テラーノベル
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異世界へ持っていく十個の所持品と、自分自身の出生設定を決めた龍之介は、完成した申請用紙を司録へ手渡した。
縁なしの眼鏡をかけた司録は、書き込まれた内容へ上から順に目を通すと、確認のため、一つずつ落ち着いた声で読み上げていった。
「所持品の一つ目は、時代と身分に合った服。二つ目は、名刀の大小一組として童子切安綱。三つ目は、伊達政宗型の黒漆塗五枚胴具足。四つ目は、現代の一千万円分に相当する金子。五つ目は、リボルバー式拳銃の三五七マグナムと銃弾一万発。六つ目は、高性能ライフル銃と銃弾一万発。七つ目は、料理を完全に習得した美少女の妻。八つ目は、剣術を習得した忍びの部下。九つ目は、名槍の蜻蛉切。そして十個目が、軽量鉄骨造りでソーラー充電設備を搭載した、高気密高断熱住宅。ウォシュレット付き洋式トイレ完備……ですか」
最後の一つを読み終えた司録は、申請用紙から顔を上げ、眼鏡の奥から龍之介を見つめた。その表情は相変わらず冷静だったが、わずかに呆れているようにも見えた。
「続いて、三上龍之介殿ご自身の設定ですね。お名前は、従三位権中納言藤原朝臣三上龍之介正圀。年齢は二十歳。帝の落胤であることは周知の事実ですが、帝位継承権は持たない。中流貴族でありながら、常に帝への拝謁を許されている。藤原三上家の当主で、龍之介殿を慕うブラコンの妹が二人いる。陰陽道の力を持ち、現世で鍛錬した武術の力も、すべてそのまま引き継ぐ……以上で間違いありませんか?」
「はい、その内容でお願いします」
龍之介が満足そうにうなずくと、司録はもう一度、所持品と設定が書かれた用紙へ目を落とした。
「かなり欲張りましたね」
「やはり駄目でしょうか?」
「許可するかどうかを決めるのは閻魔ちゃんですが、童子切安綱や蜻蛉切といった国宝級の武具を、当たり前のように希望するとは思いませんでした。銃弾も、それぞれ一万発ずつですし、住宅に至っては、複数の設備を無理に一つへまとめていますよね」
「伊達に百年も生きておりませんから、多少は図々しくなりました。遠慮した結果、本能寺の変を阻止できなかったのでは、何のために異世界へ行くのか分かりませんからな」
龍之介が悪びれることなく笑うと、司録は小さく息をつきながら、眼鏡の位置を直した。
「図々しいというより、中二病の影響も少し入っているように思えます。帝の落胤に陰陽道、国宝級の名刀と名槍、さらに美少女の妻とブラコンの妹が二人ですからね」
「いやはや、それは孫たちから借りて読んだライトノベルの影響でしょうか。せっかく異世界へ転生するのですから、少しくらい夢を詰め込んでもよいかと思いまして」
「ライトノベルが大好きな中学生や高校生も、ときどき異世界へ転生しますが、ここまで露骨な無双装備と設定を希望する人は、それほど多くありませんよ」
司録は真面目な顔で答えたあと、何かを思い出したように言葉を続けた。
「もっとも、本格的な中二病の方になると、エクスカリバーやデュランダル、ライトセーバーを欲しがりますね。特殊能力として、時間を巻き戻すタイムリープを設定してほしいという方もいます」
「なるほど。そう言われてみると、ライトセーバーも欲しくなりますな。あれほどの武器があれば、戦国時代の刀や甲冑など簡単に斬れるでしょう。ライトセーバーは許可されるのですか?」
「ライトセーバーは許可されません。版権が厳しいので……というより、戦国時代へ行くのに、光る剣を持っていたら明らかにおかしいでしょう」
