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蓮はその事実にホッと胸を撫で下ろすと安堵の溜息を洩らした。
「そっか、よかった。実は僕もあの日は色々あって遅くなってしまったんだ。ずっと謝りたかったんだけど、中々タイミングが無くって」
「そうだったの!?」
蓮の言葉に、今度はナギが驚いたように目を丸くする。
お互いの誤解が解けたことで、二人の間の空気が少しだけ和らいだような気がした。
「あーぁ、もともとヤる為の約束だったし、アンタが一人で悶々としてんの陰でこっそり覗いて笑ってやろうと思ってたのに」
「ちょっ、そんなこと考えてたの?」
「だって、そりゃ……シャワー室でびしょ濡れにされたし? 嫌だって言ってるのにあんなとこでエッチな事してくるし……。やりたい放題されてムカついたから仕返し してやろうとは思ってたけど……」
拗ねたような口調でぶつくさ文句を言う彼は、何処か恥ずかしそうに頬を染めている。
「俺さ、やられっぱなしは性に合わないんだよね」
そう言って、手を伸ばしてきた彼に手首を掴まれ引き寄せられる。
「わ、ちょ……っ」
「まぁ、正直気持ちよかったし……悪くはなかったけど」
ナギは蓮の首にするりと腕を巻き付けると、そのまま唇を寄せてくる。
ちゅっと軽く触れ合ったかと思うと、ぬるりとした舌先が蓮の下唇を舐めた。
「相手を翻弄するのは好きだけど、されるのは嫌いなんだ俺。覚えといて?」
至近距離で妖艶に微笑みかけられ、蓮は思わず息を呑んだ。なんて扇情的な表情をするんだろう。
自分の指に相手のそれが絡んだかと思った瞬間、ぐいっと力任せに引き寄せられて体勢が崩れる。
繋いだままの蓮の人差し指を口元まで持っていくと、あろうことか彼の口に吸い込まれて行った。
「っ、な……っ」
生暖かい口腔内で指の腹にざらつく感触が伝わり、思わずビクッと肩が跳ねる。
ぴちゃ、くちゅっ……と厭らしく響く水音が鼓膜を震わせ、ゾクリとする感覚が背筋に走った。
ナギの瞳がスッと細められ、まるで獲物を狙う獣のような眼光に捉えられる。
「……っ」
これは、まずい。このままではナギのペースに呑まれる!
慌てて引き抜こうとしたが構わず舌で絡め取られ、ねっとりと執拗に攻め立てられる。
ピチャ、チュッ……と淫靡な音を響かせながら上目遣いで見つめられ蓮は身体の奥底から沸々と湧き上がる熱を感じた。
「もう勃ってるじゃん……こんなところで指舐められて興奮してるの? 変態だね、お兄さん」
「……っ、いい性格してるじゃないか……」
空いた手で股間をなぞり上げられ、蓮は顔を歪ませた。
「それはお互い様でしょう? あーでも確かに……俺も人の事は言えないかも。ねぇ、もうここでシちゃおっか?」
悪魔のような誘惑の言葉を囁きながら、挑発的な指先が形をなぞるようにゆっくりと掌全体で擦り上げられる。
「っ、は……」
思わず吐息が漏れた。
「あはっ、やっぱり……気持ちいいんだ。お兄さんのその顔、すっごくえろい……」
耳元で囁かれる言葉と共に熱い吐息がかかり全身に痺れが走る。こんな場所ではダメだと頭ではわかっている。けれど目の前にいる美しい雄鹿が発する魔性の色香に囚われ理性が持っていかれそうになる。
「……っ」
蓮の吐息が甘く震えた瞬間――
「ナギくーん? どこー? 次のシーン少し早めに始めるってー!」
「!!」
突如聞こえてきた美月の声にハッとして、二人同時に動きを止めた。
「あーぁ。残念。続きはまた今度、かな?」
名残惜しそうに手を離し、至極残念そうにナギが微笑む。
その妖艶な笑みに当てられて、蓮は生唾を飲み込んだ。
「それじゃ……またあとでね?」
そう言って去っていくナギの後ろ姿を見ながら、ずるずると腰を落として蓮は盛大なため息を吐いた。
(ほんと……タチが悪い……)
あの変わり身の速さに呆れつつも、耳に残る悪魔のような甘美な囁きが、じわりと熱を呼び覚ます。
さっきまで絡め取られていた指先には、まだ舌の感触が生々しく残っていた。
「……っ、クソ……」
乱れた呼吸を整えながら、蓮は額を押さえ、押し寄せる衝動を必死に抑え込む。
――もし、次があるとするなら……。そもそも、次なんてあるのだろうか?
ふんっと鼻を鳴らし、当然のように「またね」と言い切ったナギは、蓮の胸の奥に渦巻く不安や、触れられるたび疼き出す古傷のことなど知る由もない。
トラウマを知られるのは怖い。
でも――さっきの熱は、確かに心地よかった。
そんな相反する感情が、喉の奥で苦く絡まり合う。
体の熱が引いてもなお、蓮はしばらくその場から動けずにいた。
互いの連絡先を交換し、ナギと別れた後。蓮はすぐに凛の元へと連絡を入れた。
『どうした?』
「……今回の撮影の件なんだけど……。引き受けるよ。もしかしたらトラウマで撮影を続けられなくなる時が来るかもしれないけど……。それでも、やっぱりやってみたい」
『……』
電話越しに小さなため息が聞こえてきて、不安がよぎる。やっぱりそんな中途半端な覚悟じゃダメだっただろうか? それとも邪な気持ちを見透かされてしまった?
『俺も監督も最初からお前しか考えていなかったんだがな』
「え? そうだったの!? もし、断ってたらどうするつもりだったんだ」
『お前なら絶対にやるという確信があった』
「……」
なんだそれ。その根拠のない自信はどこから来るんだ。
あんな不甲斐ない姿を目の当たりにしたのにどうして――。
「兄さんは僕のこと買い被り過ぎだよ」
『そんなことはない。現にこうしてちゃんと戻ってきたじゃないか』
「それは……そう、だけど」
『お前の性格は俺がよく知っている。だから、必ずお前ならやるというと思っていた』
「……」
なんだかずっと、兄の手の上で上手く転がされているような感じがして面白くない。
だが、兄に適う気が全然しなくて、蓮は降参だとばかりに溜息をついた。
『台本は以前渡しただろう? 撮影前までにしっかり読み込んでおいてくれ』
「あぁ。わかった」
台本なんてもう全部頭に入っている。昔の勘はやりながら取り戻すしかないだろう。
電話を切り、短く息を吐きながらスマホをポケットに突っ込む。
ふと、帰り道のバス停から見える海岸線が目に入った。
足が止まり、砂浜へ降りる階段の前まで行く。
けれど、潮の匂いと波の音に胸がざわつき、気付けば足が後ずさっていた。
(……やっぱり、まだ無理か)
それでも今は――仕事に集中しよう。
やると決めたからには中途半端なものは見せたくない。
今自分にできることを全力でやる。そう心に誓って家路についた。