解は解けたと思うんですけど……これからはちゃんと、リカルド様が教えてくれます?」
「もちろんだ」
力強く請け負ってくれるその顔に、もう迷いはないみたい。これまでの十日にわたる悲しさもこれで解決できたと思えば、成果は上々だろう。思わず口元がほころんだ。
「良かった。よろしくお願いします、先生」
「先生はやめてくれ、面映ゆい。これまでの分も取り戻せるよう全力で教えるから許して欲しい」
「もういいです、誤解も解けたことだし」
そうだよ、よく考えればあたしみたいな劣等生が首席騎士様とこんなふうに普通に話すことだって、本当はありえないことだったんだもんね。
わがままばっかり言える立場じゃなかったよ。
「ユーリン」
「はい?」
「その……」
あれ? どうしたんだろう。やっと討伐演習の時みたいなくだけた雰囲気になったと思ったのに、またリカルド様の目がおよおよと泳ぎ始めた。
今度はどうした?
「どうしました?」
「いや、言いにくいことを思い出した」
「そこまで聞いたら気になるんで言っちゃってください」
「うむ……」
頷いたのに、それでもリカルド様はうなったままなかなか口を開かない。でも、さっきみたいに「時間をくれ」って言わないあたり、今話すつもりはあるってことだろう。
焦れる気持ちを抑えつつ、あたしは辛抱強く待つことにした。とりあえず、頑張れ、リカルド様。
「……ユーリンは嬉しくないかも知れないのだが」
おっ、話す気になったか。リカルド様の心が折れないように、あたしはただ頷いて話の続きを待つ。
「討伐演習の話を聞いた父と母が……」
そこで一回ゆっくりと息をつくリカルド様。やっぱりとっても言いにくい話ってことなんだろうけど、リカルド様のお父さんとお母さんが関係する話なんて想像もつかないな。
頭の中に? を浮かべながらリカルド様を見たら、眉毛がちょっとだけ下がっていた。
「ユーリンを家に連れてこいとうるさくて」
「はい!?」
我ながら素っ頓狂な声が出ちゃった。だって予想外にもほどがあるんですけど!?