「えっ、問題はそこなのですか? いや、言われてみれば、そのとおりですが」
「そこは非常に重要ですよ。あのネズミ大帝国を侮ってはいけません」
司録は冗談を言っているのか、本気で警戒しているのか分からない表情で告げると、申請用紙を両手で持ち直した。
「それでは、この内容で閻魔ちゃんの許可をいただきましょう」
龍之介は司録に続き、再び薄暗い板張りの廊下を歩いた。長い廊下には二人の足音だけが規則正しく響き、やがて見覚えのある閻魔大王の間へたどり着いた。
司録が戸の前に立ち、控えめに二度叩いた。
コンコン。
「閻魔ちゃん、三上龍之介殿の所持品と出生設定が決まりました」
「入っていいわよ」
すぐに返事が聞こえたため、司録が戸を開け、龍之介を中へ通した。
どうやら今回は先客がいないらしく、待たされることなく入室できた。今日の死者は少ないのかもしれない。閻魔ちゃんの忙しさは、その日に担当する死者の人数によって大きく変わるのだろう。
「龍之介ちゃん、ようやく決まったのね。どれどれ、私に見せてちょうだい」
上段の間に座っていた閻魔ちゃんは、司録から申請用紙を受け取ると、期待に満ちた表情で読み始めた。
ところが、所持品の欄へ目を通すうちに、その眉が少しずつ寄っていった。
「うん、時代に合った服は問題なし。日本刀と甲冑、金子も分かるわ。拳銃と銃弾、高性能ライフルと銃弾は……本当は鉄砲と弾を別々に数えたいところだけれど、弾のない鉄砲なんて役に立たないから、今回は一組として認めてあげる」
「ありがとうございます」
「美少女の妻と忍びの部下を所持品として数えるのは、何となく引っかかるけれど、異世界転生では人材も特典へ含まれるから、一応認めましょう。蜻蛉切も、まあいいわ」
そこまで読み進めた閻魔ちゃんは、最後の項目でぴたりと動きを止めた。
「でも、これは何よ。『軽量鉄骨造り、ソーラー充電設備搭載、高気密高断熱住宅、ウォシュレット付き洋式トイレ完備』って、明らかに一個ではないでしょう? いくつもの設備を文章でつなげて、無理やり一個として数えようとしているじゃない」
「すべてを備えた一軒の住宅ですから、一個の建物と考えていただけないでしょうか」
「却下よ、却下! 戦国時代の京都に一軒だけ、軽量鉄骨造りでソーラーパネルを載せた高気密高断熱住宅が建っていたら、あまりにもおかしいでしょう。何を考えているのよ。そんなもの、異世界の人たちから見れば怪しげな妖術の館よ!」
閻魔ちゃんは、どこから取り出したのか、赤いマジックペンを手にすると、龍之介が苦心して考えた住宅の項目へ勢いよく二重線を引いた。
「ああっ、せめてウォシュレット付き洋式トイレだけでも、どうにかなりませんか? 住宅は戦国時代に合った屋敷で構いませんから、便所だけは何とかお願いします」
龍之介が本気で頼み込むと、閻魔ちゃんは赤いマジックペンを持ったまま、深く考えるように腕を組んだ。
「その気持ちは分かるわ。一度ウォシュレットを使ってしまったら、あの心地よさ、快適さ、清潔さから抜け出すことはできないものね。私もウォシュレット中毒の同胞よ。お湯を使い切る勢いで、水圧を最強にして洗うくらい大好きだもの」
先ほどまで厳しい顔で申請書を審査していた閻魔ちゃんは、突然、熱のこもった声でウォシュレットへの愛を語り始めた。
「天界にもウォシュレットがあるのですか?」
龍之介は、不思議そうに閻魔ちゃんを見つめた。
死者の魂となった龍之介は、天界へ来てから何も食べておらず、空腹も感じていない。それどころか、小便や大便をしたいとも思わなかった。そのため、天界に便所そのものが存在することが意外だったのである。
