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落雷で雨が蒸発し、辺りは霞がかっていた。
それが徐々に晴れると、そこには盾に寄りかかり膝を突くバイスと、地面に横たわるコクセイの姿。
直撃の瞬間、コクセイは空へと高く飛び上がり避雷針となった。おかげでバイスは一命を取り留めたが、コクセイは瀕死の重症を負っていたのだ。
「バイス! コクセイ!」
コクセイはピクリとも動かない。口を開け、力なく垂れる長い舌。一刻の猶予もないのは明らかで、ミアはカガリと共にコクセイの下へと走った。
「【|樹根束縛《ルートバインド》】!」
「【|氷結束縛《アイスバインド》】!」
パーティを立て直すため、|金の鬣《きんのたてがみ》の動きを止める。
ケシュアとネストは束縛の魔法を唱えると、地面から生えた複数の根が|金の鬣《きんのたてがみ》に絡み付き、更にその足元が氷結する。
「白狐! コクセイの所へ!」
白狐はネストを、それに続きワダツミもケシュアを乗せ、コクセイの下へと駆ける。
「【|強化回復術《グランドヒール》】!」
「【|新緑の息吹《オーラオブフォレスト》】!」
ミアはコクセイを、ケシュアはバイスに。
|回復術《ヒール》ほどの回復効果は見込めない|新緑の息吹《オーラオブフォレスト》。辺りの森が焼かれている状態では、その効果も著しく落ちてはいるが、ないよりはマシ。
霧が完全に晴れると、見えてきたのはその場に縛られ身動きの取れない|金の鬣《きんのたてがみ》。藻掻き脱出を試みるも、呪いのせいで本来の力を出せてはおらず、足止めは出来ているかに思われた。
大粒の雨が降り続ける中、|金の鬣《きんのたてがみ》は藻掻く事を諦め、再び鬣が輝くとバチバチと帯電を始める。
「嘘でしょ!? 早すぎる!」
あれだけの大技だ。誰もが連発は出来ないと思っていた。しかし、それはただの推測であり、希望的観測に過ぎない。
立て直す時間さえ与えてはくれず、動けるのはネストだけ。
「ガァァァァァ!」
「【|魔力障壁《マナシールド》】!」
|金の鬣《きんのたてがみ》が天に吼え、稲光で目の前が真っ白になると雷鳴が轟く。
瞬間、張り巡らせていた魔法障壁が悲鳴をあげるようにひび割れ、砕け散る。破片のような光が宙に散り、閃光の雨が降り注いだ。
「間に……合った……」
霧が晴れると、ネストは皆の無事を確認し、その場でガクリと膝をつく。
今の一撃で、ネストの魔力は完全に底を付いてしまったのだ。
「チッ! いくぞ! 白狐!」
果敢にも|金の鬣《きんのたてがみ》へと向かっていくワダツミと白狐。
次を撃たせれば全滅は必至。攻撃は最大の防御である。時間を稼ぎ、その間に立て直せれば、まだ望みはあると踏んだ。
動けない|金の鬣《きんのたてがみ》に怒涛の攻撃を浴びせ続ける二匹の魔獣。しかしその巨体故、決定打にはほど遠い。
「”狐火”」
「ガァァァァァァ!」
「――ッ!?」
再度、白狐の狐火が|金の鬣《きんのたてがみ》の全体を覆うも、咆哮により発生した衝撃波で、その炎は一瞬にして霧散した。
そして、三度始まる|鬣《たてがみ》への帯電。
藁にもすがる思いでバイスたちに視線を移す白狐であったが、そんな短時間で立て直せているはずがない。
