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※センシティブ要素あり。
その夜、勇斗はテストに向けての勉強や課題を進めていた。
イヤホンに繋がれたスマホは前よりも通知が少なくなっている。
結露したコップの中の氷は溶けるのが速い。
だが、先程からは勉強に焦っている訳でも、トイレに行きたい訳でも無いが心が落ち着かない様だ。
手が勝手に止まるから勉強は捗らない。
…全部、仁人君のせいだ。
昨日は夢に少ししか呼んでくれなかったからだ。
勇斗は仁人に夢ででも会いたいと思い、最終的には手が少しも動いていなかった。
今自分が感じている心は恋なのか、単なる仁人への探究心なのか、夢への依存かも分からない。
恋愛を経験した事はあるが、こんな相手は初めてである。
表だけの勇斗は仁人に優しくしているだけ。
正直な心の勇斗は仁人の事が多分好きで、仁人には悪いと思っているが仁人から離れたくない。
高校生たるもの、ファッションや食生活、恋愛感情や性的興味までも自分で管理したいお年頃。
勇斗の目はスマホに移り、指は勝手に検索をかけようとしている。
「じいこう|」
ただ、興味があっての検索。
ただ、それだけなのに心臓は大きく脈打ってならない。
友達から聞いた情報だけでは何故か安心しない。
検索欄にワードを打ち込み、いざ、調べてみることにした。
サイトは色々、教育の為のものが殆ど。
勇斗はサイトを転々としながらも方法を掴んでいった。
ボディソープで代用か…。
紙コップに取ってくれば良いか。
親にバレないよう、静かに速やかに風呂場へ入り、紙コップの中に家族も使っているボディソープを少し入れた。
背徳感と興奮が入り交じるこの気持ち。
仁人と友達になってからしか感じていない。
「本番と同等以下のスピードで手を動かしましょう。」
本番ってどんな感じなんだろう…。
などと、今の勇斗には分からない事ばかり。
仁人を介して自分と向き合う時が来た気もしてくる。
ドキドキと強く脈打ちながら、勇斗はベッドに登った。
…こんな事、本当はしちゃ駄目だよな。
仁人君にちょっと申し訳ない。
なんて思っていても勇斗の行動力は止められない。
勇斗はズボンも下着も下ろすと、右手にボディソープを取り、局所に優しく塗った。
「なるべく剥いた状態でしましょう。」
剥いたらもっと気持ちいいのか…。
…痛そうだけどしてみよっかな。
鼻息を荒くしながら指を駆使する。
高校生ながら、剥けた時の感動は凄まじかった様だ。
冷たいボディソープがまた、興奮を駆り立てている。
…ごめん、仁人君。
内心そう思いながら右手を動かし始める。
感じた事の無い快感に体がピリつく。
勇斗「はっ…ふぅーっ…。」
右手の摩擦音と勇斗の吐息だけが部屋には響き渡った。
仁人「…こんな事してたんだね。」
勇斗「…ごめんね。」
先程まで窓からは綺麗な星空が見えていたのを、夢の中の暗くてパッキリした黒色の雲が邪魔をしている。
布団に潜っている勇斗の前に、仁人はどこか悲しそうな表情で座っていた。
いつも落ち着いている仁人だが、今日は特に落ち着いている様子。
仁人「大丈夫だよ。…そのくらい僕は気にしないから。」
泣き腫らしたような赤い目でこちらを見つめる。
やっぱり、愛おしい。
勇斗「…じ、仁人君と、最近あんまり喋ってなかったから…今日は喋れる?」
仁人「…もちろん、夢の中でも、夜が明けてから学校でも。」
仁人の優しい声とその笑顔が勇斗を無意識に縛り、依存させているのを勇斗は感じなかった。
話の最中、時計を見ると朝の10時だった。
勇斗「…えっ?」
勇斗が慌ててカーテンを開けてみても外の景色は現実と同じ。
でも、何かがおかしい。
何処か分からない。今自分が居るこの部屋が。
何故か落ち着く空気はあり、冷静にはなれる。
なんでこんな所に俺居るんだろう…。
