セーフハウスに帰り、私服に着替えて横濱の街並みへと出掛けた。スーパーやドラッグストアで生活必需品の買い出しを済ませ、故意にしている洋酒店へと向かう。品揃えが豊富で、当たり年の物やマイナーだが美味い物まで揃っている穴場だ。店主に声を掛けると、ちょうど年季の入ったヴィンテージが入ったとの事。俺は迷わず即買いした。タイミング良く良い酒が入り、俺は上機嫌だった。ところが店を出た瞬間、俺の気分はフリーフォール並に落下した。反対側の歩道に、彼奴の姿が見えたのだ。寄りにもよって何故今とは思ったが、無視して帰る事にした。彼奴は笑顔で、横に居る友人たちと話していた。一人は例の人虎だろう。芥川が物凄く嫌っていた。もう一人は長身の眼鏡だ。ああ、彼奴に怒っている。やめとけ、溜まるストレスは底無しだぞと心の中で思いながら、俺はもう彼奴の横に居られないんだなと思った。笑顔で堂々と彼奴の横に立てる奴らが、少しだけ羨ましかった。
◯月△日
日記をつける事にした。症状の経過観察等に使っていこうと思う。今日は、首領に花言葉を調べるといい、と言われ、花の図鑑を買った。日記にも記録しようと思う。
〈青いヒヤシンス〉変わらぬ愛
〈リナリア〉この恋に気づいて
〈アサガオ〉儚い恋
◯月×日
如何やら、症状の進行が思っていたより早いらしい。これじゃあ後半年なんて生きられなさそうだな。今の所部下の前で吐いて居ないのが幸いだ。
〈ナデシコ〉純愛
〈フクシア〉信じる愛
〈サンビタリア〉私を見つめて
…花ってのは言葉よりずっと雄弁だな。
◯月$日
今日も買い出しに行った。そしたら、心中してくださいと美女をナンパする彼奴を見つけた。遠目に眺めるだけだったが、酷く苦しかった。家に帰ってからは、暫く花を吐き続けた。殆どが、黄色いスイセンだった。
〈スイセン黄〉私の元へ帰ってきて
◯月□日
何時死ぬか分からないから、動ける内に仕事の引き継ぎ資料を作る事にした。幹部なだけあって、相当な量の資料が要るが、やれる事はやっておきたい。途中、彼奴との作戦の資料なども出てきて、何度も執務室で吐いた。入室禁止にしておいて良かった。部下にバレるところだった。彼奴らには最後まで笑ってて欲しいからな。
〈サボテン〉枯れない愛
〈センニチコウ〉色褪せぬ愛
〈ナンテン〉私の愛は増すばかり
未だあったが、多すぎるので割愛する。量が日に日に増えている様な気がする。
発症してから二、三週間は経ったのだろうか。俺の症状は緩やかに進行していた。此処最近は、海外の異能集団、『組合』の横濱侵攻により、マフィアも大忙しだ。そんな中、うちの異能力者であるQが敵に捕縛され、首領から奪還命令が下った。マフィアからは俺一人が単独で行く事になった。向かう直前、首領から、「あまり喧嘩しない様にね」と言われた。矢張り、武装探偵社からは彼奴が来るらしい。薬を何時もの倍飲んで、目的地へと飛翔した。
結果から言うと、奪還作戦自体は完璧に遂行した。Qを奪還し、護衛に就いていた敵の異能力者を汚濁を使いボッコボコにした。彼奴とは相変わらずだった。俺が一方的に揶揄われて終わった。彼奴の腕がもぎ取られた時は流石に焦ったが。だが、戦闘後、ある意味致命傷ともなる事が起きてしまう。彼奴はまた、俺を置いて行った。起きた時、俺は森の中に居た。また,置いて行かれたのか。平常心を保っていた積りだったが、この日を境に病状は一気に悪化した。
◯月❄︎日
病状が一気に悪化した。今までは花弁を何枚かドバッとだったのが、直接花本体を吐くようになっちまった。首領曰くかなり拙いらしい。出来る限り任務をこなし切らなければ。
〈赤のバラ〉愛してる
〈アネモネ〉見捨てられた
〈カタクリ〉寂しさに耐える
◯月♫日
