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生者と死者の入り混じる奇妙な戦いは終わり、大王国の調査団は巨人の死者たちを冒涜する作業を始めた。
「どうされるのですか? 巨人の屍を」
再びラーガの天幕で、今度はソラマリアと共にもてなしを受けていた。ラーガは固辞するソラマリアに命じ、レモニカと共に座らせる。三人の間に置かれた大きな皿にあh久しく見ていない汁気の多い果物が盛られている。
ラーガは妖艶な笑みを浮かべて答える。「食いでがありそうだろう?」
兄の揶揄いに、レモニカは憮然として溜息をつく。視界の端でソラマリアが頷いている意味を推し量りかねる。
「戦争に使う気ですわね……」
罰当たりだと言いかけてやめる。今更だ。
「使い物になりそうで良かったよ。わざわざ出張った甲斐があったというものだ」
「では巨人の屍が調査団の主目的でしたのね?」
「そうだ。言ってなかったか?」
「ええ、まあ、そうですわね」
聞いていたところで何かを変えられたわけではない。事前に忠告したところで聞く耳など持っていないだろう。
レモニカたちはレモニカたちで目的のために協力したのだ。結果、ハーミュラーは見つからず、装身具の魔導書も何故か手に入らなかったが、解呪は出来た。ハーミュラーや教団が呪いを復活させているのなら遠からず動きを見せるだろう。
葡萄を摘まむソラマリアを横目にレモニカは話を変える。
「シャリューレに報いがあってもいいのではありませんか? お兄さまの配下の誰よりも働きました。命を落としかけたことも二度や三度ではありません」
常人ならば、だが。
ラーガはシャリューレことソラマリアに目を向け、悪戯を思いついた者の笑みを漂わせる。
「そういえばそうだ。地下に潜るならむしろ貴様一人に行かせるのも一興だったろうな」と言ってラーガは心底可笑しそうに笑う。
「いったい何の話ですか?」
その不明瞭なラーガの台詞と揶揄うようなソラマリアへの視線にレモニカは問いかけた。
「何だ? レモニカに伝えると言っていなかったか?」とラーガは尋ねるがソラマリア自身にも分かっていない様子だった。「話しただろう。母ヴェガネラが貴様に贈った予言だ」
「その話ですか」ソラマリアは暢気に頷く。「もちろん覚えています。『闇の内に豊かなる娘は光に抱かれ眠りにつく』。今度のことがその予言である、ということでしょうか?」
「予言は加護だとも言っただろう」ラーガがレモニカに視線を向ける。「聞いていなかったのか?」
前とは違う新たな予言を聞かされ、未だに話が見えず、レモニカは困惑する。
「いいえ」レモニカは思案げに呟く。「そうでした。シャリューレに予言について聞こうと思っていたの。わたくしに与えられた予言のことを知らなかったの?」
「それについては忘れておりました。申し訳ございません。レモニカ様が生まれたばかりの頃に聞いたので、当時は予言というものを分かるご年齢になれば話そうと考えていたはずですが」
「そう。それならいいわ」
レモニカはほっと息をつき、ソラマリアの不思議そうな視線から目をそらす。
予言を忘れていたくらいだ。ソラマリアは解釈も知らないのだろう。つまり最も近くにいる者の最も嫌いな生き物に変身する呪いを解いた時にレモニカが死ぬという予言であることも知らないのだ。
「何だか知らんがすれ違いがあったらしいな」ラーガは呆れた様子でレモニカとソラマリアを交互に眺める。「お袋から贈られた予言は強力な加護の力を持っている。解釈は、要するにシャリューレが死ぬのは光に包まれた時であり、闇の中では死なんということだ」
「真っ暗闇の中にいることなど早々なさそうですが」とソラマリアが疑問を口にする。
「知らん。解釈は解釈だ。そして――」
「お待ちください。お兄さま」とレモニカは口を挟む。「先ほどの予言はシャリューレに与えられた予言なのですか? 予言とは母から子に贈られたものだとおっしゃっていませんでしたか?」
ラーガは唇の端から漏らすように笑う。
「そうだ。つまり我らが母ヴェガネラはシャリューレ、お前を娘だと考えていたということだ。娘のように、ではないぞ。公的にも養子として娘とするつもりだったのだ。これからは俺をお兄さまと呼ぶがいい」
ラーガは可笑しそうに高笑いするが、レモニカとソラマリアの耳には届いていなかった。
ソラマリアもまた初耳だったようだ。まるで時の流れに見捨てられたかのように微動だにしなくなり、ただ一点を見つめ続ける。それからソラマリアがレモニカの呼びかけに反応するまでとても長い時間がかかった。