誰の家にも泊まってないしな…。
次に瞬きをしたその瞬間には、景色は勇斗の部屋へと戻っていた。
結局何処で誰の家だったのかまっさら分からない。
体は勝手に準備をし始め、勇斗は二階から下へと降りた。
いつも家族でご飯を食べる机の上には、
「勇斗へ。
起きた?朝ご飯ちゃんと食べてね。学校には連絡してあるから遅れてでも行きなさいね。お母さんより。」
と書いてあるメモが一つ。
そっか、俺遅刻してるのか。
今更思う事に心は変に落ち着いている。
お腹は空いていそうで空いていないので朝食は食べなかった。
お母さんには申し訳ないと思っているのだろう。
また二階へ戻り、机の上にある仁人とお揃いのキーホルダーが目に付く。
冷たく湿ったキーホルダーは薄汚れ、寂しそうに息をしていた。
勇斗「…仁人君。」
仁人「…どうしたの?」
声がしたので急いで後ろを振り向くと、居ない筈の仁人がそこに突っ立っていた。
優しい笑顔で語り掛けられるのは心を鷲掴みにされる。
やっぱり、好き。
などと浮かれた事しか脳に無い。
仁人「今日…いや、今日の夜、また夢に呼ぶよ。」
いきなり口を開いたと思えば仁人はそんな事を言う。
未だに「夢に呼ぶ」というのがどういう意味なのか分からず居る。
だが、分からずとも勇斗の心はそれを受け入れて仁人のかもしれない夢の中へ入って行くのだ。
勇斗「…い、良いの?呼んでくれるなら喜んで行くよ。」
仁人「来てよ。…きっと、あっちの佐野君も待ってるよ。」
勇斗「…あっちの佐野君って何の、」
仁人「来てね。」
勇斗の質問を途中で濁すように仁人は言った。
少し不気味な微笑みを残しつつ、勇斗の部屋から出て行った。
勇斗はそれを追いかける事も無くただ、キーホルダーの端に触れていた。
好き。
好き。
好き。
好き。
…大好き。
仁人の事を思う度に鼓動は強くなる。
近くのカバンからノートと筆箱を取り出し、また今日の分の日記を書き始めた。
「今日は一人でした後に仁人君が横に居てくれた。
仁人君は泣いた後みたいな目だった。
好き好き好き好き。
☆今日の再現リスト」
まだ再現されていないのでここまでにした。
絵はベッドとその横に椅子に座る仁人を描いている様。
無意識に手が震え、線が上手く描けない。
色ペンで大まかに色付けをすると、勇斗は絵をまじまじと見つめ、呆れたようにベッドに身を投げた。
仁人「…ん、…くん、佐野君。」
勇斗「…えっ?仁人君…?」
目を覚ますと、外はもう真っ暗。
月の光がカーテンを通して目に突き刺さる。
ふと仁人の方を向くと、仁人は一緒のベッドに裸で寝ていた。
確かにそこに居る。
勇斗も裸で。
仁人は勇斗の二の腕に優しくハグをするが、何故かそこに仁人が触れている感覚が無い。
仁人「今から学校に行こうか。」
布団の縁がゆっくり持ち上がった。
その仕草だけで部屋の空気が一段、深く沈む。
時計の針は2を指していた。
外はもう完全に寝静まって、勇斗の息遣いだけがやけに大きい。
その真ん中に、仁人が立っていた。
月に照らされた首筋は白すぎて、触れれば折れそうで。
それでも、そこに立つ仁人は圧倒的だった。
腕や顔ははっきり見えるのに、胸から下は淡くかすんでいる。
近くにいるのに、距離だけは仁人が決めていた。
わざと見せず。
わざと隠して。
わざと焦らす。
そんな気配が全身から滲んでいた。
床に落ちた下着を拾い上げる指先が、滑るように美しい。
何気ない動作なのに、勇斗の喉が勝手に鳴る。
仁人はワイシャツを肩にかけ、月明かりに透ける布をゆっくり落としていく。
ボタンへ触れるたび、指が布越しに音を残す。
ボタンの小さな音が部屋を満たすたび、勇斗の心が端から縛られていくようだった。
まるで仁人が、勇斗の逃げ道を丁寧に塞いでいるみたいに。
ボタンを全て閉じ終えると、仁人は首を少し傾けてこちらを見た。