(こうなれば、ミア殿だけでも……)
ワダツミと白狐はミアの下へと駆けた。その様子からコクセイの治療はまだ完了していない。
カガリは苦悩した。ミアを優先するべきだが、ここでミアを無理やり連れて行けばコクセイはもう二度と目を開けることはない。
二人を同時に救う方法を模索するも、時間は待ってはくれない。
――そしてカガリは覚悟を決めた。
懸命にコクセイの回復をし続けているミア。カガリはその横に並び立つと、撫でるよう優しく頬を寄せた。
「カガリ?」
カガリからの返事はなく、その視線の先は遥か彼方。そしてカガリはミアの元を離れると、勢いよく城壁へと駆け上がり暗雲立ち込める天を見据えた。
(コクセイに続くのだ。遥か上空でこの身に落雷を受ければ、他の者たちへのダメージは最小限に抑えられるはず……。元はと言えば、私は主とミアのおかげで助かったのだ。その者たちのために死ねるのならば本望。……悔いはない――)
ミアの目がこれでもかと見開いた。カガリのやろうとしていることを悟ったのだ。
先程の頬ずりは、言葉の通じぬカガリなりの別れの挨拶なのだと理解してしまったのだ。
「やだ――。ダメ……ダメだよカガリ! やめて!!」
カガリを止めるため、ミアは必死に叫んだ。今すぐカガリを連れ戻したいが、この手を止めるわけにはいかない。
もちろんカガリにもその悲痛な訴えは聞こえていたが、すでに覚悟は終えていた。
(ミアよ、泣くな。その涙は私のためには勿体ない――)
そんな想いを胸に、カガリは渾身の力を込めて城壁から飛び立った。
「ガァァァァァァァァァァ!」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
空が輝き、鳴り響く悲鳴と雷鳴。|金の鬣《きんのたてがみ》が発生させた雷がカガリを直撃し、その体は力なく落下する。
そしてカガリは空中でくるりと回転し、綺麗に地面へと着地した。
「……カガリ?」
雷に打たれたと思われたカガリであったが、その身体には火傷一つ見られなかった。
カガリが飛んだ瞬間、あさっての方向から飛来した何かがカガリの代わりに避雷針となったのだ。
その正体を探るべく、天を見上げるカガリ。それは音もなく落下し、深く地面へと突き刺さる。
「……槍?」
それは禍々しい意匠の黒き槍であった。
闇を凝り固めたかのような黒鉄の穂先。柄に刻まれた文様は、装飾というより呪いの走り書きのようで、見る者に理由なく背筋の冷えを覚えさせる。
皆がそれに目を奪われた。もちろん|金の鬣《きんのたてがみ》も例外ではない。
その隙を見せたほんの一瞬であった。悲鳴にも似た咆哮が、辺りに響き渡った。
「グギャァァァァァ!」
バタバタと地面を暴れ回る何か。それは|金の鬣《きんのたてがみ》の尾。無残にも本体から切り落とされた蛇は、悶え苦しみ地面を這いずり回っていた。
訳も分からず皆がそれを眺めていた次の瞬間、今度は龍の首がドスンと地に落ちた。
飛び跳ねる泥水に、響き渡る咆哮。その切り口から上がる血飛沫が、辺りを赤く染め上げる。
そして、苦痛に喘ぐ|金の鬣《きんのたてがみ》の上から、それは姿を現した。