しかし、肉体から離れた魂である龍之介と、天界に住む生命体である閻魔ちゃんは、同じ存在ではなかった。
閻魔ちゃんは食事をすれば排泄もするし、夜になれば眠る。生活の仕方だけを見れば、現世で暮らす人間と大きく変わらないのである。
「もちろん、天界にもウォシュレットはあるわよ。天界にない品物が必要になったときは、司録に現世まで買いに行ってもらっているもの」
閻魔ちゃんは当然のように答えると、龍之介が必死に訴えている顔をしばらく眺め、仕方がないというように肩をすくめた。
「分かったわ。軽量鉄骨造りの現代住宅は却下するけれど、転生先で用意される屋敷の中に、ウォシュレット付き洋式トイレだけは特別に設置してあげる。本当に特別なのだからね。私もウォシュレットを愛する者だからこその温情よ」
「ありがとうございます。これで戦国時代へ行っても、便所の心配だけはしなくて済みます」
「ただし、美少女の妻という希望は、あまりにも抽象的すぎるわ。美少女の定義なんて、人によってまったく違うでしょう。それに、戦国時代と現代では、美人とされる女性の姿も違うのよ」
閻魔ちゃんは申請用紙の「美少女の妻」という文字を、赤いマジックペンの先で軽く叩いた。
「戦国時代なら、現代よりもふくよかな女性が美女とされたはずよ。モリクミさんや、マ〇コ・デラックスさんのような体格の人が、極上の美女として扱われていた可能性だってあるわ」
戦乱や不作によって食料が不足することも多かった時代では、ふくよかな身体は豊かさや健康の象徴でもあった。また、女性には子供を産み、家を存続させる役目が強く求められたため、細身の女性よりも、丈夫でがっしりとした体格の女性が美しいと見なされることもあった。
「ああ、時代によって美人の基準が違うということは理解できます。しかし、モリクミさんや、マ〇コ・デラックスさんのような方を妻として用意されるのは困ります。申し訳ありませんが、勃たない自信があります」
「随分とはっきり言うのね。それなら、龍之介ちゃんにとっての美少女とは、どのような女性なの?」
「私の好みで言えば、水瀬いのりさんや早見沙織さん、竹達彩奈さんに上坂すみれさんでしょうか。あっ、浜崎あゆみさんの全盛期も良いですね。熟女になってからも良い女性ですが、若いころは本当に可愛らしかったものです」
百歳まで生きた老人とは思えないほど迷いなく名前を挙げる龍之介に、閻魔ちゃんは呆れたような、それでいて感心したような顔をした。
「希望へ完全に添えるかどうかは分からないけれど、龍之介ちゃんが前世で思い描いていた美少女の定義に近い娘を用意してあげるわ。普通、異世界へ転生する人は、武器や能力のことばかり考えて、最初から妻の心配まではしないものよ。さすが大正生まれね」
「一人暮らしを気楽に楽しむという時代ではありませんでしたからな。それに私は料理がまったくできませんので、妻がいなければ毎日の食事にも困ってしまいます。ご配慮いただき、ありがとうございます」
「それで、ほかに確認したいことはある?」
「金子についてですが、現代の一千万円分で問題ありませんか。戦国時代の貨幣価値が分からなかったものですから、ひとまずその金額を書いたのですが」
「一千万円分なら問題ないけれど、むしろ遠慮しすぎているくらいよ。せっかくの特典なのだから、十億円分にしておきなさい。生前、八十年も宝くじを買い続けて、一度も当たらなかったのでしょう。その埋め合わせということにしてあげるわ。それとも、少し前に流行した三十五億にする?」
「あのネタの面白さが、私にはまったく分かりませんでしたので、三十五億は要りません。十億円分で十分です。それにしても、閻魔ちゃんは意外に優しいのですね」
