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「お、おい、お前! こんな盗み録り、いつの間にしたんだよ! 卑怯にも程があんだろ!」
周りのざわめきに顔を真っ赤にして岳斗へにじり寄ってきた笹尾の手が、岳斗の手にしたスマートフォンへと伸びてくる。それをパシッと叩き落とす形で躱すと、岳斗は勢い余ってよろめいた笹尾の腕を掴んで自分の方へ引き寄せると、笹尾の耳元……彼にだけ聞える声音で囁いた。
「ササオさん、自分で〝盗み録り〟って認めちゃってますよ? いま気が立ってらっしゃるみたいですし、冷静じゃない状態で下手な騒ぎ方をすると、罪を次々と肯定することになりかねません。ほら、みんなが見てますよ? 言動には気を付けて?」
楽しげにクスクス笑う岳斗の手元で、再生は現在進行形でなおも続いている。
【あんな上の方から落っこちてほとんど怪我してないって……落ち方うますぎっしょ。怪し過ぎますって】
志波のクスクス笑う声に続くように、【いや、俺だって全く無傷ってわけじゃねぇぞ?】と笹尾が言い訳する声がして、【それだってみんなに騒がれたから怪しまれないよう怪我したってことにしただけで……実際は痛くもなんともないんでしょう?】と笹尾を揶揄う声が聞えてくる。
そこに至る頃には、周りから「笹尾さん、最低」とか、「美住さん、完全に被害者じゃん」という声が聞こえ始めていて。
岳斗の背後で杏子が息を呑む気配がする。きっと、こんな風に自分の無実が証明されるだなんて思っていなくて、頭が現状についていけていないんだろう。
所在なげに胸前でギュッと握られたままの杏子の手が震えているのに気が付いた岳斗は、思わず彼女の手をあいている方の手でそっと包み込んだ。
「岳斗……さん」
杏子の声に何も言わずギュッと手を握る指先に力を込めると、岳斗は目の前にいる安井や笹尾らを静かに睨めつけた。
今や岳斗の手にしたスマートフォンからは、笹尾からの安井への不平不満がダラダラと流れ続けていて……【いい加減乗り換えてぇのよ】という言葉が聴こえてきたと同時、「最低!」と言う声とともに、パンッと、惚れ惚れするような平手打ちの音が廊下へ響き渡った。
笹尾は、「わぁー、痛そう」という周りの驚きの声に包まれてもなお現状が把握できないのか、突然の安井からの暴行に驚いた様子で頬を押さえたまま固まっている。
志波と笹尾が【女が男のすることに口出しすんな】だの、杏子の従順そうなところに目を付けただの言う声が続くと、ビンタされた笹尾に同情する声なんて微塵もわいてこなくて、そればかりか「笹尾さんも志波さんも女の敵ね」と囁き合う女性陣の非難の声が強くなっていった。
この後は杏子の容姿についての、実に下世話な話題が続くだけだったはずだ。そんなのを杏子はもちろんのこと、野次馬どもにも聞かせたくなかった岳斗は、これで十分だとばかりに停止ボタンを押す。
「さて、これで杏子ちゃんの方こそが被害者だったって分かって頂けましたか?」
安井らに向けて冷え冷えとした声音で告げた言葉は、実際にはこの場にいる皆へ向けたのと同義だった。
「わ、分かったわよ! でも! 違うなら違うって美住さん自身が否定すれば済んだだけなんじゃないの!? こんなみんなを巻き込んでショーじみたことするなんて……悲劇のヒロインぶるのも大概にしたらどう!?」
自分が信じていた笹尾からコケにされていたことを知って、あまつさえそれを皆の前で公表されたことが相当腹立たしかったのだろう。
この期に及んで物凄い剣幕でそんなバカなことを訴えてくる安井に、岳斗は心底吐き気を覚えた。
「杏子ちゃんの言うことを誰一人として聞こうとしなかったのに? そういう状況を作り出した張本人は貴女だと思っていたんですけど違いましたか?」
岳斗の言葉に、ギャラリーが「確かにそうよね。安井さんの取り巻きをしてる古田さんと木坂さんが中心になって美住さんの悪口を言いふらしてるの見たもの」だの「私もあの二人から美住さんを無視するように言われた」だの囁き合う声が聞えてきて、取り巻き二人がそそくさと視線を落とすのが分かった。
「わ、私はっ! 別に古田さんや木坂さんにそんな指示なんて出してないわよ!? ね!? そうよね!?」
それを形勢不利と見るや否や、安井が二人に詰め寄って。うつむいたままの木坂が、「し、指示はされてないけど……安井さんが美住さんに罰が当たればいい言ったから。私、安井さんのためを思って動いただけだよ?」とゴニョゴニョ言って、古田もそれに便乗してコクコクとうなずく。