皆の目の前に降り立ったのは、大きな黒馬に跨る漆黒の騎士。片手に握られていた暗黒の剣は禍々しく異彩を放ち、付着していた|金の鬣《きんのたてがみ》のものであろう血液が、降り注ぐ雨と混ざり合い滴る。
それは、夜の底から抜け出してきた呪詛そのもの。そこにあるべき“首”はなく、冷たい霧のような瘴気が絶え間なく漏れ出していた。
「「デュラハン!?」」
誰も見たことがないはずなのに、このアンデッドの名は世界に広く知れ渡っていた。
それは、今も語り継がれている伝承の中に出て来る存在であったからだ。
二千年前、魔王の時代。人間、エルフ、ドワーフ、獣人、その他種族たちが連合を組み、一丸となって魔王を滅せんとしていた時、唯一力を貸さなかった人間の国があった。
その国の王は武の力でのし上がり、周りからは武王と呼ばれるほどの猛者。それは僅か一代で築き上げた軍事強国。もちろん魔王でさえも自分たちの力だけで倒せると自負していたのだ。
……しかし、結果は惨敗。魔王は武王の首を人質に取り、武王は呪われた首なしの騎士、デュラハンとなった。
そして魔王に与する者として、世界中で酷く恐れられたのである。
「嘘……なんで……こんな時に……」
そんな呪われた騎士が目の前にいる。|金の鬣《きんのたてがみ》にデュラハン。勝てるわけがないと生を諦め、脱力したケシュアはペタリと地面に座り込んだ。
だが、それはケシュアだけ。驚きはしたものの、他の者はそれが誰の仕業なのかをすぐに理解した。
デュラハンが、アンデッドに分類される魔物であったからである。
「ガァァ!」
|金の鬣《きんのたてがみ》が拘束を解こうと必死に藻掻き、足元を覆っていた氷に亀裂が走る。
だが、それは無駄な努力に終わった。
「【|呪縛《カースバインド》】」
その声は|金の鬣《きんのたてがみ》の後ろから聞こえた。
いくつもの小さな魔法陣が地面に描かれると、そこから暗黒の鎖が召喚され、|金の鬣《きんのたてがみ》に絡みつく。
激しく抵抗する|金の鬣《きんのたてがみ》を横目に、デュラハンはゆっくりと黒馬を進め、地面に突き刺さっていた暗黒の槍を引き抜くと、それをそのまま|金の鬣《きんのたてがみ》へと投げつけた。
降りしきる雨を弾き飛ばしながら一直線に飛翔する槍は、その右目に深く突き刺さる。
「グギャァァァァァァァァァ!」
耳を劈くような咆哮。そんな中、デュラハンはその巨体へと無言で歩み寄り、暗黒の大剣を片手で持ち上げた。
その瞬間、光を奪われた|金の鬣《きんのたてがみ》は、暴れ狂っていた気配を失い、嘘のように静まり返る。
降り続く雨粒の音が耳につくほどの沈黙。――それは従順なのではなく、完全な諦念の静けさ。
振り上げられた大剣。圧倒的な質量を感じさせる刃が、音すら追いつけぬ速さで振り下ろされると、地面に鋭い亀裂が走り、わずかな間を置いて獅子の首が土の上へと落ちたのだ。
力を失った巨体が音もなく崩れ、デュラハンは振り返ることもなく歩き出す。その背が向かう先には、九条の姿があった。
次の獲物は九条なのだという考えが、ケシュアの頭を過った。仲間なのだ。守らなければならないのだが、身体が凍り付いてしまったかのように動かない。
デュラハンなんて伝説に近い魔物相手に、一体何が出来るのか……。
そして、デュラハンは九条の目の前で足を止めた。
(ダメだ……やられる!)
