れんは夕暮れの街を、ただ前だけを見て歩いていた。
長めのスカートが靴の上で揺れ、前髪と黒縁の眼鏡が顔の半分を隠している。
気配は薄い。存在感は希薄。けれど、一度視界に入れば忘れられないような、そんな奇妙な静けさを纏っていた。
ちょうどその道の先から、10人の男たちが歩いてきた。
冴。
凛。
潔。
蜂楽。
玲王。
凪。
千切。
黒名。
カイザー。
ネス。
背が高くて、周囲の視線を浴びるのが当たり前の連中。歩くだけで空気が変わる、そんなタイプ。
すれ違う、その一瞬。
れんは誰も見ない。
誰にも興味を示さない。
顔すら向けない。
ただ足を運ぶだけ。
なのに、10人の方が、彼女に目を奪われた。
理由はない。
「綺麗」と思ったわけでもない。
「気になる」と思ったわけでもない。
ただ、引っかかった。
喉の奥に小骨が刺さったような、
見えない記憶を思い出しかけたような、
そんな「説明できない違和感」。
冴は眉をわずかに動かしただけ。
凛は目を細め、視線で追いかけようとしたが、れんはすでに通り過ぎていた。
潔は無意識に息を飲んだ。
蜂楽はぽそっと「なんか、変な感じ〜…」と呟いた。
玲王と凪は、視線を交わしつつも言葉にせず。
千切は一瞬、胸がざわついて目を伏せた。
黒名は、理解できない不快とも快感ともつかない感覚に眉を寄せた。
カイザーは笑わない。唇がただ止まっただけ。
ネスは分析しようとして、分析できなかった。
理由も意味もないのに、目が惹かれる。
忘れられない。
なのに、れんは。
ただ静かに歩き去った。
まるで、最初から「気づかれる必要がない」存在であるかのように。
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