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#11 雨上がりに残された声
雨上がりの舗道は、昼の記憶をまだ引きずったまま、薄紫の夕暮れを映していた。街路樹の葉から落ちる雫が、互いに距離を測るように沈黙を刻む。その中を、彼と私は並んで歩いていたが、影だけが少しずつ重なり合っていく。
彼は約束をする人だった。声高ではなく、紙に書くほど確かなものでもない。それでも、ふとした瞬間に差し出される言葉は、季節の変わり目の風のように、避けがたく胸に入り込む。
古い喫茶店に入ると、時間は急に柔らかくなった。琥珀色の飲み物がテーブルに置かれ、湯気の向こうで彼の輪郭が曖昧になる。その曖昧さが、かえって現実味を帯びて迫ってくる。
会話は多くなかった。互いに語られなかった部分が、言葉以上に雄弁だったからだ。指先がカップの縁をなぞるたび、何かを確かめるように、彼の視線が一瞬だけ揺れた。
やがて、沈黙が熟した果実のように落ちる。彼はわずかに身を乗り出し、私だけに聞こえる声で、照れ隠しのような微笑を添えて言った。
「……この時間が続くって、信じていいピーポー」
それは冗談めいていて、しかし軽くはなかった。店内のランプが一段暗くなったように感じられ、胸の奥で何かが静かに合意する音がした。触れ合うことも、名前を呼ぶこともないまま、約束だけがそこに置かれた。
外に出ると、夜はすっかり街を受け入れていた。別れ際、彼は振り返らなかったが、その背中は、確かに一つの未来を預けてきた。私はそれを抱え、雨の名残を踏みしめながら歩き出す。
約束とは、形のないものだ。だが、あの夕暮れに交わされたそれは、今も体温のように、失われずにある。