ケシュアは顔を逸らし、両目を力強く瞑った。例え数日の付き合いでも仲間が殺される瞬間は見たくなかった。
どれくらいの時間が経っただろうか……。降りしきる雨音と共に近づいて来る足音にケシュアは覚悟を決めた。
(次は私か……)
目の前で止まった足音。ケシュアが恐る恐る目を開けると、そこに立っていたのは九条だった。
「ケシュアさん、大丈夫ですか? 立てますか?」
心配そうな表情を浮かべ、差し出された右手。
辺りに視線を泳がせるもデュラハンの姿は何処にもなく、あるのは巨大な魔獣の骸だけ。
雨は次第に勢いを弱め、そして止んだ。
「え……ええ、ありがとう九条」
ツンと鼻を突くアンモニア臭。デュラハンを前に、ケシュアがどれだけの恐怖を覚えたのかは想像に難くない。
九条は色味の違う水たまりに目を瞑り、ケシュアは強がりながらもゆっくりと立ち上がる。
雲の隙間から降り注ぐ太陽の光が、勝利を祝ってくれているかのようであったが、九条はそれに目もくれず一目散に走り出す。
「お兄ちゃん……コクセイが……コクセイが……」
泣きながら訴えるミアに駆け寄る九条。コクセイの状態は芳しくない。
ミアの回復でなんとか繋ぎ止めているといった状況であり、その命の灯火は消えかけていた。
「すまん九条。俺のせいだ……」
「いや、バイスさんのせいでは……」
「【|新緑の息吹《オーラオブフォレスト》】!」
周りの樹木は焼かれ、|樹術《じゅじゅつ》の効果は限りなく薄かったが、ケシュアもコクセイの回復に着手した。
それをただ見ていることしか出来ず、九条は自分の無力感に打ちひしがれる。
「何とかして助けてあげられないの? |魔獣使い《ビーストマスター》なんでしょ!?」
「わかってる! |魔獣使い《ビーストマスター》だからってなんでも出来るわけじゃ……。いや、待て……ミア! ちょっとすまん!」
九条は思い出したかのようにミアのポケットに手を入れる。
「え? ちょっと? お兄ちゃん?」
ミアのポケットから九条が取り出したのは、一本の小さなナイフだ。
九条はそれで躊躇うことなく自分の手首を切ったのだ。
「ちょ、ちょっと九条!?」
その行動に皆驚きを隠せなかったが、ミアだけがその意味を知っていた。
九条は、ダラダラと流れ出る血をコクセイの口元へと運んだ。
「コクセイ! 聞こえるか!? お前は以前、俺に忠誠を誓ったと言ったな!? それに嘘偽りないなら俺の血を飲め! そして俺と契約しろ!」
コクセイの喉がほんの少し動いたように見えた。その瞬間コクセイの身体が眩しく光りだしたのだ。
目が開けていられないほどの閃光。それが徐々に収まると、そこには見違えたコクセイがいた。
ゆっくりと瞼を上げ、コクセイが身を起こす。その体は先ほどまでとは明らかに異なり、ふた回りほど大きくなっている。
首まわりには鬣を思わせる盛り上がりが生まれ、体毛の色も劇的に変わっていた。足元は雪のように白く、上半身は黒を基調に、ところどころ黄を差したような紋様が浮かぶ。尻尾は太く豊かに膨らみ、獣らしい重厚さを備えていた。
突然の変貌に驚きを隠せなかったが、それ以上に「助かった」という安堵が皆の胸に満ちていく。沈んでいた表情にも、ようやく光が戻り、自然と笑みが広がった。
九条はカガリとした契約を思い出したのだ。
契約に魔物を進化させる力があるなら或いはと考えたが、それは間違ってはいなかった。
「これが九条殿の魔力……ありがとう九条殿……。これからは……主と呼んだ方がいいか?」
「いや、今まで通りでかまわない。例え契約したとしても、俺はお前を縛ったりはしない」
九条がコクセイを撫でようとした時、ミアが泣きながらコクセイに抱き着いた。
「うわーん、コクセイごめんね……私にもっと力があれば……」
そんなミアを見るコクセイの瞳は、やさしさに溢れていた。
「九条殿、ミア殿に言ってくれるか? ありがとうと」
「ああ」
ミアにコクセイの言葉を伝えると。泣きじゃくりながら何度も頷いていた。
早く手首を治して欲しかった九条ではあったが、空気を読んでしばらくは我慢しようと心に決め、その後ろでは白狐とワダツミがそれを必死に舐めとっていたが、残念ながら何の変化も起こらなかった。
しばらくして、町の南門が重々しい音を響かせながら開くと、中からギルド職員たちが雪崩れ込むように駆け寄ってきた。
広場はたちまち野戦病院さながらの緊迫した空気に包まれ、称賛の声に混じって、傷ついた者を見極めるための的確な指示が矢継ぎ早に飛び始める。
差し伸べられた手からは柔らかな癒光が溢れ、その光は従魔たちにも等しく降り注がれた。
既に誰も畏れてはいなかったのだ。当たり前である。彼らは町を救った英雄なのだから。