その笑みは優しいのに、奥底は冷たくて揺らがない。
仁人「……そんなに見たいの?」
声は落ち着いているのに、逃げ場がない。
見ていることを責めていないのに、否定も許されない。
一歩、仁人が近づく。
影が勇斗の膝を飲み込む。
二歩で、呼吸の仕方すら合わせたくなる。
仁人の指が、何の予告もなく勇斗の手首を包んだ。
優しいのに、外せない。
力は弱いのに、拒めない。
仁人「行こう?」
そう言った瞬間、心が引っ張られたように上半身だけが起き上がった。
勇斗「…なんで裸だったの?」
仁人「…佐野君から来た癖に。」
現実で何が起こるのか勇斗には分からなかった。
コツ…コツ…コツ…。
冷たく響く階段の音は勇斗の心臓を刺す。
仁人は慣れたように二人の教室に向かっている。
ちょっと寒いな。
そんな事を思わせる余裕も無しに、風は窓の隙間から吹き抜けた。
いつまでも続きそうな廊下を進んでいると、三年生の教室には舜太らしき人が突っ立っていた。
思わず足がピタッと止まり、その人を数分見ていた。
その人は何処からどう見ても舜太なのだが、テンション感や雰囲気は全くの別物。
まるで魂でも抜けているみたいだ。
仁人「…佐野君?」
勇斗「…あ、ごめん。」
仁人「佐野君…ちょっと怖いから手繋がない…?」
そう言って仁人は右に来ると、左手で勇斗の右手を掴んだ。
勇斗も拒む事などはせず、そのまま二人、前へ進んで行く。
教室に着くまでも、窓の外を見る人、黒板を叩く人、机の下で座る人、どれも学校の生徒に似ていた。
なんか怖いな…皆なんでここに居るんだろ。
教室のドアを開けようとすると、仁人はその手を止める。
重なった手を離さず、勇斗は仁人と目を合わせた。
ロマンある展開に鼓動が速くなるみたいだ。
真っ白い仁人の手は勇斗の首に回り、仁人も少しだけ背伸びをした。
仁人君…目瞑ってる…。
…そういう意味で取って良いよね。
そう考えると、お互いに目を瞑って勇斗から距離を縮めに縮めた。
自然と手は仁人の腰を掴んでいる。
心臓が張り裂けそうになった時、
二人の友情の糸は切れてしまった。
暖かい唇はふっくらとしていて、今までに味わった事の無い感情が溢れそうになる。
数秒経ってお互いに唇を離すと、勇斗は唇を押さえてしまい、仁人は何事も無かったかのように教室へと足を入れた。
仁人「…僕、初めて。」
勇斗「え?」
仁人「誰かと…キスするの。」
仁人の初々しい反応は勇斗の全身を震え立たせ、頭の何処かの糸が切れる。
…僕の仁人君にしたい。
…僕だけが知る仁人君がある。
禍々しいオーラが心の中に立ち込める。
仁人「…ねぇ、佐野君。」
名前を呼ばれる度に勇斗は我慢のブレーキがならなくなって来た。
心苦しくも仁人に、一歩近づく。
仁人「…佐野君?」
不思議そうにこちらを見つめる君が愛おしい。
愛おしいからこそ、壊したくなる。
仁人「…佐野君…なんか言ってよ。」
また一歩。
仁人と距離が縮まれば勇斗の心は凶暴になる。
今すぐ襲ってしまいたい。
まだ表に出ない心の牙。
仁人「佐野くっ…何?えっ、あっ」
勇斗の手は力強く仁人を押さえ、壁に当たった。
勇斗「…仁人君、俺…我慢できない…。」
仁人「え…な、何を?」
勇斗「仁人君が…大好きな気持ちが。」
初めて仁人の前で言葉にしたこの感情。
勇気を出して格好を付けたが、頬はやっぱり熱くなってしまった。
このロマンあるムードの中、この気持ちは抑えられない。
…あれ?
誰か…来た?
勇斗「……あ。」
校門の方で、自転車のライトがゆっくり揺れる。
ギィッ…。
ブレーキの音だけが響く。
月明かりの中、影が一つだけのびている。
誰かが降りる気配。
仁人「佐野君…?」
勇斗は返事をしない。
ただ、目を見開いて立ち尽くす。
ライトが消えた。
暗闇の中で、ゆっくり顔だけが浮かび上がる。
無表情の俺だけが、俺をまっすぐ見ていた。
第五章、完。