今日は、また首領から半休を取らされたので街に行った。動けなくなる前の最後の買い出しかもしれないと思いながら歩いていたら、真逆の彼奴と出くわした。最悪だ。今一番会いたくない奴と会ってしまった。「ねぇ中也、顔色悪いけど大丈夫?」なんて言ってきやがった。柄にもねえ。しかも今日に限ってやけに追及が酷い。途中で吐き気がして、彼奴に掴まれた腕を強引に離して異能で帰った。帰ってきて、吐き気が抑えられなくて、玄関で其の儘吐いちまった。もう外に行かない方がいいのかもな。明日からはポートマフィアのビル内で寝泊まりしようと思う。
〈スイセン黄〉私の元へ帰ってきて
〈ヒガンバナ〉悲しい思い出
〈ヘレニウム〉涙
◯月☆日
ふと思い立って、彼奴の執務室に足を踏み入れた。花吐き病が発症してからは来ていなかったが、正解だったかもしれない。入った瞬間酷い吐き気に襲われ、十分程吐き続けた。あっという間に入り口付近が花で覆われた。でも、心としては少しだけ痛みが和らぐ感じがした。此れからは仮眠を取る時この部屋へ来る事にした。例え吐き気がしても、俺にとっては彼奴がいる様な感覚になれる方が重要だった。最近はバラとスイセンが多い。純情乙女かよ。
〈コリウス〉叶わぬ恋
〈アンスリウム〉恋に悶える心
〈ヒマワリ〉私はあなただけを見つめる
◯月※日
首領から、最期の任務の詳細が来た。決行日は明日。首領からは「本当にこれでいいんだね?」と何度目かの確認をされたが、良いんですと押し通した。首領の隣では姐さんが泣いている。こんな親不孝ですみません。もう屹度、直接は言えないだろうから。首領や姐さんがもしこの日記を見つけたら、なんて言うんだろうな。遺書も挟んどくか。彼奴ーー太宰にだけは、絶対ぇ見られたくねぇな。もう隠す暇もないが。俺の身体は限界に近づいている。食事も真面に取れていない。全て吐いてしまうのだ。仕事や引き継ぎ資料の作成は一通り終わった。もうやり残した事は無いだろう。今まで本当にありがとうございました。沢山の人に支えられて、俺は此処まで生きてこられました。親不孝ですみません。皆さんの幸せを、心から願っています。最期に一つだけ。太宰、愛してる。〈ワスレナグサ〉私を忘れないで
〈キキョウ〉永遠の愛
〈ハナニラ〉悲しい別れ
ーーーー日記は此処で途絶えているーーーー
とうとう此の日が来てしまった。人生最期の日。分かっては居たが、いざ目の前にやって来ると少し怖ぇな。取り敢えず、本部で首領と姐さんに最期の挨拶をしに行った。部下には結局、死ぬ事は伝えていない。最後まで尊敬出来る上司でありたかった。
「失礼します、首領」
「入り給え。…中也君、しつこいけれど、本当にいいんだね?もう何度聞いたか分からないけれど、其の恋は、伝えなくて良いんだね?」
「はい。覚悟はもう決めました。今まで本当にお世話になりました。この御恩は此れからも絶対に忘れません。まだ御恩を返しきれず、大変心苦しくはありますが、此の組織にこれまで貢献出来た事を誇りに思っております。本当に、ありがとうございました。」
「うう…中也…其方は親不孝者じゃ…わっちを置いて先に逝くでない!」
「…済みません、姐さん。先に向こうで待っています。」
「中也君、此方こそ今まで本当にありがとう。君が居てくれて良かったよ。ゆっくり休んでくれ。」
「…はい。今までありがとうございました。さようなら。」
親同然の二人を置いて行ってしまうのは心苦しい。目一杯の感謝と尊敬、従心を込めて一礼し、その場を去った。