「それはそうよ。何といっても、私の前の役職は天使だったのだから」
「ええっ! 天使から閻魔大王になったのですか?」
龍之介は思わず椅子から身を乗り出し、閻魔ちゃんの姿を改めて見つめた。たしかに美しい顔立ちや明るい笑顔だけを見れば、閻魔大王より天使の方がよく似合う。
「下ネタが大好きな天使というのが、あまりよくなかったみたい。上の人たちから、天使課より閻魔課の方が向いていると言われて、異動を命じられたのよ」
「なるほど、なるほど。堕天使にはならなかったのですね?」
「龍之介ちゃん、ひどい。私が悪いことをしたみたいに言わないでよ」
「これは失礼いたしました」
「ちなみに、堕天使も天界では一つの役職だけれどね」
「堕天使まで役職なのですか。天界の組織図を、一度じっくり見てみたいものですな」
龍之介が感心している間に、閻魔ちゃんは所持品と出生設定の最終確認を終えた。赤いマジックペンを置き、浄玻璃鏡へ承認の入力を済ませると、表情を少し改めた。
「それでは、装備と設定が決まったところで、転生する時期と場所を決めましょう。何年の、どこへ行きたいの?」
「本能寺の変が起きる直前、明智光秀が愛宕山神社へ戦勝祈願に参拝する当日を希望します。場所も愛宕山でお願いします」
「なるほど。愛宕山で戦勝祈願をしている光秀を説得するか、説得できなければ暗殺してしまうつもりなのね。背後から近づいて、ばっさりと斬るの?」
「まあ、そのようなところです。ただし、話を聞いて考えを変えてくれるのであれば、いきなり斬るつもりはありません」
「分かったわ。それでは転生先を、本能寺の変直前の愛宕山へ設定するわね」
閻魔ちゃんが浄玻璃鏡の画面へ指を触れると、上段の間の周囲に飾られていた灯りが、次々と赤く輝き始めた。
龍之介は椅子から立ち上がり、長く世話になった閻魔ちゃんと司録へ向かって深く頭を下げた。
「閻魔ちゃん、司録殿、いろいろとお世話になりました。もう一度人生を歩む機会を与えていただいたこと、心から感謝いたします」
「どういたしまして。それでは、行ってらっしゃい、龍之介ちゃん。あなたが転生した時代がどれほど面白くなるのか、天界から見守っているからね」
閻魔ちゃんが笑顔で笏を掲げた瞬間、広い部屋の奥から大太鼓の音が鳴り響いた。
ドン、ドン、ドン、ドン――。
腹の底まで震わせる重い音が連続し、畳敷きの閻魔の間全体が揺れているかのように感じられた。
龍之介が足元へ目を向けると、畳の上に見たこともない複雑な文様が浮かび上がっていた。幾重にも重なった円と文字が青白い光を放ち、巨大な魔法陣となって龍之介の周囲へ広がっていく。
足元から吹き上がった光が、龍之介の身体を包み込んだ。
視界の向こうで、閻魔ちゃんが楽しそうに手を振っている。傍らに立つ司録は、最後まで崩さない丁寧な姿勢で頭を下げていた。
光は急速に強さを増し、やがて閻魔の間も、閻魔ちゃんと司録の姿も、何も見えなくなった。
次の瞬間、三上龍之介の魂は天界から消え、本能寺の変を目前に控えた、安土桃山時代を基にした戦国異世界へ飛ばされた。
コメント
1件
第七話、読み終わったよ〜!✨ 龍之介さん、めっちゃ贅沢なリクエストしてて笑った😂 国宝級の刀と銃に美少女の妻、ブラコン妹…まさにラノベ主人公www でもウォシュレット愛で一気に閻魔ちゃんと意気投合するところ、めっちゃ良かった! 「ウォシュレット中毒の同胞」って🤣💕 閻魔ちゃんが元天使で下ネタ好きって設定も深くて好き。 ついに転生して戦国時代へGO!次回が待ちきれない〜🔥