「――は?」
「え?」
キャスリーンさんをもう一度寝かし付けたあと、厨房に戻ろうとしたときに、突然後ろから声が聞こえた。
驚いて振り返ってみると、そこにはルーシーさんが立っていた。
ルーシーさんは今日はお休みだったらしく、珍しい私服姿だ。
ちょっとお嬢様っぽい感じの服装で、とっても可愛い。
「……え、ええ? アイナ様、ですか? ……え? 何でまた、メイド服を……?」
「えーっと……、説明すると長くなるんだけど――
実は、かくかくしかじかで」
「それでは分かりませんので、ちゃんと教えて頂けると助かります」
……そういえば『かくかくしかじか』ってどういう意味なんだろうね。
そんなことを思いながら、ルーシーさんにはかいつまんで説明をすることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
説明が終わったあと、寝ているキャスリーンさんを部屋に残して厨房へ。
厨房ではエミリアさんとマーガレットさん、ミュリエルさんがまだ話を続けていた。
「……本当に、エミリアさんまでメイド服なんですね」
「はい、もちろん嘘は付きません!」
「ちなみにアイナ様、何で敬語になっているのでしょう」
「流れというか、ノリというか……?」
そもそも私は敬語派だから特に違和感は無いんだけど、言われる方はやっぱり違和感があるか。
何だかんだで、今日はそう言われ続けてきたわけだし。
「……それよりもこんな時間までお喋りなんて、さすがに休み過ぎですね」
そういえばキャスリーンさんと話し込んでいたから気が付かなかったけど、時間は結構経っている。
キャスリーンさんの方は仕方ないとはいえ、確かに他のメイドさんは休み過ぎのような気もする――
……のだけど、今日は私とエミリアさんがやらかしちゃってるわけだから、私からは何も言えないぞ……。
どうしたものかと考えていると、ルーシーさんが厨房の中にどんどん入っていってしまった。
「マーガレットさん、ミュリエルさん。お仕事の方は大丈夫なんですか?」
「あ、ルーシーさん。今、『メイドの読書量とその振る舞い』について話をしていたんです」
「なかなかエミリーさんが興味深い話をしてくださるんですよ。
ルーシーさんも是非、意見を聞かせてもらえませんか?」
「それは実に興味深い話ですが、もう結構な時間ですよ。
午後の仕事は間に合うのですか?」
「え? 時間――……うわぁ、もうこんな時間ですか!?」
「ちょ、ちょっとこれはまずいですね!
すいません、エミリーさん。続きはまたの機会に!」
「ああ、ごめんなさい。長々と話をしてしまいました。でも楽しかっ――」
……と、エミリアさんの言葉が終わる前に、マーガットさんとミュリエルさんは厨房を出ていってしまった。
「――……はぁ。クラリスさんがいないからって、少し気が抜けすぎですね……。
お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございません」
そう言いながら謝るルーシーさん。
いや、むしろこちらの方が大変申し訳ございません。
「ところでアンさん、キャスリーンさんの具合はどうでしたか?」
「あ、はい。貧血が残っていますが、もう少し休めば大丈夫そうです。
夕方には仕事に戻れるかな、っていう感じですね」
「それは良かったです!
……さて、先ほどはわたしがお二人を引き留めてしまったので、午後の仕事も手伝うことにしましょう!」
「え?」
「アンさんも是非! 午後はお屋敷のお掃除ですよー!」
ノリノリで言うエミリアさんだったが、そこでルーシーさんのストップが掛かった。
「申し訳ありません、エミリアさん。そしてアイナ様も。
これ以上は仕事が混乱してしまいますので、これでメイドは終了といたしましょう」
「むむっ」
ピシャリと終了を告げるルーシーさん。
なかなか言いづらいことなのに、きっぱりと言えるのは素晴らしい。
「そ、そうですね。今日は悪ノリが過ぎましたので、そろそろ終わりましょう。
ああ、でも午後の仕事は大丈夫かな……」
「そこは仕方がありませんので、私が手伝うことにいたします」
ルーシーさんは隙のない感じでそう言った。
これ以上は反論やお茶目なことを言うことができない、そんな空気だ。
「うーん……。それじゃ、そんな感じでお願い……」
「かしこまりました。
それではアイナ様、エミリアさん。メイド服は早々に着替えてしまってください。
クラリスさんに見つかってしまうと、色々と言われてしまいそうなので」
「うん、そうだね……」
「分かりました……。名残惜しいですが、これでメイド生活も終了ですね……」
「まったく、お二人とも何をなさっているのやら……」
「ですよね――……って、うわっ!?」
突然聞こえてきた声の方を見てみると、そこには外出していたはずのクラリスさんが立っていた。
そして何とも言えない、複雑な表情でこちらを見ている。
「とてもお似合いではあるのですが、主人にさせる格好ではありませんね。
こうなった経緯は、後ほどお聞かせください」
実はかくかくしかじかというわけで――
……というネタは止めておこう。怒られる未来しか見えてこない。
「りょ、了解……。と、とりあえず着替えてくる……」
「はい、そうなさってください」
「クラリスさん。仕事が遅れているようですので、私も手伝いに入ります」
「そうなんですか? 他の三人はどうしたのかしら」
その内の二人はさっきまでここにいました……とはなかなか言い難い。
なのでここは、もう一人の方から伝えることにしよう。
「実はキャスリーンさんが貧血とかで倒れてしまって。
それでまぁ、いろいろと、こう……」
「そうだったんですか? そういったことでしたら私も加わりましょう。
ルーシーさん、手分けをしてどんどん進めますよ」
「はい」
早速きびきびと動き始める、クラリスさんとルーシーさん。
すごすごと自分たちの部屋に戻る、私とエミリアさん。
……何だかもう、申し訳なさしか出てこない……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メイド服からの着替えも終わり、いつもの服に戻る。
何だかんだでこっちの方が、やっぱりしっくりくるものだ。
でも変装用に、メイド服を一着キープしておくのも良いかもしれない?
ジェラードは変装用に常備していそうだしね。
1階に戻ったときには時間も15時をまわっていた。
掃除をしていたクラリスさんを呼び止めて、改めて話をする。
「――と、まぁこんな感じで今日はいろいろとあったわけで……」
「はい、よく分かりました。
ただ、こんなおふざけはもうなさらないでくださいね」
「りょ、了解……」
クラリスさんは微笑みながら言ってくれたが、ごく自然に、今後のメイド生活を封じられてしまった。
仕方がないから、今後は主人らしく振る舞うことに努めよう……。
でも、もう出来ないとなったら、今日のこれまでの時間が既に懐かしい記憶に思えてしまう。
嗚呼、懐かしきメイド人生よ……。
「――アイナ様、何か変なことを考えていらっしゃいますか?」
「え!? い、いや、何も!?
……あ、そうそう。あとでマーガレットさんから話がいくと思うんだけど、肉屋さんで良いお肉を買ってきたの」
「肉、ですか?」
「うん、みんなで食べるようにって。楽しみにしててね!
いや、お料理はお願いするんだけど」
「かしこまりました、お気遣いありがとうございます。
それでは今日の件は、それで差し引きゼロにしておきましょう」
クラリスさんは、少し困ったような笑みを浮かべてそう言った。
よーし。お肉、買っておいて良かったかも!
……さて。色々と話が逸れてしまったけど、時間も時間だし、そろそろ例の缶詰を作ることにしようかな。
メイドさんのお仕事はメイドさんに任せて、私は本業の錬金術の方を頑張ることにいたしましょう。
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