フェニックス吉祥寺校の神7のひとり、上杉陸斗は『努力の天才』である。
これは吉祥寺校講師の間では知られている話だった。
神7の中でも数合わせ的ポジションに居るのもそうだが、毎日毎日、塾に自習しに来ているのもそう言われる所以だった。
今日は水曜日。
S1クラスの授業は無いが、前述の通り、上杉陸斗は今日も自習に来ていた。
隣の教室では陸斗と恋人関係にある、灰谷純は現在、五年のS1クラスの算数の授業をしている。
子供達の元気な声が聞こえてくる。
誰かが問題の正答を答えたらしく、灰谷がそれを嬉しそうな声で褒めている。
それが、心をじんわりと
蝕んでいるみたいで嫌になる。
キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン…
授業終了のチャイムが鳴る。陸斗は、いつもなら
これが聞こえると自習を終えるようにしている。
いつもなら。
今日はあと3ページほど算数をやってから帰るつもりだ。
だが、最後の1問が、なかなか解けない。
だから、じっくり解く。わからなくて、小休憩を挟む。また解く。休憩をする。解く…いつしか、これの繰り返しになっていた。
「あれ、リクト!」
「あ、灰谷先生!」
くる、と顔を向け、満面の笑みで答える。
ふ、と相手も微笑んでこういう。
「どうしたの。問題でなんかわからないのかな?」御名答だ。
「ここなんだけど…わかります?」
「うん…………リクト、これ、かな〜〜りムズい年度の灘の問題だよ?ほら。」
「えっ!?灘、あ、ほんとだ…」
どうやら前世紀の灘の問題だったらしい。
解けないのもそりゃ納得だ…と思った。
「リクト、もうちょっと注意深くね?こう見えても、僕、牽制で忙しいんだ。」
「なにそれ」
瞳にすっ、と影を落としたのが見えた。
「誰かに陸斗を取られないように。」
膝を折ってからぎゅ、と抱き締められる。
ぽかぽかして暖かい。
「………………誰かに、見られますよ」
「いま残ってるの、僕と陸斗だけだよ。」
なら、いいのか…?
「ていうか、」
「僕と帰りたいんだったら、言えば良いのに。行けるとこまで行くのに。」
「子供みたいになってますよ。」
「疲れてるの。」
気が済んだのか、ふうっと息を吐いて離れてしまった。
「灰谷センセ。」
「帰りましょ。」
わかってるから。と返事が帰ってきた。
(ここから灰谷視点)
きっちりコートを着込み、お互いリュックはパンパンだ。
だが、一歩外に出てみるとすごく寒い。
雪もちらついている。
試しに陸斗がはぁと息を吐くと、雪が消える代わりに白い吐息が見えた。
「灰谷センセ。」
小さい顔がこちらを見上げる。
「手、繋ぎません?」
……………………………………………………は?
「いや、流石にそれは…」
「嫌ですか。」
「いや、勿論したい!けど…………」
「バレたくないです?なら、」
スッ、と手を取られ、僕のコートのポケットに手を入れた。陸斗の手もろとも。
「………………………なるほど。」
「これならいいでしょ?」
いたずらが成功したかのような、無邪気な笑みを浮かべていた。
「うん。」
「満点回答だね。」
そう言って僕らは、凍えるような寒さの中、駅に歩き出した。
あとがき
次話はバレンタインでマカロンを贈る順海です。私の気まぐれで灰陸も混ざるかもしれません
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