大王国の調査団は全ての巨人の屍を発掘し、偽りの魂を吹き込んで、兵士として迎えるつもりだった。が、レモニカたちに付き合う義理はないので二人は一足先にムローの都に別れを告げた。
最低限の言葉をかわすだけの帰路。ソラマリアはラーガに明かされた真実に衝撃を受けているようだった。母ヴェガネラの養子になることなど思いもよらず、想像したことすらなかったのだろう。十七年経った今でもソラマリアは亡きヴェガネラを深く敬愛し、崇敬しているのだ。
ふとレモニカは道の先に馬車が立ち往生していることに気づく。それはこのシュカー領にやってくる時にすれ違った屍の行商人の一行だった。『年輪師の殉礼』が解けた今、馬車のそばに行商人たちと馬の屍が道端に横たわっている。
「ソラマリア、あれ……」
ソラマリアは上の空で、意味ありげな罅割れの中に人生の助言でも探すように石畳を見下ろしながら歩いている。
「ねえ、聞いているの!?」レモニカは不機嫌さを込めた大声を出そうとし、しかし悪戯を思いついて止める。「ねえ? ……ソラマリアお姉さま?」
「びぇ!」ソラマリアは素っ頓狂な声を出した。「おやめください! レモニカ様。あ、姉などと……」
「でも同じ母の娘で年上なのだから姉ですわ。妹だとでもいうのですか?」
「ほ、本当に、お願いします……」
青いような赤いような顔をするソラマリアの感情をレモニカは推し量れなかったが、意地悪が過ぎたということは分かった。
「ごめんなさい。そんなにも動揺するとは思わなかった」レモニカには言いたいことが沢山あったが、辛いことまで思い出させかねないので今現在の話をする。「あれを見て。この土地へやって来た時にすれ違った馬車よ」
ソラマリアもようやく道の先に倒れ伏す者たちに気づく。
「ああ、呪いを解いてしまったので野晒しになってしまったのですね。ですがあのような者たちを見かけるたびに葬るわけにはまいりませんよ?」
「分かっているわ。手を合わせるくらい良いでしょう?」
「無論です」
おそらく生前はシシュミス神に帰依していたのだろうが、彼らの信仰など知る由もないのでグリシアンの神々に彼らの冥福を願い、葬ってやれないことの許しを乞う。
再び、クヴラフワの全ての道が通ずるビアーミナ市への旅路へと戻る。洗っても落ちなかった染みのような薄明るい緑の空。時折並びが入れ替わる八つの太陽。奇妙な呪いにばかり塗れたクヴラフワの、活気を失い、恵みも色褪せた大地。計八つもの国々を滅ぼした二大国は碌に反省することなく今なお競い、争い続けている。
「ソラマリアは今も罪の意識を感じているの? わたくしのもとに意図せず結果的に呪いを運んだことを」
「もちろんです!」唐突な問いに瞬発的にソラマリアは答えた。「私は如何にして罪を償うべきか考え続けております」
「わたくしは許したいのに、ソラマリアは許されたくないのよね」
「そうではありません。レモニカ様の寛大なご慈悲に縋るのではなく、きちんと罪の大きさに相応の罰を受けるべきだと考えているのです」
ソラマリアの頑なな態度にレモニカは僅かに笑みを零す。
「如何ともしがたい、とずっと思っていたのだけれど、そうでもないかもしれないわね。わたくしが貴女を許すのはわたくしの勝手よ」口を開きかけたソラマリアに先んずる。「だから貴女も罪を償いたいなら勝手に償えばいい。貴女の気が済むようにね」
もはやソラマリアが呪いを運んできたことへの怒りも、それに対するソラマリアの頑固な罪悪感への苛立ちも雲散霧消していた。ソラマリアの最も嫌いな生き物がレモニカであることですら慣れてきた感がある。結局のところソラマリアは十六年近くの間、レモニカを見守り、育て、教えてきた姉のような人物なのだ。
「しかし、それは……」ソラマリアは考えのまとまらないまま言葉を紡ごうとして呂律が回らなくなっている。
「だから仲良くしましょう? せめてユカリさまたちの前では対立を解消したことにしましょう?」
ソラマリアはレモニカの意図を汲み、頷く。二人の仲違いは二人だけのもので、誰に煩わせるべきでもない。
「そう、ですね。はい。そうしましょう。皆にまで負担をかけるべきではありませんね」
「じゃあ握手ね。仲直りの握手」
レモニカの細い手をソラマリアは優しく包み込むように握る。「はい。お気遣いありがとうございます。レモニカ様」
「お気になさらないで。お姉さまあああ痛い痛い痛あああい!」