今回の標的は、市街地からは少し離れた所に拠点を構えている。其れなら心置きなく汚濁を使えそうだ。か細くなった身体を無理矢理動かし、正面入り口から侵入。容赦なく全員殺って行く。これでもポートマフィアきっての体術使い。弱っていても、何とか無事に全員倒して屋上に辿り着く。此処で汚濁を使い、自らの命と引き換えに此の組織が存在していた痕跡毎抹消する算段だ。身体は限界に近い。再び吐き気がして吐いた花は、もう此処一ヶ月で見慣れてしまった花達だ。バラ、スイセン、ワスレナグサ。此処まで来ても、俺はまだ、この恋を諦めていないらしい。乾いた笑い声が響く。「ハハッ…」黒社会で生きていく上で、死ぬ覚悟はできている。只、最期にもう一回だけ、大嫌いで大好きな、彼奴の声が聞きたくなる。
「太宰…ッ」
だが、今更後悔は出来ない。やるしか無い。
「汝、陰鬱なる汚濁の許容よ、改めて我を目覚ますことなかれ…!」
手足に赤い刻印が生まれる。もう、後戻りは不可能だ。霞ゆく視界と意識の中、中也は朦朧とした頭で考える。願わくば、死んでしまっても愛する人の隣に居たい。例え一方的にしか、相手の存在に気づけなくても、彼奴を見守って居たいと心から願う。嗚呼、この状態でも尚、花を吐く。あの花は…ポインセチアだろうか。確か花言葉は…「幸運を祈る」。
フワフワとした意識の中で、誰かの声が聞こえた気がした。嗚呼、この声は彼奴の声だ。如何やら会いたい余り幻聴が聞こえているらしい。いよいよ末期かと構える俺を他所に、声は響き続けている。寧ろ大きくなっている。「…!…や!」
「中也ッ!!!」
はっきりと相手が何を言っているのか聞き取れた所で、浮遊感が消えた。身体の痛みが引いていく。死んだのかと思ったが、感じたのは人肌の暖かさだった。
「莫迦!莫迦中也!阿保!チビ!蛞蝓!何してんの中也…ッ」
嗚呼、誰よりも聞きたかった声がする。薄らと目を開けると、泣きそうな顔をした太宰がいた。
「太宰…?何で此処に…?」
此奴が今日、軍警と重要な会談を控えているのは、武装探偵社に密かに問い合わせて確認済みだ。
「君は私の犬で、私は君の飼い主だ。面倒を見るのは当然だろう?…花吐き病なんでしょ、君。」
バレている。一体何処から漏れた?此奴にだけは何が何でもバレたく無かったのに。俺の返事を待たず、太宰は質問攻めしてくる。
「ねぇ誰なの相手は!教えてよ連れてくるから!勝手に死ぬなんて絶対に許さない!」
太宰は、とても苦しそうだった。何で手前がそんな顔すんだよ。本当は他に言うべき事があるのは判っている。だが、口から飛び出すのは文句や非難だった。
「誰だって良いだろ…如何せ手前は揶揄うだけだろ…!てか、何でそんな必死なんだよ。大嫌いな奴が消えて清々するだろ…ッガハッ、ゴホッ…!」
バラ、スイセン、リナリア…吐く体力が殆ど無い。限界に近い。
「もう散々なんだよ、手前に揶揄われんのは…ッ、期待が虚しく散るだけだッ、何時だって手前は先に何処かへ行く!俺を置いて!もう…御免だ…放っとけよ……」
必死に叫んだ。
「拒絶されんのが怖いんだよ!もし、本気で伝えて揶揄われたら?引かれたら?もっと嫌われたら?考えるだけで怖いんだよ!如何せ又、臆病者だとか揶揄うんだろ…ッ」
「揶揄わないよ」
ンな訳ッ、と言いかけた言葉は相手の唇に吸い込まれて消えた。何が起きたのか分からない。十秒経って、漸くキスされた事に気がついた。声にならない叫び。
「〜〜ッ?!」
「さっきから中也が言ってる言葉でほぼ確信した。…君の想い人って、私?」
「ーーーーッ!」
沈黙は肯定と化した。もう嫌だ。揶揄われる。相手が何か言おうとしたが、無理矢理遮って叫ぶ。
「嗚呼そうだよ!悪かったな俺なんかに好かれて!もう辞めてくれ!揶揄うのだけは「私も中也のこと、好きだよ」はっ?」
「何回でも言うよ、私は中也の事が好き。」
「だから、揶揄うなって…!」
