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街は変わっていなかった。
だけど、ナツギの心はずっと遠くに置き忘れられている気がした。
25歳になったナツギは、静かなオフィスの一角で書類をめくっていた。
机の向こうから、ふと懐かしい声が聞こえる。
「ナツギくん……覚えてる?」
振り返ると、そこにはサヤカが立っていた。
長い髪は少しだけ光を帯び、控えめな笑顔はあの頃と変わらず優しい。
「サヤカ……ずいぶん変わらないね」
「そう? でも、私、ずっとナツギくんのことを見てたよ。中学生の頃から」
その言葉にナツギはわずかに息を飲んだ。
長い年月、気づかないふりをしていた想いが、胸の奥で疼く。
「君は……ずっと、僕のことを?」
「うん。だから……もう一度、話したくて」
再会してから、サヤカの中で何かが静かに狂い始めていた。
ナツギは変わらなかった。
優しくて、静かで、どこか寂しそうな目をしていた。
それが、サヤカにはたまらなかった。
「好きだ」と思ったのは、もうずっと昔のことだった。
中学の頃、教室の片隅で静かに本を読んでいたその横顔を見たときから、
ずっと——ずっと、胸の奥に仕舞っていた想い。
でも、再会して気づいてしまった。
彼の“中”には、誰かがいる。
もういないはずの“誰か”。
その名前を口にしなくても、彼の沈黙はすべてを語っていた。
気になって仕方がなかった。
ナツギが何を見て、何を抱えて、なぜあんなにも静かに生きているのか。
──知りたい、って思っただけだった。
ほんの少し。
ナツギのこと、もっと知りたい。
それだけの気持ちだったのに。
仕事終わり、サヤカは彼のあとをつけた。
駅で、路地で、誰にも気づかれないように。
ある夜、彼が街外れのフェンスを越えて廃工場に入っていく姿を見た。
なぜ、こんな場所に……?
壊れかけた扉を押し開け、埃の舞う空間を息を殺して進む。
その先にあったのは、錆びついた巨大な——冷凍庫。
中を見たわけではない。
けれど、ナツギの表情がすべてを語っていた。
そこを見つめる瞳は、異常なほどに優しかった。
まるで、誰かを愛しているかのように。
彼がその扉に触れながら、ぽつりと呟いた言葉が耳に焼きついている。
「今日も……大丈夫だったよ、ハルト」
──ハルト。
その名前を聞いた瞬間、全身がぞわりと泡立った。