テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
⚠️死ネタ注意
・さねぎゆ 余生
布団に入って、1時間も経たないうちだった。義勇が不自然に肩を震わせているのに気づいた。
寒いのかと思って、俺の布団をかけてやろうとした次の瞬間だった。
「……っ、は、っ……はぁ……っ……」
「……義勇?」
息が詰まるような音。不規則に揺れる肩。
胸がざわつく。
「おい!義勇、大丈夫か!?」
大丈夫なわけがねェ。
すぐに身体を抱き起こして背中をさすった。 義勇は顔を歪め、額には汗が滲んでいる。顔色も真っ白だった。
「落ち着け、大丈夫だ義勇」
「っ、……ッ……ぅ……」
「ゆっくりでいい。吸って…吐け……そう、それでいい」
「はぁ…っ……あぁ……」
どのくらい経っただろうか。やっと義勇の呼吸が落ち着いたとき、俺は思わず安堵のため息をついた。
「……さねみ。迷惑かけて…すまない」
「無理に喋らなくていい。それに迷惑なんか、1つもかかってねェ」
義勇は静かに俺の目を見つめて、俺の胸の中で、すうっと寝息を立て始めた。
そんな義勇を抱いたまま、朝日が昇るまで一睡もできなかった。
いつも通り、朝食の準備をしていたある日のことだった。早起きのはずの義勇が、その日はなかなか起きてこなかった。
疲れているんだ、と起こさなかったが、あまりに長く寝ているから心配になって様子を見に行った。
「……義勇」
「…実弥。すまない、起き上がれなくて」
「そうかァ。…いいんだ無理しなくて」
「朝飯、食えそうか?」
「……ああ。少し……」
口ではそう答えるものの、箸を持つ手は僅かに震えている。白米を2口と味噌汁を1口。それだけ食べて、義勇はまた静かに横になった。
「……義勇。なんかあったらすぐ言えよ」
「……ああ。ありがとう」
24回目の誕生日を迎えてから、義勇の身体は目に見えて弱っていった。
ついに…あれの影響が現れはじめた。
歩くだけでも、すぐふらつくようになった。
肩を貸さなきゃ、立っているのもやっとだった。
2人で縁側に並び、茶を飲んでいると、ふと義勇がぽつりと言った。
「実弥。……俺がいなくなったらーー」
「…言うな」
「……」
「そんな未来、考えらんねェんだ……」
澄んだ青空に、俺の言葉は吸い込まれていった。
「……さねみ」
「……どうした、義勇?大丈夫か?」
長いあいだ、自力で歩くことが出来なかった義勇が、ゆっくり立ち上がり、ふらつきながら縁側の方へ歩いていく。
「……義勇」
拙い足取りで、なんとか縁側に腰を下ろして空を眺める義勇の背中を見て、喉がひりついた。
その隣に座って、そっと背中を支える。
「……いい、天気だな」
「そうだなァ」
「鬼の居ない、平和な世を共に過ごせて……幸せだった」
「……それは俺もだ義勇」
「ただ……ひとつ心残りなのは」
「……」
「実弥を置いて、先に逝くことだな……」
そう言って義勇は笑った。こんなふうに笑顔を浮かべる義勇を、もっと早く知りたかった。
もっと、ずっと、そばで見ていたかった。
「……願うことなら、」
「実弥と共に…天寿を全うしたかった、な」
それを聞いた瞬間、ずっとどこかで保っていたものが、一気に崩れる音がした。
「馬鹿がァ…。そんなの、俺だって…っ」
俺は言葉を続けられなかった。肩を震わせて、彼の背をさすることしかできなかった。
「……さねみ」
「ああ、義勇」
「ありがとう」
義勇の、最期の言葉だった。
義勇はそのまま、まるで眠るように、ふうっと息を吐いて。
それきり、二度と動くことはなかった。
俺はしばらくその場から動けなかった。
義勇の手を握ったまま、背を支えたまま、ただ空だけを見ていた。
柔らかく風が吹いて、桜のつぼみが揺れる。春が、すぐそこまで来ていた。
「……がんばったなァ、義勇…」
そう声に出した瞬間、涙がとめどなく溢れた。
誰にも見せたことのない涙だったけど、今だけはこらえようとも思わなかった。
義勇の頬に、そっと手を当てて目を閉じる。
「……またいつか、どっかでなァ」