「揶揄ってなんか居ないよ。私も中也の事が好き。初めて会った時からずっと。中也の全部が好き。顔も、抱きやすい身長も、柔らかい髪の毛も、すぐ突っかかって来るとこも、仲間想いな所も、照れると真っ赤になる所も、圧倒的な戦闘力も、私の事信頼してくれる所も、自殺必ず止めに来る所も…」
「もう辞めてくれ…!は、恥ずかしい…////」
何でこんなに語って来るんだよ、これじゃあ本当に、太宰、俺の事好きみたいになるじゃねえか…。呆然としている俺に、太宰は更なる拍車を掛けて来る。
「四年前、勝手に置いて行って御免。森さんに勘付かれる前に急ぐ必要があって、真面に話せなかった。もう二度と置いてかないし、絶対に大事にする。お願い、私と付き合って。」
夢かと思った。と言うか、何故この展開になったのか、理解の為に三回程頭の中を再起動した気がする。そして夢かと思った(二回目)。
「信じて…良い…のか?」
「勿論!好きな人に嘘つく訳無いじゃ無いか!」
「ッ…!じゃ、じゃあその…よ、よろしくお願いします…////プシュウウウ」
顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。と思って居たら、再び吐き気がした。治ってないのか?!と身構えたが、吐き出したのは白銀の百合だった。花吐き病完治の証。即ち、両思いの証だ。それを見た太宰は満面の笑みで、「宜しくね、中也」と言った。此処から先は記憶に無い。恐らく、汚濁の影響でぶっ倒れたのだろう。
次に目覚めた時、俺はポートマフィアの医務室にいた。太宰が横で熟睡している。寝ずに看病してくれたのだろうか。側には白銀の百合が飾られている。両思いの証だ。そんなことを考えて居たら、慌てた足音がして、首領と姐さんがやってきた。
「中也君!目が覚めたのかい?!」
「中也ッ!」
「!首領、姐さん…!此の度は多大なるご迷惑を掛けてしまい申し訳…「良いのじゃ、中也。其方が無事に生きておる。その事実だけで、わっちは十分幸せじゃ。咎めたりなどせぬよ。のう、鴎外殿?」
「その通りだよ、中也君。罰は一切ない。殲滅任務もしっかりこなしてくれた様だしね。しかし…出会って四年で漸く両思いになるとは…思って居たより、お互い自覚に時間が掛かったようだねぇ」
「全くじゃ。わっちらの読みだと二年位で両思いかと思ったんじゃがのう…真逆此処まで拗れるとは…」
「…え?」
「太宰の童など、お主に対して独占欲の塊だったではないか。中也の初めての色の任務の際、荒々しくやってきて首領に色の任務を辞めさせる様四時間も直判断してきたのは傑作じゃったのう。」
「あったねぇ!いやぁ〜何時に無く太宰焦ってたよねえ。あれで最後に『中也?大っ嫌いですよ!』なんて言って出てったもんだから、その場にいた全員、太宰君が居なくなった瞬間に爆笑してたよねえ。」
「え??」
いやそんな話全く知らねえぞ…色の任務が未だ来ない理由ってそう言う事だったのか…というか、二人とも、俺達が両思いな事に気が付いてたのか…?
「ちょっと!私が寝てる間に何勝手に話してるの!あーその話バレたくなかったのに!」
あ、太宰が起きた。騒がし過ぎたろ…一応これでも俺病人だぞ…。フッと、太宰の視線が此方へ来る。
「ねえ、そう言えば私まだ中也の口から直接好きって聞いてなぁ〜い。」
「なっ…!///ちょ、此処で言うのかよ!」
「うん、言って?」
「ヴッ、わ、分かったよ…そ、その…太宰…す、好きだ…////////」
「ーーーッ、嗚呼もう私の中也可愛いすぎなんだけど!もう絶対離さないから!」
「頼むから此方の任務に支障が出ない程度にね、太宰君?」
「………努力はします。」
「????」
医務室には、四人の笑い声が響いていた。
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やべぇ、好きすぎる フォロー失礼します