「ここが中園邸。私たちは裏門から出入りしますから、覚えておいてね」
「はい」
「こっちよ」
さすがは、国内最大手ゼネコン【中園建設工業】の社長、中園篤志邸……裏門を目指して壁沿いに歩く、その壁が長い。
「広いですね」
「そうね。でもうちの会社から伺うお宅は、こういうところばかりよ?この壁分の住居スペースがあるわけでもないから仕事はこなせるわ。ここは社長のご趣味で駐車スペースが広い敷地なの」
私、桑名真奈美は、家事代行サービス会社勤務から、様々なスキルアップをして、富裕層専門家政婦サービス会社へ転職した。
今、私の前で裏門の開錠のためカードをかざしているのは、私の上司にあたる田中さん。
田中さんは、私たち部下の勤務態度や、業務完了度の確認のため週に2回ここへ通って来られる予定。
私は今日から、ここで住み込み家政婦として働く。
壁の内側へ入った私が目にした住居建物は、田中さんの口ぶりから想像したよりもずっと大きい。
「二階建てですね……」
巨大な長方形が横たわったような建物を見て、見れば分かることを口にしてしまう。
「地下もあるけど、中園建設工業の仕事関係の蔵書や資料などがあるだけで、普段の清掃作業範囲にもなっていないから行くことはないです。必要があれば、中園様から会社に連絡が入るので、その時に日常清掃以外のスケジュールを組みます」
「分かりました」
「ここが、桑名さんの部屋です」
へっ……?
ビックリしたのは、建物の裏から入ってあまりにもすぐに私の部屋があったから。
「そのキャリーバッグ分しか荷物はないのね?ベッドの上に制服が置いてありますから、すぐに着替えてください」
「はい」
「着替えたら、この長い廊下の先に玄関ホールがあります。その左手に他の社員がいますのでそこへ来てください。紹介します」
長い廊下の先は全く見えないけれど、私はとてもワクワクしていた。
よし……まずは着替え。
シンプルなブラックワンピースは白襟つき。
それに、フリルのサロンエプロンをつけると、長いストレートの髪を真後ろでキュッと束ねる。
よく出来ているわね……コスプレ用のメイド服ではなく、実際に制服として採用されているワンピースにはファスナー付きのポケットがふたつある。
白いサロンエプロンにも、ペン差し付きの深いポケットがついている。
私は荷物から、手のひらサイズのメモ帳とペンを出してエプロンポケットに入れ
「ここから……頑張ろっと!」
両手で拳を作って気合いを入れた私は、誰もいない長い廊下に出た。
手にある鍵で部屋をロックして、その鍵など大切なものはワンピースのポケットへ入れる。
そして会社の研修で教わった通り、廊下の左側を歩いて、ここで一緒に働く方たちの元へと向かった。
ふわっとした足元に目をやると、さっきの私の部屋がシンプル以下の質素さにも一瞬思える。
パイプベッドと平机にパイプ椅子……パッと見た感じでは、それだけしかなかったと思う。
でもいいんだ。
玄関ホールが目に入ると、右側にインテリアの一部にも見える螺旋階段がある。
左って言ってたよね……
左側を見ると、小さなドアが開けたままになっており、田中さんの後ろ姿が見えた。
「お待たせしました」
私の声に振り返った田中さんが、私の肩を持ってくるりと一周回すと
「身だしなみ、OKね。ここが第一家事室です」
と体の向きを変えた。
「今日からの桑名さん、彼女は住み込みです」
「桑名真奈美です。よろしくお願いします」
私がお辞儀から上体を起こすと
「広瀬です。住み込みで月曜日にお休みをいただいています。桑名さんは日曜日のお休みでいいですか?」
と左端のショートボブヘアの方が言う。
「はい。大丈夫です、広瀬さん」
聞くだけでなく、こうして一度名前を口にすると覚えやすい。
「私は月、金、ここで勤務です」
田中さんがそう言ったあとに、広瀬さんの隣の北田さん、前川さんが名乗る。
北田さんと前川さんは通いの家政婦さんで、所属会社は、全員私と同じだ。
コメント
27件
お邪魔します!やっと見つけられました😅
追っかけて来ました❗️ 楽しみに読ませて頂きます☺️
追っかけてきました😊 テラーは初めてなので慣れるまでアタフタしそう😅 どんなクセのある人物が登場するのか楽しみ😌